• ホームHome
  • 【研究成果】大気汚染による脳梗塞予後の悪化 ―PM2.5の中枢神経系への影響を実験的に証明―

【研究成果】大気汚染による脳梗塞予後の悪化 ―PM2.5の中枢神経系への影響を実験的に証明―

研究成果のポイント

  • PM2.5 を吸い込むと、脳で炎症が生じる
  • PM2.5 による脳の炎症によって、脳梗塞後の運動機能障害が悪化する
  • PM2.5 による脳の炎症は、PM2.5 に含まれる多環芳香族炭化水素に起因する

概要

 大気汚染は世界的に拡大を続けており、WHOは世界人口の約90%が汚染された大気の下で暮らし、健康被害のリスクがあると指摘しています。疫学研究より、大気汚染下で生活していると、脳梗塞を発症したときの入院日数が延びたり、発症後の致死率が増加したりと、大気汚染が脳梗塞の予後に影響することが示唆されていました。
 本研究では、脳梗塞モデルマウスを用いた実験により、PM2.5を吸い込むと脳内で炎症が生じ、この炎症が原因で脳梗塞の予後が悪化する(回復が遅延する)ことを明らかにしました。さらに、研究グループはPM2.5に含まれる多環芳香族炭化水素が脳への炎症を引き起こしていることも示しました。本邦では環境基本法によりPM2.5の環境基準が定められていますが、この基準はPM2.5の呼吸器影響や循環器影響に係る知見から主に審議されたものです。PM2.5による神経系への影響については、基礎科学的な立ち位置に加えて、行政面からも検討が進められる必要があります。
 本研究は、広島大学 大学院統合生命科学研究科 元大学院生(2021年度修了) 田中美樹さん、石原康宏准教授、慶應義塾大学、徳島文理大学、東京医科歯科大学、宮崎大学、国立水俣病総合研究センター、カリフォルニア大学デービス校から成る国際共同研究グループによって遂行されました。この研究成果は2023年2 月16日にシュプリンガー・ネイチャー社が発刊する専門誌「Particle and Fibre Toxicology」に掲載されました。

発表論文

  • 論文タイトル
    Polycyclic aromatic hydrocarbons in urban particle matter exacerbate movement disorder after ischemic stroke via potentiation of neuroinflammation
  • 著 者
    田中 美樹1,2, 奥田 知明3, 伊藤 康一2, 石原 波1, 大黒 亜美1, 藤井 義明4, 鍋谷 悠5, 山元 恵6, Christoph F.A. Vogel7,8, 石原 康宏1,8(責任著者).
     1. 広島大学 大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム
     2. 徳島文理大学 香川薬学部
     3. 慶應義塾大学 理工学部
     4. 東京医科歯科大学 難治疾患研究所
     5. 宮崎大学 工学部
     6. 国立水俣病総合研究センター 環境・保健研究部
     7. カリフォルニア大学デービス校 環境毒性学部
     8. カリフォルニア大学デービス校 健康環境センター
  • 掲載雑誌
    Particle and Fibre Toxicology
  • DOI 番号
    10.1186/s12989-023-00517-x

発表内容

【背景】
 大気汚染は世界的に拡大を続けており、WHOは世界人口の約90%が汚染された大気の下で暮らし、健康被害のリスクがあると指摘しています。PM2.5は主要な大気汚染物質の1つであり、吸い込むと主に呼吸器系や循環器系における健康リスクが生じることが明らかとなったことから、各国において排出源対策や規制値の設定が進められてきました。一方、PM2.5がヒト脳内で検出されたことが報告され、脳も大気汚染の影響を受けることが示唆されました。さらに最近の疫学研究より、大気汚染下で生活していると、脳梗塞を発症したときの入院日数が延びたり、発症後の致死率が増加したりと、大気汚染が脳梗塞の予後に影響するとの報告が散見されるようになりました。しかし、その詳細は明らかではありませんでした。

【研究成果の内容】
 田中美樹さんらは、PM2.5を鼻から吸入させた脳梗塞モデルマウスを用い、PM2.5の中秋神経系への影響を詳細に検討しました。PM2.5を吸入したマウスにおいて、脳内の免疫担当細胞であるミクログリアが活性化し、神経炎症を引き起こしていることが明らかになりました。この活性化は、PM2.5から多環芳香族炭化水素を取り除くと抑制されること、また遺伝的に多環芳香族炭化水素が作用しないマウスではミクログリア活性化が生じなかったことから、PM2.5に付着している多環芳香族炭化水素が炎症を引き起こしていることが分かりました。
 PM2.5に曝露しているマウスに脳梗塞を誘導すると、清澄な環境で飼育したマウスと比較して、脳梗塞後の神経炎症が増悪し運動機能障害が悪化することが明らかとなりました。多環芳香族炭化水素をPM2.5から取り除く、或いは多環芳香族炭化水素が作用しないマウスを用いると、PM2.5曝露による脳梗塞に伴う炎症の増悪と脳梗塞予後の悪化が抑制されました。これらの結果から、PM2.5は中枢神経系で炎症を引き起こし、脳梗塞による炎症とPM2.5による炎症が相加的に作用して、脳梗塞の予後が悪化すると推測されました(図1)。本研究では、大気汚染下で脳梗塞の予後が悪化すること、さらにその悪化メカニズムを実験的に示した初めての報告です。

【今後の展開】
 本研究では、PM2.5を吸入すると脳内で炎症が生じることを示し、さらに、その炎症が脳梗塞による炎症と相加的に作用することを明らかにしました。アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患、うつ病や統合失調症などの精神疾患にも神経炎症の関与が疑われており、大気汚染はこれらの疾患にも影響する可能性があります。また、PM2.5には多環芳香族炭化水素以外にも重金属やエンドトキシンなど、炎症誘発性物質が含まれることが知られています。大気汚染の中枢神経系への影響は今後さらに詳細に検討されるべき重要な課題であり、ヒト影響、動物影響を主とした医学・薬学的見地から、さらにPM2.5成分分析を主体とした化学的見地からバランスをもって進める必要があると思われます。

 

参考資料

図1.PM2.5吸入による脳梗塞予後の増悪―相加的炎症仮説―

語句説明

  • PM2.5
     微小粒子状物質(PM2.5)は、大気中に浮遊する小さな粒子のうち、粒子の大きさが2.5µm(1µm=1mmの千分の1)以下のものを指します。ボイラーや焼却炉、自動車のエンジンなどの燃焼によって生じたり、土壌や火山など自然由来に生じるものもあります。
     
  • 多環芳香族炭化水素
     複数の芳香族(ベンゼン環)を構造にもつ化学物質の総称であり、石油、木材、タバコ、食品など炭素を含む物質の不完全燃焼で発生します。ベンゾ[a]ピレンなど、いくつかの多環芳香族炭化水素は発癌性や変異原生をもつことが明らかになっています。PM2.5に付着していることも知られており、大気中でも検出されます。
     
  • ミクログリア
     脳に常在する免疫担当細胞であり、異物や死細胞により活性化し、これらを取り除いて中枢神経系を正常に維持する働きがあります。しかし、過剰に活性化したミクログリアは、神経系を障害することも知られています。
【お問い合わせ先】

 大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム
 准教授 石原康宏
 Tel:082-424-6529 FAX:082-424-0759
 E-mail:ishiyasu*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


up