広島大学 大学院医系科学研究科 公衆衛生学
准教授 田原 優
Tel:082-257-5167
E-mail:yutahara*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
広島大学大学院医系科学研究科公衆衛生学、田原優准教授(研究当時は、早稲田大学理工学術院)と、早稲田大学柴田重信研究室、東京工業大学高橋将記研究室、株式会社ベネッセコーポレーションの社内シンクタンクであるベネッセ教育総合研究所は、子どもの生活習慣と健康、学習習慣の関連を調べる目的で、全国の小学4年生から高校3年生までの9,270人(各学年、男女それぞれ515名)を対象に、「子どもの生活リズムと健康・学習習慣に関する調査」を実施しました(2021年6月、web調査)。
子どもの睡眠習慣は、学齢が上がるにつれ、遅寝、遅起きが顕著になり、高校3年生では、平日の睡眠時間が平均6時間36分と短く、休日に寝溜めをしていることがわかりました。その結果、休日はさらに遅寝、遅起きになり、平日と休日で生活リズムが大きくズレ、「社会的時差ボケ」が起きていました。女子は休日により遅く起きていることから、平日の睡眠不足がより蓄積している可能性がわかりました。
また、この睡眠不足や社会的時差ボケが大きい子どもは、「疲れやすい、いらいらする、気分が落ち込む、昼間に眠くなる」といった精神的な不健康をより訴えており、興味深いことに、女子はその関連が男子よりも強い結果でした。女性は睡眠不足による健康被害が男性よりも大きく、必要な睡眠時間が長いのではという報告が過去にありますが、本研究では、始めて子どもでもその傾向を示すことができました。
本研究成果は、米国睡眠学会(Sleep Research Society)のオンライン誌であるSLEEP Advancesに掲載されました(2022年9月21日web掲載)。
【背景】
睡眠や体内時計についての基礎研究が進み、規則正しい生活習慣の重要性が科学的に証明されつつあります。その一方で、子どもの夜ふかしやデジタル機器の過度な使用、不規則な食・睡眠習慣が問題になり、健康や学業成績への影響が懸念されています。
また、日本人の睡眠時間は世界で最も短いことが知られていますが(OECD経済協力開発機構, Gender Data Portal, 2019)、日本人の子どもの睡眠習慣に関する学術論文は少なく、特に平日や休日の生活リズムに着目した論文は、国の調査(社会生活基本調査)などに限られていました。また、女性は男性に比べ、必要な睡眠時間が長いことがわかっています(Franco et al., Seel Med Rev.2020等)が、子どもの睡眠に関する男女差については、まだよくわかっていませんでした。そこで本研究では、小学4年生から高校3年生までを対象にしたweb調査を行い、生活習慣や健康、学習習慣について調べました。
【研究成果の内容】
(1)睡眠習慣の学齢による変化
図2に示すように、平日、休日の起床、就寝時刻、睡眠時間は、学齢が上がるとともに、遅寝、遅起きになっていました。朝型、夜型といったクロノタイプを調べる指標(MSFsc)においても、学齢が上がるにつれ、夜型へのシフトが顕著に見られました(図3左)。特に高校3年生では、平日、休日共に平均就寝時刻が24時を過ぎているにもかかわらず、平日は朝6時半頃に起床するため、平日の平均睡眠時間は6時間36分になっていました(図2右上)。一方で休日は8時間以上寝ていることからも、平日に溜まった睡眠不足(睡眠負債)を休日に寝溜めして解消していることがわかります(図3中央)。実際に計算された1週間の睡眠不足は、小学生で平日合計1時間程度だったのが、高校生では平日合計2時間半から3時間にまで増えていました。その結果、平日と休日の生活リズムの時刻差(社会的時差ボケと呼ばれる)が平均で1時間を超えていました(図3右)。OECDによる日本人の平均睡眠時間は7時間22分と報告されていますが、本研究での高校生の睡眠時間は1週間平均で7時間9分でした。よって、睡眠時間の短い国民性が高校生のうちから習慣になっていることがわかりました。
(2)睡眠習慣の男女差
平日の起床時刻は、学校があるため学齢の影響は小さく、高校生の女子ではむしろ中学生よりも早起きになっていました(図2左上)。これは、女子は男子に比べて、化粧などの身だしなみの準備に時間がかかっているためと考察しました。一方で、休日の起床時刻では、小学生から中学生において、女子は男子に比べ、約30分遅れていました(図2左下)。休日の就寝時刻には男女差は見られませんでしたが、起床時刻の遅れにより、休日の睡眠時間は女子の方が長い結果となりました。この結果から、平日と休日の睡眠時間の差が広がり、女子の方が男子より、休日により寝溜めしていることがわかりました。つまり、女子は平日に睡眠がより足りていない可能性があります(図3中央)。また、休日により遅く起きることで、平日との生活リズムの差(社会的時差)が生まれ、週明け月曜日の朝に、起きるのがより辛くなっている可能性があります(図3右)。
