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【研究成果】炎症性サイトカインによって誘導されたニューロピリン2は新型コロナウイルスの増殖を促進する

本研究成果のポイント

  • 発熱や関節痛といった症状の原因となる炎症性サイトカイン(注1)がヒトの細胞においてニューロピリン2(NRP2)と呼ばれるタンパクの発現を増加させることを発見しました。
  • NRP2が、SARS-CoV-2というウイルスのヒト細胞への侵入を補助し、ウイルスの増殖を促進させることを明らかにしました。
  • 既存の新型コロナウイルス感染症の治療薬である抗体製剤及びワクチンの一部はウイルス由来の分子を治療標的としており、ウイルスが変異することでその効果が弱まることが確認されています。
  • 本研究成果により、ウイルスが変異しても影響を受けない新たな治療薬の開発につながることが期待されます。

(注1)炎症性サイトカイン:サイトカインは細胞から分泌されるたんぱく質の一種で細胞同士の情報伝達を担う。炎症性サイトカインもサイトカインの一種で、細菌やウイルスなどの病原体が体内へ侵入した場合、炎症反応を起こして体を守る役割を持つ。一方、炎症性サイトカインの合成が過剰になった場合、発熱、関節痛や各種臓器障害を引き起こす原因となる。

概要

 広島大学病院リウマチ・膠原病科の石徳理訓医師・平田信太郎教授・杉山英二名誉教授らの研究グループは、同病院検査部の茂久田翔准教授、広島大学大学院医系科学研究科ウイルス学研究室の坂口剛正教授、愛媛大学医学系研究科解析病理学講座の増本純也教授らと共同で、COVID-19において各種臓器障害を引き起こす原因物質とされるTNFα及びIL-1β(注2)を含む複数の炎症性サイトカインの存在がヒト線維芽細胞(滑膜、及び、肺)上のNRP2タンパクの発現を増加させること確認しました。さらにこのNRP2がウイルスであるSARS-CoV-2のヒト細胞への侵入を補助し、ウイルスを増殖させることを明らかにしました。

(注2)TNFαは腫瘍壊死因子の略称。IL-1βはインターロイキン1ベータの略称。いずれも炎症性サイトカインの一種であり、細胞表面のサイトカイン受容体に作用し、細胞の活動性を炎症環境に適応した状態に変化させる作用を有する。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はSARS-CoV-2を病原体とする感染症であり、各国で感染者の著明な増加を認めています。SARS-CoV-2がヒトへ感染する際、ウイルス表面にあるタンパク(スパイクタンパク)とヒトの細胞表面にあるタンパク(受容体)との結合が必要となることが知られています。これまで、ウイルス由来のスパイクタンパクを標的として抗体製剤やワクチンが開発され、その有効性が証明されてきました。しかしながら、パンデミック開始から短期間でスパイクの抗原変異を生じたことから、これら薬剤の有効性は徐々に減弱することとなり、現在では十分な効果を期待できない薬剤も複数存在します。

 2020年以降多くの疫学研究が行われ、血液中の炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1β、IL-6など)の濃度の上昇がCOVID-19の重症化リスクとなることが報告されています。したがって、炎症性サイトカインとSARS-CoV-2やヒトのウイルス受容体の間には何らかの関連性が存在することが推測されますが、この科学的問題点を分子生物学的観点から解析した報告はこれまでに存在していませんでした。石徳らの研究グループは、TNFα、IL-1βが存在することによりウイルス受容体であるNRP2タンパクが増加することを、ヒト滑膜線維芽細胞及びヒト肺線維芽細胞を用いて証明しました。加えて、NRP2の発現量を調整することでSARS-CoV-2の増殖が制御されることを明らかにしました。

 これまでNRP2タンパクのSARS-CoV-2感染における役割はほとんど報告がありませんでしたが、我々の研究結果から炎症性サイトカインはヒト細胞上のNRP2発現を増加させることでSARS-CoV-2の細胞への感染を補助し、ウイルス増殖を促進していることが明らかとなりました。変異しやすいウイルスのタンパクを標的とした治療薬と異なり、ヒト由来のタンパクであるNRP2を標的とした治療薬の開発に繋げることができれば、ウイルス変異に影響されない永続的な有効性を示す治療法になるものと期待されます。

 本研究は、日本医療研究開発機構 (研究代表者:坂口剛正)、日本呼吸器財団COVID-19研究助成(研究代表者:茂久田翔)、沖中記念成人病研究所研究助成(研究代表者:茂久田翔)、広島ロータリークラブ賞(研究代表者:茂久田翔)、日本学術振興会科学研究費助成事業(研究代表者:茂久田翔)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、令和5年7月3日(日本時間)、科学誌「Viruses」に掲載されました。

