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【研究成果】昆虫の個体数密度に依存して姿・行動を変える能力に関係する遺伝子の同定

本研究成果のポイント

  • 農業害虫として有名なアブラムシやトビバッタのライフサイクルは、個体数密度(以後、単に密度と呼ぶ)と関係しており、密度に合わせて色彩・形・行動(表現型)を変化させます。
  • 本研究では、公共データベース(公共DB)にある高密度処理および低密度処理をした遺伝子発現実験データを複数種のアブラムシおよびトビバッタから取得し、統合・再解析(メタ解析)しました。
  • その結果、複数の種で発現し、高密度に応答および低密度に応答する遺伝子を多数発見しました。この中には密度応答性が報告されていない遺伝子も含まれており、既存の遺伝子発現実験データから新規の関連遺伝子を発見できました。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の栂浩平研究員および坊農秀雅特任教授、農研機構の横井翔主任研究員は、公共DBに蓄積された遺伝子発現実験データを利活用し、昆虫の密度依存的な表現型の変化に関連する遺伝子を多数同定しました。
 農業害虫として知られるアブラムシやトビバッタは、密度に依存して表現型を劇的に変化させます。例えば高密度条件では移動能力(アブラムシは翅の形成、トビバッタは飛翔距離)が上昇し、農業被害を広範囲にもたらします。密度に応答してどのような遺伝子の発現が変化するかは、単一もしくはいくつかの種で個別の研究によって探索されており、公共D B上にはそれらのデータ全てが蓄積されていました。
 本研究では、当研究室で開発された公共DB上の遺伝子発現実験データを統合・再解析する手法(メタ解析)により、複数の種で共通して密度に応答する遺伝子を発見しました。この中には、これまでに密度との関連が報告されていない遺伝子も多く含まれていました。メタ解析で得られたこれらの遺伝子は、密度依存的な表現型の変化に必要不可欠な機能を持つと考えられます。これらの機能解析が進めば、アブラムシ類やトビバッタ類の成長を制御する方法の開発に繋がることが期待されます。
 本研究成果は、スイスの出版社 Multidisciplinary Digital Publishing Institute (MDPI)の Insects 誌に 2022 年 9 月 23 日に掲載されました。 

発表内容

【背景】

 農業害虫として有名なアブラムシやトビバッタは、密度に応じて色彩・形・行動(表現型)を劇的に変化させます。例えば、アブラムシでは母親が受けた高密度に応答して翅を持つ個体が生まれるようになります。トビバッタ類は高密度に応答して長距離飛翔が可能な個体に成長します。飛翔能力の向上は農業被害を広範囲に広げる原因になります。
 現在までに、密度依存的な表現型の変化に関わる遺伝子は、アブラムシ類やトビバッタ類を中心に種ごとに研究が行われており、遺伝子発現実験データが公共D Bに蓄積されています。一方で、全種もしくは複数の種で共通して密度に応答する遺伝子は探索された例はありませんでした。このような遺伝子は、密度依存的な表現型の変化に必要不可欠な遺伝子であると予想されます。本研究では、公共D Bに蓄積した遺伝子発現実験データを統合して再解析するメタ解析を行いました。

【研究成果の内容】

 高密度処理区および低密度処理区のRNA-seq*1実験データセットを、アブラムシ1種とトビバッタ6種から計66ペア取得しました。当研究室では、発現が上昇もしくは低下したセット数をもとにランク付けを行い、遺伝子の発現変化を評価する方法を開発していました。本研究でもそれを利用すると、ランクが極端に高いもしくは低い遺伝子の中には、1種類もしくはいくつかのトビバッタ類でのみ密度応答性を示すことが知られる遺伝子が含まれていました(図1)。このことは、これらの遺伝子が実際はより多くの種で機能していることを示唆しています。また、高ランクおよび低ランクの遺伝子には密度変化との関連がほとんど報告されていないものが多くあり、その中にはDNA複製などの基本的な生命現象である細胞分裂に関わる遺伝子が多く含まれていました。

【今後の展開】

 害虫の発生を制御するにはその虫をよく理解することが重要です。今後は本研究で明らかになった遺伝子を対象に機能解析が進めば、アブラムシ類やトビバッタ類の成長を制御し、害虫の被害を軽減する方法の開発に繋がることが期待されます。また、高密度はストレスになることが一般的ですが、アブラムシやトビバッタはそのストレスをうまく利用しています。本研究の成果は、生物が高密度環境を生き抜くメカニズムにも関わっているかもしれません。

【研究資金】

 本研究は、科学技術振興機構(JST)が助成する共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「Bio-Digital Transformation(バイオDX)産学共創拠点」 (JPMJPF2010)によって実施されました。

図1 メタ解析によって得られた遺伝子のランク
 横軸は当研究室で開発された遺伝子発現変化の評価方法に基づいた遺伝子のランクを示す。縦軸はそのランク付けに利用した値を示す。ランク上位および下位の遺伝子は、それぞれ高密度および低密度に応答して発現が上昇する遺伝子を意味する。遺伝子名が書かれた点は、先行研究と同様の発現変化を示した遺伝子を示す。それ以外にも、ランキング上位および下位には、密度に応答することが知られていない遺伝子も含まれている。

語句説明

RNA-seq:サンプル中の検出可能なすべての遺伝子について、その配列の解析や発現量を網羅的に測定できる技術。

論文情報

  • 雑誌: Insects
  • DOI:https://doi.org/10.3390/insects13100864
  • 題目: Meta-Analysis of Transcriptomes in Insects Showing Density-Dependent Polyphenism
  • 著者:Kouhei Toga1), Kakeru Yokoi2), Hidemasa Bono*3)
     * Corresponding author
     1)大学院統合生命科学研究科・研究員
     2)農研機構・主任研究員
     3)大学院統合生命科学研究科・特任教授
【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
大学院統合生命科学研究科 特任教授 坊農秀雅
Tel:082-424-4013
E-mail:bonohu*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学広報室
〒739-8511 広島県東広島市鏡山一丁目3番2号
Tel:082-424-4383
Email:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


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