(3)睡眠不足、社会的時差ボケと、精神健康との関連
次に、睡眠不足や社会的時差ボケが、普段の精神健康や日中のパフォーマンスと関連するのか、またその関連に男女差があるのかを検討しました。調査では、「疲れやすい、いらいらする、気分が落ち込む、昼間に眠くなる」といった各質問に対し、「とても感じる」から「まったく感じない」までの4択で回答してもらいました。その結果、睡眠不足や社会的時差ボケが大きい人ほど、精神的に不健康で、日中の眠気も高い結果になりました。この傾向は男女共に同じでしたが、重回帰分析において性別とこれらの睡眠変数との交互作用項を検討した結果、女子の方がその関連が大きいことがわかりました。つまり、女子は男子に比べ、睡眠不足や社会的時差ボケが大きい人ほど、より疲れやすい、いらいらする、気分が落ち込むといった不満を持ちやすいことがわかりました。子どもの社会的時差ボケと精神衛生との関連の報告はあまりなく、本研究成果は重要な知見と考えています。
(4)その他の研究成果
その他、不規則な生活習慣(食事や睡眠の不規則性)、朝食欠食や夜食の習慣、夜寝る前のスクリーンタイム(スマートフォン、タブレット、テレビ、ゲームなどの画面を見る時間)などが、精神健康や睡眠の質、学習習慣、さらには学業成績とも関連があることを、研究報告書ダイジェスト版として、詳細なデータも含めてweb掲載しています。こちらもご覧ください。
https://berd.benesse.jp/shotouchutou/research/detail1.php?id=5743
(5)まとめ
本研究では、主に男女差に着目した解析を行いました。女子は休日に遅く起きることで、平日の睡眠不足をより解消している可能性があり、その結果社会的時差ボケも大きいことがわかりました。また、睡眠不足や社会的時差ボケが大きい女子は、より精神的健康や日中の眠気が悪化しているという関連も見出しました。これらの睡眠習慣の男女差は、世界でも初めての報告です。また、これまで、精神的な健康は女子の方が悪化しやすいことは知られていましたが、睡眠指標との関連で性差を解析した研究は少なく、特に子どものデータは過去に例がありません。本研究成果から、子どもの睡眠不足に警鐘を鳴らすことはもちろんですが、特に女子の睡眠不足に気をつける必要があることがわかりました。
【今後の展開】
子どもたちやその両親に、もっと睡眠教育の機会を増やしていく必要があると考えています。規則正しい生活リズムや睡眠の重要性を、その理由も含めて知ってもらうことで、子どものうちから良い生活習慣を作ることが大事です。最近では、ウェアラブルデバイス等で自身の睡眠を簡単に見える化できるようになってきました。子どももそのようなデバイスを利用する機会が増え、自分の睡眠習慣を知り、規則正しい生活に正すことで、精神健康や昼間の眠気が改善できることを知ってもらうことが大事です。さらに、今回明らかになったように、女子児童・生徒は特に睡眠不足に気をつける、つまり平日の睡眠時間を確保し、週末も平日と同じ起床・就寝時刻を心がけることが大切です。また、令和4年度は、調査の対象年齢を下げ、幼児(年少)から小学3年生の保護者を対象にウェブ調査を実施しています。幼児の睡眠習慣は、家族構成(母親、父親、兄弟姉妹、祖父母)の影響を強く受けると仮定し、現在解析を進めています。
・クロノタイプ(MSFsc)・・・朝型、中間型、夜型といった個人がもつ生活リズムの嗜好性・個性。MSFscは、ミュンヘンクロノタイプ質問紙(MCTQ)より算出した、クロノタイプの指標。具体的には、休日の就寝と起床時刻の中間点を計算し、平日の睡眠時間で補正した値を用いる。この値が大きいと夜型傾向、小さいと朝型傾向を示す。
・睡眠不足(SLOSSweek)・・・平日と休日の睡眠時間の差分から計算した値(MCTQより算出)。値が大きいと睡眠不足が大きいことを示し、睡眠の借金である「睡眠負債」が貯まっていると考えられる。
・社会的時差ボケ(SJL)・・・平日は学校などの社会的な影響により、早寝、早起きになることが多いが、休日は逆に遅寝、遅起きになりやすい。その結果、平日と休日の間で、生活リズムのズレ(社会的時差)が生じ、体に不都合が生じる。このような現象を社会的時差ボケ(Social jet lag, SJL)と呼ぶ。社会的時差ボケは、平日と休日の睡眠中央時刻のズレから計算できる(MCTQより算出)。
広島大学 大学院医系科学研究科 公衆衛生学
准教授 田原 優
Tel:082-257-5167
E-mail:yutahara*hiroshima-u.ac.jp
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掲載日 : 2022年10月19日
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