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【研究成果】ウイルス変異に強い免疫を獲得した新型コロナウイルス感染者に存在する広域中和抗体の特性を立体構造から解明 〜広域中和抗体をつくりだす新しいワクチン開発に期待〜

本研究のポイント

  • 新型コロナウイルス感染者から取得した広域中和抗体を解析したところ、ウイルス表面の広い領域に結合するようになった抗体が変異ウイルスを捕まえていることを発見しました。
  •  従来の新型コロナワクチンでは変異ウイルスに有効な抗体を作ることが困難でしたが、免疫反応を持続させるワクチンを開発すれば変異ウイルスに強い広域中和抗体を誘導できるかもしれません。

概要

 従来の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンは、出現する変異ウイルス株に広く有効な“広域中和抗体※1”をつくりだすことが難しく、ワクチンに使用された系統とは異なる新型コロナウイルスに対しては効果が低下することが知られています。広島大学大学院医系科学研究科免疫学、同研究科ウイルス学などからなる共同研究チームは、広域中和抗体が産生される仕組みと作用機序を明らかにすることを目的として、新型コロナウイルス初期株に感染した人から取得した抗体の中で、これまで出現した変異ウイルス株の大半を中和する広域中和抗体を特定し、X線結晶構造解析と呼ばれる手法を用いて詳しく解析しました。

 広域中和活性を有する抗体は複数のアミノ酸置換が抗原認識部位に生じていました。そのため標的ウイルス分子と広い領域で相互作用することが可能となり、ウイルス変異による免疫逃避※2を阻止していることが遺伝子解析や立体構造解析などから明らかになりました。抗体がウイルス抗原に応じてアミノ酸配列を変化させるには、持続的な抗原暴露による免疫反応を必要とします。そのようなワクチンデザインによって広域中和抗体を人為的に誘導できる可能性が考えられます。本研究成果は、ウイルス変異に有効なワクチン開発やウイルス感染者の重症化を阻止する医薬品開発などに役立つことが予想されます。

 本研究は、ロンドン時間の2023年4月11日にネイチャー・ポートフォリオによるオープンアクセス国際学術誌「Communications Biology」誌に掲載されました。

論文情報

論文タイトル:Structural basis of spike RBM-specific human antibodies counteracting broad SARS-CoV-2 variants.

著者:下岡清美1,†, 東浦彰史2,†, 河野洋平1,†, 山本旭麻, 溝口洋子, 橋口隆生, 西道教尚1,5, 黄世玉, 伊藤彩乃, 大木駿, 神田美幸, 谷口智宏, 吉里倫, 東和志, 北嶋康雄, 横崎恭之1,5, 岡田賢, 坂口剛正, 保田朋波流1,‡

1広島大学大学院医系科学研究科免疫学
2広島大学大学院医系科学研究科ウイルス学
3広島大学大学院医系科学研究科小児科学
4京都大学医生物学研究所ウイルス制御分野
5広島大学トランスレーショナルリサーチセンターインテグリン-マトリクス治療科学
6広島大学リキッドバイオプシー共同研究講座
7県立広島病院総合診療科

† 筆頭著者, ‡ 責任著者

掲載雑誌:Communications Biology, 6, 395, 2023.
DOI番号:10.1038/s42003-023-04782-6

背景

  新型コロナウイルスに感染すると体内ではウイルスに結合する様々な抗体がつくられ、その中でもウイルスの増殖を抑制する効果のある抗体は、感染症の予防や回復に重要です。ウイルスに結合して細胞に侵入するのを妨害する抗体は「中和抗体」と呼ばれ、感染者の重症化を抑制し回復を早めます。一方で、新型コロナウイルスの変異型スパイク蛋白質受容体結合部位(RBD)※3に対する抗体の効力低下が、オミクロン型変異による感染拡大や再感染の要因となっています。
 従来のCOVID-19ワクチンは、出現する変異ウイルス株に広く有効な広域中和抗体をつくりだすことが難しく、ワクチンに使用された系統とは異なる新型コロナウイルスに対しては効果が低下することが知られています。共同研究チームはこれまで新型コロナウイルス感染者から短期間で中和抗体を作成する技術を開発し※4、また段階的に抗原を変化させるワクチン手法がウイルス変異に有効な広域中和抗体を高めることを報告してきました※5。しかしながら自然感染によって体内で広域中和抗体がどのようにつくられ、またどのような仕組みで広域中和抗体が作用しているのかについては不明でした。

