• ホームHome
  • 【研究成果】特定遺伝子の異常による新規の免疫異常症を発見 ~RelA異常症の治療法の選択、I型インターフェロン制御機構の解明へ~

【研究成果】特定遺伝子の異常による新規の免疫異常症を発見 ~RelA異常症の治療法の選択、I型インターフェロン制御機構の解明へ~

研究成果のポイント

  • 周期性発熱や炎症性腸疾患、自己免疫性疾患、皮膚疾患などを発症した5家系の患者で、RELA遺伝子(注1)変異による新規病型を発見しました。
  • 新規病型をきたすRELA遺伝子変異は優性阻害効果(注2)を示し、これまで知られていた病型と比較して重症になることが分かりました。
  • 優性阻害効果によるRelA異常症では、I型インターフェロン(注3)の分泌が増強していることが分かりました。

概要

 私たちの体には、病原体から体を守るための様々な免疫の仕組みが備わっています。そのなかでRelAタンパクは、炎症や細胞増殖などの制御に重要な役割をはたすシグナル経路の構成因子の一つです。このタンパクをコードするRELA遺伝子の変異のうち、半量不全(注4)をきたす変異では皮膚や粘膜に潰瘍をつくる軽度の自己炎症疾患を引き起こすことが知られていましたが、自己免疫性の血球減少や炎症性腸疾患など重症化する病型の原因は不明でした。
 今回、防衛医科大学校小児科の森谷邦彦助教(研究当時:東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野助教)らの研究グループは、周期性発熱や炎症性腸疾患、自己免疫性疾患などを合併したRelA異常症の5家系6症例を初めて同定しました。また、このRELA遺伝子変異が優性阻害効果を示すことと、この変異を持つ患者の血球細胞はI型インターフェロンを過剰産生することを突き止めました。今回の発見により、本症に対する効果的な治療薬の選択や、I型インターフェロン制御機構の解明につながることが期待されます。
 本研究成果は、2023年6月5日に実験医学の専門誌Journal of Experimental Medicine にオンライン掲載されました。

背景

研究の背景
 原発性免疫不全症は400種類以上の病型が知られており、免疫系の異常により易感染性、自己炎症、自己免疫症、アレルギーなど様々な病態を起こします。そのなかでRelA異常症は、反復する皮膚・粘膜潰瘍を生じる4人の患者から2017年に同定された疾患です。RelAは遺伝子の発現を調節する転写因子と呼ばれる分子で、サイトカイン(注5)などによる刺激により活性化し、炎症や細胞増殖に関連する遺伝子群の働きを調節することで免疫反応の制御を行います。
 一方、I型インターフェロンはウイルスや細菌などの病原体に対して働くサイトカインです。細胞内に取り込まれたウイルスは、TLR(注6)により認識されます。TLRには多くの種類がありますが、そのうちTLR7/8/9 はインターフェロンの調節因子であるIRF7(注7)やMyD88を介してI型インターフェロンの産生を誘導します。このI型インターフェロンが過剰に産生されることにより発症する遺伝病は「I型インターフェロン症」と呼ばれ、2011年にCrowらによって提唱された比較的新しい疾患概念です。I型インターフェロンの亢進により発症する疾患としては、Aicardi-Goutières症候群(エカルディ・グティエール症候群)(注8)のような遺伝病が代表的です。他方で近年、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなどの膠原病や先天性感染症においてもI型インターフェロンの亢進が知られるようになり、その病態の解明が急速に進んでいます。

今回の取り組み
 今回、防衛医科大学校小児科助教の森谷邦彦(研究当時:東北大学大学院医学系研究科小児病態学分野助教)、中野智太の研究グループと、広島大学大学院医系科学研究科小児科学の岡田賢教授、津村弥来研究員)の研究グループは、京都大学の井澤和司(同助教)、本田吉孝(同特定助教)、九州大学の石村匡崇(同講師)、園田素史(同助教)、及び米国ロックフェラー大学の大岸誠人(同大学院生)らとの共同研究により、RELA遺伝子変異を持つ5家系6例の患者を同定し、これらの患者においてRelA変異タンパク質が体内で作られていることを確認しました。詳細な機能解析の結果、RelA変異タンパク質は、正常なRelAタンパク質に結合することでその機能を阻害することから、優性阻害効果を持つことが判明しました。
 次に患者の白血球を検討したところ、I型IFNシグネチャー(注9)を認め、既知のI型インターフェロン症と同様の病態が示唆されました。患者白血球は、TLR7刺激により様々なインターフェロン(INF-α2, INF-β, INF-γ1, INF-γ2/3)を過剰分泌することも判明しました。
 この現象を詳細に解析するため、患者白血球を用いてシングルセルRNAシークエンス解析(注10)を行いました。その結果、患者の骨髄系樹状細胞(mDC)と形質細胞様樹状細胞(pDC)において、TLR7の遺伝子発現が上昇していることが判明しました。一方、リンパ球や骨髄球細胞では、IRF7やMyD88の遺伝子発現の上昇が認められました。IRF7はI型インターフェロン産生に必要な分子で、NFκB経路により制御されることが知られています。そのため優性阻害効果を持つRelA変異タンパク質が、TLR7やIRF7遺伝子の発現を強く誘導することでI型インターフェロンの亢進をきたすと考えられました。    
 

