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【研究成果】ミトコンドリア異常がうつ・不安をもたらす~新しい治療薬の創薬標的として期待~

本研究成果のポイント

  • うつ病や不安障害といったこころの病気は、既存の薬が効きにくく、新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。
  • 長期的なストレスを与えることで、うつ病や不安障害を呈するモデルマウスの脳・海馬において、ミトコンドリアの障害が生じており、これを薬によって防ぐことで症状が改善することを発見しました。
  • ミトコンドリア障害により炎症性物質インターフェロンが増加しており、この働きを中和する抗体を投与することにより症状が改善することを発見しました。
  • 本研究成果により、うつ病や不安障害に対する新たな治療薬の開発が期待されます。

概要

 広島大学大学院医系科学研究科の森岡徳光教授、中島一恵助教、中村庸輝助教、吉本夏輝(大学院生)らの研究グループは、うつ病や不安障害を呈するモデルマウスを用いて、脳の海馬において細胞の働きに必要なエネルギーを産生するミトコンドリアに障害が生じていることを確認しました。さらにミトコンドリア障害により炎症性物質であるインターフェロンが増加しており、この反応がうつ病や不安障害の発症に重要であることを証明しました。

 現在、うつ病や不安障害といった気分障害と総称されるこころの病気は、コロナ禍に伴うストレスの多い日常生活により患者数が増加しています。これらの治療は長期間にわたることから、患者さんの生活の質(Quality of Life: QOL)を低下させる要因となっています。うつ病や不安障害の治療には、抗うつ薬や抗不安薬が処方されますが、効かない患者さんも多くおられます。そのような患者さんは治療が困難であることから、新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。

 ミトコンドリアはほぼ全ての細胞に存在し、エネルギー産生等に関わる重要な細胞小器官です。ミトコンドリアの機能異常が、がんや認知症などの発症に関わることが知られていますが、うつ病や不安障害の発症に対する関わりはよくわかっていませんでした。同研究グループは、うつ病や不安障害を呈するモデルマウスを用いて、脳・海馬においてミトコンドリアの障害が認められ、この現象を防ぐことによりうつ・不安様行動が改善されることを証明しました。さらに同モデルマウスの海馬では、ミトコンドリア障害に伴って炎症性物質であるⅠ型インターフェロンが増加していることも初めて発見しました。加えて、Ⅰ型インターフェロン受容体に対する中和抗体を鼻腔から投与(経鼻投与)することで、うつ・不安様行動が改善されることを見出しました。
 細胞の活動に必要なエネルギーの90%以上がミトコンドリアで産生され、周囲の細胞に供給されます。よってミトコンドリアの正常な働きは、細胞が生き生きと元気に活動し、生命機能を維持する上でとても重要です。うつ病や不安障害は、ミトコンドリアの働きが障害されることで脳の細胞が元気を失うことにより、発症している可能性が考えられます。
 ミトコンドリアやⅠ型インターフェロンをターゲットにした薬剤は、うつ病や不安障害に苦しむ多くの患者さんを救う新たな治療薬となることが期待されます。
 本研究成果は、令和5年6月14日(日本時間)、米国科学誌「Experimental Neurology」(オンライン版)に公開されました。

研究の背景

 様々なストレスはうつ病や不安障害の発症原因となります。長期に渡って続く痛み(慢性痛)も非常に大きなストレスとなり、実際に何かしらの慢性痛をもつ患者は、うつ病や不安障害を発症しやすくなることが知られています。うつ病や不安障害の治療には、抗うつ薬や抗不安薬が処方されますが、約30%の患者では薬が効果を示しません。よって、新たな治療薬・治療法の確立が望まれています。
以前より同研究グループは、慢性痛モデルマウスがうつ・不安様の行動を示すことを見出していたことから、これらをうつ病や不安障害のモデルマウスとして用いて、治療標的を探索する研究を続けてきました。また同研究グループは、これらのモデルマウスの脳内で炎症が生じていることを確認していました。
 ミトコンドリアは細胞内小器官として、エネルギー産生の他、カルシウムイオン濃度の調節、酸化ストレスの軽減などに関与しています。最近、ミトコンドリアの機能異常が、慢性炎症を引き起こし、がんや認知症、様々な生活習慣病の発症に関係していることが知られています。
そこで本研究では、慢性痛によってうつ・不安様行動を示すマウスを用いて、ミトコンドリアの機能異常による炎症と症状の関わりについて調べました。

研究成果の内容

 広島大学大学院医系科学研究科 森岡徳光教授らの研究グループは、慢性痛によってうつ・不安様行動を示すマウスを用いて、脳・海馬においてミトコンドリアの障害が生じていることを明らかにしました(図1)。またこのモデルマウスに対して、ミトコンドリア機能を改善するクルクミン(ウコンなどに含まれるポリフェノール)を投与すると、うつ・不安様行動が改善しました(図2)。さらに、このモデルマウスの海馬では、炎症性物質であるⅠ型インターフェロンが増加し、脳の免疫担当細胞であるミクログリアが活性化していましたが、これらの反応もクルクミンによって対照群と同じ程度にまで抑制されました。またⅠ型インターフェロン受容体に対する中和抗体をモデルマウスに経鼻投与すると、ミクログリアの活性化が抑えられるとともに、うつ・不安様行動が改善しました(図3)。

今後の展開

 本研究結果から、ミトコンドリアやⅠ型インターフェロンがうつ病や不安障害に対する治療薬の新たなターゲットとなることが期待されます(図4)。
今後は、ストレスがミトコンドリア障害を引き起こすメカニズムやⅠ型インターフェロンによるうつ・不安障害の発症メカニズムについても研究を進めていく予定です。

図1 ストレスモデルマウス海馬におけるミトコンドリア障害

図2 ストレスモデルマウスのうつ・不安様行動に対するクルクミンの効果

図3 ストレスモデルマウスのうつ・不安様行動に対するIFN受容体中和抗体の効果

図4 本研究の概要図

論文情報

著 者
Natsuki Yoshimoto, Yoki Nakamura, Kazue Hisaoka-Nakashima and Norimitsu Morioka*
* Corresponding author(責任著者)
論文題目
Mitochondrial dysfunction and type Ⅰinterferon signaling induce anxiodepressive-like behaviors in mice with neuropathic pain.
掲載雑誌
 Experimental Neurology, 2023, Impact factor=5.62
DOI番号
doi: 10.1016/j.expneurol.2023.114470.
 

用語説明

(※1)ミトコンドリア
ほとんど全ての真核生物の細胞の中に存在し、細胞の働きに必要なエネルギーを産生する細胞内小器官です。

(※2)Ⅰ型インターフェロン(IFN)
IFN-α, IFN-βなどが該当する。免疫系及び炎症の調節などの働きを示し、サイトカインの一種に含まれます。

(※3)Ⅰ型インターフェロン受容体に対する中和抗体
Ⅰ型インターフェロンの受容体であるIFNARという細胞表面の特異的な受容体に結合し、その作用を阻害する。

【お問い合わせ先】

広島大学大学院医系科学研究科 薬効解析科学研究室 
教授 森岡 徳光(もりおか のりみつ)
TEL:082-257-5310 FAX:082-257-5314
E-mail:mnori*hiroshima-u.ac.jp

  (注: *は半角@に置き換えてください)


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