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【研究成果】変異型のB型肝炎ウイルス(HBV)は小胞体ストレス応答を介し肝細胞を直接障害する

本研究成果のポイント

 B型肝炎ウイルスは従来感染しただけでは肝細胞に対する障害性はなく、特に幼児、若年のキャリアでは免疫系が未熟でウイルスを病原体と認識できず、このために肝障害は全く起きないとされています。肝細胞の破壊が起きるのは、体の免疫系が思春期以降にウイルスを認識するようになって、ウイルス感染細胞を排除しようとする活性が現れるようになり、感染している肝細胞が破壊されるからです。
 ところが、今回私たちが、増殖力の非常に強いB型肝炎ウイルスを、免疫系が作動しない免疫不全マウスであるヒト肝細胞移植キメラマウス(*1)に感染させたところ、ウイルスの高度の増殖に伴って、激しい肝細胞の破壊が起きることがわかりました。激しく増殖するウイルスにはウイルスの複製に関連したウイルスの遺伝子領域の2か所に突然変異が起きており、このウイルスが肝細胞内で高度に増殖すると、ウイルスの表面蛋白であるHBs抗原が肝細胞に急速に蓄積し、肝細胞の破壊に至っていることがわかりました。
 この肝細胞障害は劇症肝炎や、抗がん剤などによる免疫抑制剤投与によっておこるB型肝炎ウイルスの再活性化(*2)の病態に類似しています。これらの病態の治療の考え方は、これまでは、激しい免疫反応による肝細胞の破壊を、免疫抑制剤などにより回避することに主眼が置かれていました。今回の発見は、免疫抑制だけではなく、強力な抗ウイルス治療を早急にもたらす新たな戦略が必要であることを示しており、今後のB型劇症肝炎やB型肝炎ウイルスの再活性化の治療に大きな影響をもたらす可能性があります。

 

概要

 広島大学大学院医系科学研究科 茶山一彰医療イノベーション共同研究講座教授は、米国NIH等との共同研究により、増殖力の非常に強いB型肝炎ウイルスの感染に伴い、肝細胞が細胞死に至ることを発見しました。そして、肝細胞が死滅するのは、肝細胞内でHBs抗原というウイルス抗原の小胞体への蓄積により小胞体ストレスが亢進し、そのために肝細胞がアポトーシス(*3)に陥り消滅してしまうことであるというメカニズムを明らかにしました。
 本研究成果は、近日中に米国肝臓学会誌「Hepatology」(2021年づけImpact factor:17.298)に報告される予定です。

論文情報

  • 掲載誌:Hepatology
  • 論文タイトル:HBV with precore and basal core promoter mutations exhibits a high replication phenotype and causes ER stressmediated cell death in humanized liver chimeric mice
  • 著者名:Uchida Takuro1, Imamura Michio1, Hayes C. Nelson1, Suehiro Yosuke1, Teraoka Yuji1, Ohya Kazuki2, Aikata Hiroshi3, Abe Hiromi4, Ishida Yuji5, Tateno Chise5, Hara Yuichi6, Hino Keisuke6, Okamoto Toru7, Matsuura Yoshiharu7, Aizaki Hideki8, Kohara Michinori9, Liang T10, Oka Shiro1, Chayama Kazuaki11*

  1:広島大学大学院医系科学研究科消化器内科学
  2:日本赤十字社 広島赤十字・原爆病院 第二消化器内科
  3:県立広島病院 消化器内科
  4:広島大学大学院医系科学研究科医療人大学院教育・研究センター
  5:株式会社フェニックスバイオ
  6: 川崎医科大学医学部
  7: 大阪大学微生物病研究所 高等共創研究院
  8: 国立感染症研究所 ウイルス第二部
  9: 東京都医学総合研究所
   10: アメリカ国立衛生研究所(NIH)Liver Diseases Branch
   11: 広島大学大学院医系科学研究科医療イノベーション共同研究講座
   *:責任著者
 

背景

 HBVの変異は、B型肝炎の病態生理や抗ウイルス療法に対する治療感受性に影響を与えることが知られています。Basal core promoter (BCP)およびPrecore (PC)変異は、劇症型B型肝炎やHBV再活性化による肝障害に関連していると考えられていますが、激しい細胞死が起きる機序は細胞障害性T細胞などの免疫細胞によるものがほぼ全てで、ウイルスそのものが肝細胞障害を起こすことはないとえられていました。本研究では、BCP/PC二重変異型HBV (二重変異型HBV)が細胞内で急速に増殖することによる影響と、免疫を介さずに、HBV感染肝細胞に直接的細胞障害を及ぼすメカニズムに関して検討しました。