研究成果の内容

新型コロナウイルス変異株に有効な広域中和抗体の同定
 オミクロン株(BA.1, BA.2, BA.2.12.1, BA.4, BA.5)では初期の新型コロナウイルス株と比べて、スパイクRBD蛋白質に15~18か所のアミノ酸変異が存在します。変異をもたない初期系統の新型コロナウイルス感染者から取得した抗体から上記オミクロン株に対して中和活性を示す抗体を探索した結果、2種類の中和抗体が同定されました。そのうちの一つNCV2SG48と名付けられた広域中和抗体は、上記のオミクロン株だけでなく、アルファ、ベータ、デルタ、カッパ、ラムダなど試験した全ての新型コロナウイルス変異系統に対して高い中和活性を示しました(図1)。

NCV2SG48広域中和抗体が認識するエピトープの決定と構造学的特性
 NCV2SG48抗体由来のFab断片と初期株、デルタ株、オミクロンBA.1株のスパイクRBDとの複合体を作成し結晶構造を決定しました。またこれまでに立体構造が報告されているスパイクRBD を標的とする中和抗体を詳細に解析した結果、認識する部位のパターンから大半の中和抗体がクラス1からクラス5までの5種類に分類可能であることがわかりました(図2a)。NCV2SG48抗体のエピトープ※6は、ACE2受容体と直接結合する受容体結合モチーフ(RBM)※3に存在し、クラス1抗体に分類されました。これまでに国内で特例承認されている中和抗体でオミクロン株にも効果が認められている抗体はいずれもクラス3抗体であり、NCV2SG48抗体とは認識するエピトープが大きく異なります。NCV2SG48抗体はこれまでにない作用機序で効果を発揮する広域中和抗体であることがわかりました。
 NCV2SG48抗体の遺伝子配列や立体構造から、NCV2SG48抗体はアミノ酸置換を伴う変異をスパイクRBDとの結合部位に複数獲得していることがわかりました(図2b)。それにより標的となるウイルス分子と結合する領域が大きく拡張され、広範な領域にまたがってスパイクRBDと水素結合を形成する特徴が認められました。結合する領域の面積は一般的なクラス1抗体と比べても突出して広く、クラス3抗体の平均面積と比較すると約1.7倍にもなることがわかりました(図2c)。

NCV2SG48広域中和抗体における体細胞変異の重要性 
 次にデルタ株やオミクロン株の変異によって、NCV2SG48抗体が結合能を失わないことを立体構造から確認しました。デルタ株、オミクロンBA.1株由来のスパイクRBDと複合体を作成し結晶構造を決定したところ、NCV2SG48抗体重鎖と軽鎖の結合境界面は、デルタ株やオミクロンBA.1株のスパイクRBDであっても初期株とほぼ同程度に保たれており、体細胞変異※7による結合領域の拡大が有効に機能していることが示唆されました(図3)。実際にNCV2SG48抗体が結合するRBDアミノ酸残基の割合は、オミクロンBA.1 RBDにおいても79.2%(水素結合が形成される24アミノ酸残基中、19残基)と高い割合を維持しており、広い領域にまたがって多数の水素結合を形成することが、ウイルス変異への強い抵抗性に寄与していると考えられました。そこでNCV2SG48抗体に生じた体細胞変異が広域中和抗体の活性に重要であることを確認するために、体細胞変異を全て変異前の配列に置換した抗体(NCV2SG48-GL)を作成して、中和活性を測定しました。その結果、体細胞変異をもたない配列の抗体ではアルファ, ベータ, カッパ, ラムダ, BA.1, BA.2, BA.2.12.1, BA.4, BA.5に対する中和活性を消失することが確認されました。以上の結果から、抗体に導入された体細胞変異が広域中和抗体の活性に決定的な役割を果たしていることが明らかとなりました。

