本研究成果のポイント
- 食卓を彩る身近な食材「赤シソ」について、最新のDNA解析技術を駆使することにより、全ゲノム(約12億6000万塩基対)の約99%を染色体レベルの巨大な配列でカバーする高精度なゲノム配列情報を決定しました。
- 新たに開発した植物の遺伝子機能予測ワークフロー「Fanflow4Plants」を用いて、タンパク質をコードする76,825遺伝子の約95%に相当する72,983の遺伝子について機能予測(機能アノテーションの付与)を行いました。
- 今回の研究結果は、ゲノム情報を利用した新品種の開発「データ駆動型ゲノム育種(デジタル育種)」や、栽培方法の改良などの研究において利用が期待されます。
概要
広島大学大学院統合生命科学研究科の田村啓太研究員、坊農秀雅特任教授、国立遺伝学研究所の坂本美佳特任研究員、谷澤靖洋助教、望月孝子特任研究員、中村保一教授、広島県立総合技術研究所農業技術センターの松下修司主任研究員、三島食品株式会社、プラチナバイオ株式会社からなる研究グループは、最新のDNA配列解析技術を用いて、国内で栽培されてきた赤シソの高精度なゲノム配列情報※1を決定しました。
生物の基本的な設計図ともいえるゲノム配列情報は、生物の仕組みを明らかにする基礎研究のみならず、より優れた特性をもつ作物などを作り出す品種改良(育種)技術など、産業利用においても重要な基盤となるものです。
研究グループは、三島食品株式会社が育種を進めてきた赤シソ品種「豊香3号」からゲノムDNA※2を抽出し、これまでドレードオフの関係にあった配列の「長さ」と「精度」※3の両立を実現した最新のDNA配列解析技術を用いて、赤シソゲノムの配列断片を取得しました。この配列断片を、ソフトウェアを使って連続した領域を連結し、20本の染色体※4に対応する巨大な配列にまとめました。この巨大配列は、ギャップ※5と呼ばれる未決定領域が1本あたり4か所以内と極めて少なく、うち7本はギャップのない完全な配列として得られました。
本研究により、赤シソについてゲノム情報を利用した「データ駆動型ゲノム育種(デジタル育種)」を実施するための基盤情報が得られたことから、今後赤シソのさらなる高機能化や栽培特性の改良に向けた研究開発の加速が期待されます。
本研究成果は、2022年11月16日にDNA Research誌に掲載されました。
背景
シソは日本のみならずアジア各地で広く栽培されている一年草植物で、赤紫色の色素アントシアニンを多く含む「赤シソ」と、含まない緑色の「青ジソ」の二つのタイプが知られています。どちらの葉も食卓を彩る食材として使われるほか、赤シソの葉は生薬「蘇葉(ソヨウ)」として漢方薬原料としても用いられています。
シソは多くの健康増進に役立つさまざまな有用成分を含むことが知られており、こうした有用成分が植物で作られるために必要な遺伝子を明らかにする研究が注目されています。有効成分を増やすための遺伝子を予測・同定し、ゲノム編集技術※6などの精密な遺伝子改変技術を用いて植物を改良する「データ駆動型ゲノム育種(デジタル育種)」が技術的に可能になっています。
植物においてゲノム編集を行うためには、対象となる生物種・品種の高精度なゲノム配列情報が明らかになっていることが求められます。高精度なゲノム配列情報、いわば正確な「地図」が存在することで、ゲノム編集のターゲット選定や、望まない箇所の改変(オフターゲット編集)を未然に防ぐことが可能になります。
研究成果の内容
本研究では、三島食品株式会社が育種を進めてきた赤シソ品種「豊香3号」からゲノムDNAを抽出し、配列の「長さ」と「精度」の両立を実現した最新のDNA配列解析技術「HiFiリード※7」のアセンブリ※8を行いました。ゲノムの空間的に隣接した領域を明らかにするHi-C解析※9の結果と、先行研究で報告されていた中国の青ジソ品種のゲノム配列との対応関係を確認し、シソゲノムの20本の染色体に対応する巨大な配列を構築しました。この20本の配列で、約12億6000万塩基対の赤シソゲノム配列の99.2%をカバーすることができました。またギャップと呼ばれる未決定領域が1本あたり4か所以内と極めて少なく、うち7本はギャップのない完全な配列となり、極めて高精度なゲノム配列情報を取得することができました。
今回解読した赤シソゲノムには、合計86,258の遺伝子領域が同定されました。これらの機能予測には、以前構築した昆虫向けの遺伝子機能アノテーションワークフロー「Fanflow4Insects※10」を植物向けにモデルチェンジした「Fanflow4Plants」を使って実施しました。その結果、76,825のタンパク質をコードする遺伝子が同定され、そのうち72,983について、何らかの機能予測(機能アノテーション)を付与することができました。また、ゲノム編集のターゲット選定の実例として、赤シソの赤紫色の色素であるアントシアニンの生合成経路を題材として、各ステップの遺伝子のコピー数を数えました。その結果、経路の下流の遺伝子に重複の少ない遺伝子があり、ゲノム編集のターゲットとして有力な候補になることがわかりました。
今後の展開
今回高精度なゲノム配列情報を決定したことで、赤シソについてもゲノム情報を利用した「デジタル育種」を実施するための基盤が得られたことになります。今後は赤シソのさらなる高機能化や栽培特性の改良に向けた研究開発の加速が期待されます。