研究成果の内容

 B型慢性肝炎患者から得た野生型HBVおよび二重変異型HBV感染血清を用いて、初代ヒト肝細胞(PHH)および免疫不全であるヒト肝細胞キメラマウスにおいて感染実験を行いました。得られたHBV感染マウスの肝組織を用いて、組織学的解析および遺伝子発現解析を行いました。
 その結果、二重変異型HBV感染マウスでは野生型HBV感染マウスに比べ、感染早期に血中HBV DNA値が急速かつ高度に増加しましたが、感染6週後よりマウスの血中HBV DNAおよび移植したヒト肝細胞の生存率と比例するヒトアルブミン(hALB)値の急速な減少が生じました(図1)。
 また二重変異型HBV感染マウスではHBV DNA値と相関してヒトALT値が一過性に上昇し、組織学的にヒト肝細胞の消失を認めました(図2)。さらに、二重変異型HBV感染によるウイルス高増殖および肝細胞障害は培養肝細胞においても同様に生じることが確認されました。二重変異型HBV感染マウスに抗ウイルス薬であるエンテカビルを投与したところHBV DNA値の上昇が抑制されるとともにhALBの減少も生じませんでした。
このことはHBVの増殖が薬物で抑制されると肝細胞障害が起きなくなることを示しています。二重変異型HBVと野生型HBVを共感染させること、野生型HBVの感染の影響でマウスの血液はHBeAg(*4)が陽性となりましたが、hALB値の低下は二重変異型HBV単独感染と同様に生じ、血中HBeAgの有無は肝細胞障害に影響を及ぼしていないと考えられました。免疫組織学的検討により二重変異型HBV感染マウスでは肝細胞内へのHBsAgの蓄積および小胞体との共局在が確認されました。二重変異型HBV感染および野生型HBV感染マウス、非感染マウスの肝臓内の遺伝子発現解析を行ったところ、野生型HBV感染マウスでは、非感染対照マウスと比較して87遺伝子に発現の変化を認め、二重変異型HBV感染マウスでは、非感染対照マウスと比較して100遺伝子に変化を認めました。
 さらにエンリッチメント解析からG2/Mチェックポイント、ERストレス応答、アポトーシスに関わるパスウェイが二重変異型HBV感染マウスでのみ確認されました。また、肝内のATF4、CHOP、GADD34、Caspase 3の遺伝子発現が増加し、組織学的に肝細胞のアポトーシスが確認され、二重変異型HBV感染による肝細胞の消失がPERK経路を介したERストレス応答によるアポトーシスにより誘導されることが示されました。遺伝子組換え技術をもちいて、BCP/PC変異を野生型に修正することによって、培養肝細胞およびマウスでの二重変異型HBV感染におけるウイルス高増殖はキャンセルされ、ヒト肝細胞の消失も生じず、BCP/PC変異が肝細胞の直接障害に重要であることが確認されました。
 以上より、BCP/PC変異型HBVは、ウイルス増殖亢進と小胞体ストレス応答を介した直接的肝細胞障害に関連していることを明らかにしました。

今後の展開

 本研究により、B型急性肝炎、特に劇症肝炎や抗がん剤や免疫抑制剤によるB型肝炎ウイルスの再活性化のような激しいウイルス増殖が見られる際にはウイルスを急速に減らすような手立てが必要であることが明らかになり、今後この点に注目した新たな治療の開発が望まれるようになりました。本モデルは、劇症型B型肝炎やHBV再活性化の病態解明や治療標的探索のための有用なツールとなることが期待されます。

参考資料

【用語説明】
(*1) ヒト肝細胞キメラマウス 免疫不全マウスであるscid マウスと、マウスの生後マウス肝細胞が徐々に消滅していくuPA 遺伝子のトランスジェニックマウスを交配し、生後間もない仔マウスにヒト肝細胞を移植して作製したマウスモデル。HBVはヒトとチンパンジーの肝細胞の中でのみ効率よく増殖するので、肝炎ウイルスの感染実験によく用いられる。
(*2) B型肝炎ウイルスの再活性化 B型肝炎ウイルス感染症は治癒して中和抗体であるHBs抗体が陽性になっていてもウイルスの遺伝子が体内に潜んでおり、抗がん剤や免疫抑制剤、ステロイドホルモンの投与などによりウイルスに対する免疫が抑制されるとウイルスが増殖し、重篤な肝炎を引き起こしてしばしば致命的になる。この状態をB型肝炎ウイルスの再活性化と呼んでいる。
(*3)  アポトーシス:細胞の死の一種であり,構成する組織をより良い状態に保つため能動的に起こります。ウイルスに感染した細胞の処理や、がん化した細胞を排除するために起こることもあります。
(*4) HBeAg: 野生型HBVが活発に活動しているときに肝細胞から分泌されるウイルス蛋白。活発に増殖しているウイルスが免疫を攪乱するために分泌している可能性が考えられています。臨床的にはウイルスの活動性の指標として、ウイルスの増殖が多い症例では高い値を示すことがわかっています。

図1. 野生型〇と変異型●感染後のHBV DNA(上)とヒトアルブミン(下)の変動。ウイルスが増殖してピークになるあたりから変異型のウイルスが感染したマウスではHBV DNAとアルブミンの低下がみられる。

図2. 変異型マウスの肝臓では感染後14週目では、ヒトアルブミン(中段、茶色く染められている)がきれいになくなってしまっている(中央の図)がわかる。

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 大学院医系科学研究科  
 医療イノベーション共同研究講座教授 茶山一彰
 Tel:082-257-2022 
 E-mail:chayama*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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