今後の展開

 今回の報告は、NFκB経路の異常によりI型インターフェロンの亢進が誘導されることを示した初めての報告です。優性阻害効果によるRelA異常症という新規病型の発見は、本症患者に対する効果的な治療薬の選択に貢献するのみならず、I型インターフェロンの制御機構の解明にもつながる重要な発見と言えます。今回の報告は、NFκB経路の異常によりI型インターフェロンの亢進が誘導されることを示した初めての報告です。優性阻害効果によるRelA異常症という新規病型の発見は、本症患者に対する効果的な治療薬の選択に貢献するのみならず、I型インターフェロンの制御機構の解明にもつながる重要な発見と言えます。

図1:優性阻害型と半量不全型のRelA異常症の比較
優性阻害効果により、RelAの活性低下が顕著になるほど多彩な症状を呈する。

図2. 阻害効果によるRelA異常症の病態
RelA変異タンパク質は自身の活性を失うのみならず、正常なRelAタンパク質と複合体を形成することでその活性を阻害する。結果としてI型インターフェロンを誘導するTLR7やMyD88の発現が上昇し、IFNαやINFβなどの過剰産生により多彩な症状を呈する。

用語説明

注1.    RELA遺伝子:炎症や細胞増殖を制御するNFκBシグナル経路の重要な因子である、RelAタンパクをコードする遺伝子。RelAタンパクはDNAと結合することで遺伝子の働きを調節する。NFκB経路に関わる遺伝子の異常により様々な免疫異常症を引き起こすことが知られている。
注2.    優性阻害効果:両親からそれぞれ受け継いだ1組の遺伝子のうち、変異のある片方より生じた変異たんぱく質が、もう片方の正常なたんぱく質の機能を阻害する効果。一般に半量不全よりも該当遺伝子の機能が低下する。
注3.    I型インターフェロン:免疫を活性化する物質で、ウイルスや細菌などの病原体の侵入に対して産生される。IFN-α、IFN-βなどがその代表として知られる。
注4.    半量不全:両親からそれぞれ受け継いだ1組の遺伝子のうち、片方の遺伝子が失われ、正常なたんぱく質が半分しか存在しない状態。
注5.    サイトカイン:免疫細胞から分泌される細胞間の情報伝達物質。
注6.    TLR:Toll用受容体(Toll-like receptor)の略。様々な病原体を感知して自然免疫系を作動させる。
注7.    IRF7:インターフェロン調節因子7(interferon regulatory factor 7)の略。I型インターフェロンを誘導する重要な因子。
注8.    Aicardi-Goutières症候群:TREX1,IFIH1などの遺伝子異常によっておこる常染色体潜性遺伝病。代表的なI型インターフェロン症であり、頭蓋内石灰化、肝脾腫、自己免疫性疾患を合併する。
注9.    IFNシグネチャー:I型インターフェロンにより誘導される遺伝子群の発現上昇。
注10.    シングルセルRNAシークエンス解析:1細胞毎に遺伝子の発現状態を網羅的に調べる手法。
 

謝辞

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP21K07791)および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難病性疾患実用化研究事業の研究費支援を受けて実施されました。
 

論文情報

タイトル:Human RELA dominant-negative mutations underlie type I interferonopathy with autoinflammation and autoimmunity

著者: Kunihiko Moriya§*, Tomohiro Nakano§, Yoshitaka Honda, Miyuki Tsumura, Masato Ogishi, Motoshi Sonoda, Masahiko Isa-Nishitani, Takashi Uchida, Mohamed Hbibi, Yoko Mizoguchi, Masataka Ishimura, Kazushi Izawa, Takaki Asano, Fumihiko Kakuta, Daiki Abukawa, Darawan Rinchai, Peng Zhang, Naotomo Kambe, Aziz Bousfiha, Takahiro Yasumi, Bertrand Boisson, Anne Puel, Jean-Laurent Casanova, Ryuta Nishikomori, Shouichi Ohga, Satoshi Okada*, Yoji Sasahara, Shigeo Kure(§共筆頭著者 *責任著者)

掲載誌:Journal of Experimental Medicine
DOI:10.1084/jem.20212276

【お問い合わせ先】

岡田 賢(おかだ さとし)
広島大学大学院医系科学研究科 小児科学 教授
TEL: 082-257-5212
E-mail: sokada*hiroshima-u.ac.jp

(注: *は半角@に置き換えてください)


up