参考資料
図1:赤シソ品種「豊香3号」
(写真提供:三島食品株式会社)
図2:ゲノムブラウザのトップページデザイン(予定)。
https://perilla.annotation.jp/(近日中に開設予定)。
研究資金
本研究は、広島県ものづくり価値創出支援補助金、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「Bio-Digital Transformation(バイオDX)産学共創拠点」(JPMJPF2010)、および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業挑戦的研究(萌芽)(21K19118)によって実施されました。
用語説明
※1 ゲノム配列情報:生物の持つ遺伝情報の全体である「ゲノム」についての、AGCTの4種類の塩基に対応する文字の配列として規定される情報のこと。
※2 ゲノムDNA:生物の細胞に含まれる高分子のDNA二本鎖のこと。タンパク質、糖、脂質、RNAなどのほかの構成成分を除去し、DNAのみを選択的に抽出して得られる。
※3 配列の「長さ」と「精度」:これまでのDNA配列解析技術では、長い配列(目安として1万塩基以上)を一度に読める技術では精度が低下し、ほぼエラーなく読める技術は数100塩基程度が限度と、両立が難しかった。
※4 20本の染色体:ゲノムは複数本の染色体と呼ばれる構造に分かれて存在しており、シソ(学名:Perilla frutescens)においては20本がゲノムに対応する1セットであることが知られている。
※5 ギャップ:AGCTの配列情報は未決定だが、本来連続する1本の配列に由来すると考えられるとき、「NNNN…」などの文字列を使って2本の配列断片を連結し、より長い1本の配列にまとめることができる。このとき挿入される「NNNN…」で表される未決定配列のこと。
※6 ゲノム編集技術:標的とする遺伝子を特異的に切断することによって、遺伝子の破壊や外来DNAの挿入を行う技術。様々な生物種に利用可能であり、微生物から植物や動物での遺伝子改変に適用することができる。
※7 HiFiリード:PacBio社のロングリードシークエンサーに実装された比較的新しい技術で、環状化されたDNAを繰り返し読んでコンセンサス配列を得ることにより、1万〜2万塩基程度の長さで、99.9%以上の高い精度で塩基配列を決定する技術。
※8 アセンブリ:シークエンサーから出力された大量の配列断片情報の重なりを利用して、連続する領域の配列情報につなぎ合わせていくこと。
※9 Hi-C解析:ゲノム(染色体)は細胞の核の中において3次元の立体構造を取っており、空間的に近接した領域を化学的に固定してその部分に含まれるDNA配列断片を次世代シークエンサーで網羅的に読むことで、ゲノム上の空間的に近接している領域を明らかにする技術。ゲノムアセンブリにおいては、ギャップを許容して配列断片を連結する方法の一つとして用いられる。
※10 Fanflow4Insects:昆虫の遺伝子機能アノテーション(注釈づけ)のためのワークフロー(一連のデータ解析の流れ)として、広島大学大学院統合生命科学研究科の坊農秀雅特任教授らが開発した手法。
(参考:https://www.hiroshima-u.ac.jp/news/71959)
論文情報
- 掲載誌:DNA Research
- 論文タイトル:A highly contiguous genome assembly of red perilla (Perilla frutescens) domesticated in Japan
- 著者:Keita Tamura1,2, Mika Sakamoto3, Yasuhiro Tanizawa3, Takako Mochizuki3, Shuji Matsushita4, Yoshihiro Kato5, Takeshi Ishikawa5, Keisuke Okuhara1,6, Yasukazu Nakamura3, Hidemasa Bono1,2※
1:広島大学大学院統合生命科学研究科
2:広島大学ゲノム編集イノベーションセンター
3:国立遺伝学研究所
4:広島県立総合技術研究所農業技術センター
5:三島食品株式会社
6:プラチナバイオ株式会社
※:責任著者
- DOI:10.1093/dnares/dsac044
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学大学院統合生命科学研究科 特任教授 坊農秀雅
Tel:082-424-4013
E-mail:bonohu*hiroshima-u.ac.jp
<報道に関すること>
広島大学広報室
Tel:082-424-4383
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広島県立総合技術研究所 農業技術センター 技術支援部
Tel:082-429-0522
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三島食品株式会社 広報 佐伯俊彦
Tel:082-245-3211
(注: *は半角@に置き換えてください)