今後の展望

 本研究結果から、ウイルス変異に幅広く効果のある広域中和抗体が体内で作られうること、そのような広域中和抗体の形成に体細胞変異が重要な役割を果たしていることが確認されました。抗体が体細胞変異を獲得するためには、リンパ節などの二次リンパ組織においてウイルス抗原を長期的に保持し、胚中心※8と呼ばれる特徴的な免疫反応を持続的に引き起こすことが必要になります。加えて本研究グループによるこれまでの研究から、段階的に抗原を変更する免疫手法がウイルス変異に有効な広域中和抗体を高めることが分かっています。自然感染後に作られた広域中和抗体を詳細に解析することで、広域中和抗体がつくられ作用する仕組みが分かってきました。これらの知見に基づいたワクチンをデザインすることで、広域中和抗体を人為的に誘導できる可能性があります(図4)。本研究成果は、ウイルス変異に有効なワクチン開発やウイルス感染者の重症化を阻止する医薬品開発などに役立つことが予想されます。

研究資金

 本研究は、大阪大学蛋白質研究所共同研究プログラム(課題番号2021B6651、2022A6728、2022B6728)のもと、大型放射光施設SPring-8の生体超分子構造解析ビームラインBL44XUを用いて行われました。科学研究費助成事業 研究活動スタート支援(17H06937), 基盤研究(B)(18H02669), 挑戦的研究(萌芽) (19K22538), 基盤研究(B)(21H02751), 若手研究(22K16372), 学術変革領域研究(B) (20H05773);日本医療研究開発機構(AMED)(JP20fk0108453, JP20fk0108531, Preb20334760);戦略的創造研究推進事業(CREST) (JPMJCR20H8);広島県・広島大学産学官連携COVID-19研究費;三井住友信託銀行-新型コロナワクチン・治療薬開発寄付口座;広島大学クラウドファンディングの支援によって実施されました。また広島大学医学部医学科の医学研究実習において一部研究が実施されました。

語句説明

【語句説明】
※1 広域中和抗体
特定のウイルス系統に限らず、広範なウイルス変異系統に対して感染防御や重症化阻止が可能な抗体のこと。
※2 免疫逃避
ウイルスが変異することで、元のウイルスに対して得られた免疫から逃れられるようになり、再び感染できるようになること。
※3 スパイク蛋白質RBD/RBM
新型コロナウイルスの表面にはスパイク蛋白質と呼ばれる突起が発現しており、体内の細胞表面上の分子と結合することで、細胞内への感染が開始される。肺、腸管、血管などの細胞表面に発現するACE2蛋白質に結合する部分を受容体結合部位(Receptor Binding Domain;RBD)と呼ぶ。RBDの立体構造で特にACE2蛋白質と直接作用する領域を受容体結合モチーフ(Receptor Binding Motif;RBM)と呼ぶ。RBDに結合する抗体にはウイルスと細胞の結合を阻害する抗体が含まれ、それらは感染や重症化を防ぐ中和抗体となる。
※4 【広島大学プレスリリース】新型コロナウイルス変異株を無力化する中和抗体を10日間で作成する技術を国内で初めて開発〜新たな変異ウイルスの拡大に備えた抗体医薬へ期待〜
※5 【広島大学プレスリリース】新型コロナウイルス初期株からオミクロン株へと段階的に免疫を獲得することが、幅広い感染防御を獲得する鍵である
※6 抗体のエピトープ
抗体は特定の立体構造を認識して結合するが、抗体が認識する抗原分子上で直接結合する部位をエピトープと呼ぶ。
※7 体細胞変異(体細胞超変異)
抗体の立体構造で抗原と接する箇所に、変異が集中して見られることから体細胞超変異(Somatic hypermutation)とも呼ばれる。体細胞ではゲノム全体を通して変異が低いレベルに抑えられているが、抗体を産生するB細胞では例外的に、抗原への親和性を上昇させる機構として抗体遺伝子に高頻度の変異が生じる。体細胞変異が生じたB細胞のうち抗原との親和性が上昇した細胞を選択的に残すことで抗体の親和性成熟が起こる。抗体の親和性成熟は二次リンパ組織の胚中心において行われる。
※8 胚中心
免疫反応に伴って二次リンパ組織に形成される組織構造で、B細胞の抗体遺伝子に体細胞変異を生じつつ細胞の増殖と選別を繰り返し、抗体の成熟をもたらす。標的となる抗原は胚中心の明領域に存在する濾胞樹状細胞(FDC)によって保持される。B細胞の選別には濾胞ヘルパーT(Tfh)細胞も重要な役割を果たしている。

【お問い合わせ先】

大学院医系科学研究科免疫学 保田 朋波流
Tel:082-257-5175 FAX:082-257-5179
E-mail:yasudat*hiroshima-u.ac.jp

 (*は半角@に置き換えてください)

 


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