• Platinum(プラチナ) TALEN(ターレン)(pTALEN)(※1)を用いたゲノム編集(※2)により、鶏卵の主要なアレルゲン(※3)であるオボムコイド(OVM)の遺伝子をニワトリでノックアウト(※4)しました。
•  ゲノム編集したニワトリが産生する鶏卵中のOVMおよびゲノム編集により生産されることが予想された副産物は、生産されないことを証明しました。
• ゲノム編集食品で懸念されるニワトリへの別の遺伝子の挿入や他の遺伝子へ影響は、全くありませんでした。
• 今後は、ゲノム編集による鶏卵成分に対する影響や試作品(加工食品)にした場合の評価(物性や官能)や安全性を実施していく予定です。

　広島大学大学院統合生命科学研究科の江﨑僚特任助教、堀内浩幸教授、キユーピー株式会社研究開発本部技術ソリューション研究所機能素材研究部チームリーダーの児玉大介らの研究チームは、ゲノム編集によりOVM遺伝子をノックアウトしたニワトリを作製し、そのニワトリが生産する卵にはOVMが無いこと、またゲノム編集により予想される変異タンパク質の生産が無いことを確認しました。

　鶏卵の主要なアレルゲンであるOVMは、熱や消化酵素に対して非常に安定でかつ水溶性であるため、生理化学的にアレルゲン性をなくしたり、除去することが困難でした。近年のゲノム編集技術の進歩により、OVMを生産しない鶏卵を作ることは可能となりましたが、OVMノックアウト鶏卵を食品として利用するためには、食品としての安全性を評価することが重要です。
　本研究では、広島大学で開発したゲノム編集技術のひとつであるpTALENを用いてOVM遺伝子をノックアウトしたニワトリを作製しました。次にOVMノックアウトニワトリが生産する鶏卵中にはOVMが無いこと、またゲノム編集により予想される変異タンパク質の生産が無いことを確認しました。さらにpTALENのオフターゲット作用(※5)(意図せぬ変異導入)を含む標的以外のニワトリゲノムへの影響について検討しました。その結果、OVMノックアウトニワトリが産んだ卵には、OVMは存在せず、また外形的な異常は認められませんでした。また、ゲノム編集の変異導入により生産が予想される副産物も含まれていないことがわかりました。さらに、全ゲノム解析(※6)によるオフターゲット作用の解析では、pTALENによる明確な変異導入は他の遺伝子領域で確認されませんでした。これらの結果は、本研究で作製したOVMノックアウト鶏卵の食品としての安全性を示すとともに、この鶏卵が、食品やワクチン製造におけるアレルギー問題の解決に貢献できることを示しました。
　なお、本研究成果は2023年3月12日にElsevier社が発刊する専門誌｢Food and Chemical Toxicology｣に電子版として公開されるとともに、2023年5月号に掲載されます。

• 論文タイトル
  Transcription activator-like effector nuclease-mediated deletion safely eliminates the major egg allergen ovomucoid in chickens
• 著者
  Ryo Ezaki^a, *, Tetsushi Sakuma^a,b, Daisuke Kodama^c, Ryou Sasahara^c, Taichi Shiraogawa^c, Kennosuke Ichikawa^b, Mei Matsuzaki^a, Akihiro Handa^d, Takashi Yamamoto^a,b, Hiroyuki Horiuchi^a,b
    a: 広島大学 大学院統合生命科学研究科 b: 広島大学 ゲノム編集イノベーションセンター c: キユーピー株式会社研究開発本部 d: 東京電機大学 理工学部
• 掲載誌
  Food and Chemical Toxicology
• DOI 番号
  https://doi.org/10.1016/j.fct.2023.113703

【背景】
　鶏卵アレルギーは、小児の即時型食物アレルギーの中で最も多く、そのアレルゲンの中で最も優勢なアレルゲン蛋白質はOVMです。鶏卵のアレルゲン性は、プロテアーゼ処理や加熱処理などにより低減できますが、これらの処理では卵白の特性(ゲル化や起泡)を維持したまま、OVMのみを完全に除去することはできませんでした。一方、OVM以外のアレルゲンは、熱や消化酵素を用いた加工処理によって不活性化させ、アレルゲン性を排除することができます。すなわち加工してもOVMだけが鶏卵にアレルゲン性を維持したまま残るため、OVMを含まない鶏卵を生産できれば、アレルゲン性が極めて低い鶏卵由来加工食品を生産することができると考えられます。近年、ゲノム編集技術を用いた遺伝子ノックアウトにより、鶏卵からOVMを除去できることが報告されてきましたが、ゲノム編集により生じる可能性がある副産物やゲノム編集ツールの標的以外のゲノムへの影響は十分に解析されていませんでした。

【研究成果の内容】
　本研究では、pTALENを用いてニワトリOVM遺伝子を標的としたゲノム編集を行い、OVMノックアウトニワトリを2系統で作製しました(図1)。また、ゲノム編集ニワトリの安全性を評価するために、タンパク質レベルでOVMおよび副産物の有無を試験したところ、ノックアウト鶏卵からはOVMも副産物も検出されませんでした(図2)。さらに、ノックアウトニワトリの全ゲノム解析を行ったところ、pTALENによる他の遺伝子の挿入や他の遺伝子領域へ変異導入は確認されませんでした。

【今後の展開】
　卵アレルギーは、OVM以外にもアレルギーを起こす患者がいるため、今回作製した卵を食品として利用するためには、加工食品での免疫学的および臨床的研究が必要です。今後は、OVMがないことで鶏卵成分にどのような影響がでるのか、どのような鶏卵の加工形態であれば、安心して食することができるのかといった実証試験段階に入ります。また鶏卵を用いたワクチンなどの医薬品製造分野にもOVMを含まない鶏卵の提供が可能になるものと思われます。

(※1)Platinum TALEN(pTALEN)
　広島大学にて独自開発された高活性型のTALEN(transcription activator-like effector nuclease)。TALENは、植物病原細菌であるキサントモナスから発見されたＤＮＡ結合タンパク質を利用した人工ヌクレアーゼである。

(※2)ゲノム編集
　ゲノムDNAに二本鎖切断を誘導し、その修復過程に標的遺伝子のDNA配列を改変する技術。欠失や挿入を誘導する単純な改変においては、自然発生する突然変異と変わらない。ゲノムとは生物のもつ全DNA塩基配列情報のこと。

(※3)アレルゲン
　アレルギー反応の原因となる物質。

(※4)遺伝子ノックアウト
　生物がもともと持っている遺伝子コードを変更し、遺伝子を破壊する技術。

(※5)オフターゲット作用
　ゲノム編集ツールが標的とは異なる部位へ変異導入してしまう作用。

(※6)全ゲノム解析
　次世代塩基配列解析技術により、個体の全ゲノムＤＮＡ配列情報を決定する解析手法。

(※7)ELISA法　イムノブロット法
　抗体と抗原の特異的な相互作用を利用し、タンパク質の検出や定量を行う手法。