背景

 COVID-19はSARS-CoV-2を病原体とする感染症であり、治療法(抗ウイルス薬、抗体製剤、分子標的治療薬など)や予防法(ワクチンなど)が開発されたものの、今なお高齢者などのリスクの高い集団において死亡率の高い疾患です。SARS-CoV-2は、口腔・気道・消化管粘膜などから体内へ侵入した後、血流によって全身に運ばれ、肺炎のみならず脳や血管など多臓器の障害を引き起こします。ウイルスがヒト細胞へ感染する際、ウイルス表面のスパイク蛋白とヒト細胞上の受容体タンパクであるアンギオテンシン変換酵素2(ACE2)やNRP1(NRP2と同系統のタンパク)との結合が重要であることが報告されています。ウイルス表面のスパイク蛋白を標的とした抗体製剤、ワクチンは当初高い有効性を発揮しましたが、ウイルス変異によりスパイクタンパクの構造が変化したことで有効性の低下が報告されています。ウイルス変異の影響を受けにくい新規治療法の開発が求められています。

 2020年以降、関節リウマチ患者を対象にCOVID-19に関する世界的なデータ収集が行われ、炎症性サイトカインの一種であるTNFαをブロックする抗体製剤を投与された関節リウマチ患者において、COVID-19重症化リスクの低下を認めることが報告されました。同時に、COVID-19の重症症例では血液中の複数の炎症性サイトカイン(TNFα、IL-1β、IL-6など)の濃度が高いこと(サイトカインストームとも呼ばれる)も確認されました。これらの結果から、炎症性サイトカインはSARS-CoV-2ウイルスの増殖に関与していると推測されましたが、炎症性サイトカインがウイルスの増殖へ与える影響はこれまでよく分かっていませんでした。

 石徳らの研究グループでは、ウイルス抗原変異の影響を受けないCOVID-19の治療標的を検討するため、SARS-CoV-2感染に関わるヒト細胞上の分子であるNRPと炎症性物質との関係性に着目して実験を行いました。

研究成果の内容

 培養細胞へのTNFα、IL-1βの添加により、ヒト滑膜線維芽細胞及びヒト肺線維芽細胞において、NRPの一種であるNRP2の発現量が増加することを証明しました。また、NRP2は転写因子NF-κBを介して調節されていることを突き止めました。培養細胞に対し、TNFα、IL-βの添加とSARS-CoV-2の感染を行った場合、線維芽細胞におけるNRP2発現は増加し、同時にSARS-CoV-2の増殖が促進される(=ウイルス量が増加する)ことが分かりました。加えて、ヒト滑膜線維芽細胞のNRP2を過剰発現させることでSARS-CoV-2の増殖が促進され(図1)、逆にNRP2発現を抑制することでSARS-CoV-2の増殖を抑えられる(図2)ことが明らかとなりました。

図1 NRP2過剰発現によるSARS-CoV-2増殖の促進
ヒト滑膜線維芽細胞においてNRP2タンパクを多量に発現させると、コントロール群と比較してウイルス(SARS-CoV-2)の増殖が促進されました。

図2 NRP2発現抑制によるSARS-CoV-2増殖の抑制
ヒト滑膜線維芽細胞においてTNFαとIL-1βの共刺激を行うと、コントロール群と比較してウイルス(SARS-CoV-2)の増殖が促進されました。一方、NRP2タンパクの発現を抑制すると、TNFαとIL-1βの共刺激を加えてもウイルスの増殖は促進されませんでした。

今後の展開

 本研究の成果から、NRP2を標的とするCOVID-19の新規治療薬の開発が期待されます(図3)。特に、TNFαやIL-1βが多量に存在する炎症環境下(サイトカインストームなど)でのウイルス抑制効果に注目すべきと考えられます。また、ヒト滑膜線維芽細胞、ヒト肺線維芽細胞だけでなく、ヒト粘膜上皮細胞、ヒト神経細胞、及び、ヒト血管内皮細胞においても同様の結果が得られるか、検討を行う必要があると考えられます。

図3 本研究の概要図
TNFα、IL-1βが細胞の周囲に高濃度に存在することにより、ヒト線維芽細胞では転写因子NFκ-Bを介してNRP2の発現が増加します。NRP2の発現が増加するとSARS-CoV-2とACE2の結合がNRP2によって補助され、ウイルスが細胞内へ侵入しやすくなります。その結果ウイルスの増殖が促進されます。

掲載論文

著 者
Michinori Ishitoku, Sho Mokuda *, Kei Araki, Hirofumi Watanabe, Hiroki Kohno, Tomohiro Sugimoto, Yusuke Yoshida, Takemasa Sakaguchi, Junya Masumoto, Shintaro Hirata and Eiji Sugiyama
* Corresponding author(責任著者)

論文題目
Tumor Necrosis Factor and Interleukin-1β Upregulate NRP2 Expression and Promote SARS-CoV-2 Proliferation

掲載雑誌
Viruses 2023, 15(7), 1498. Impact factor=5.818

DOI番号
https://doi.org/10.3390/v15071498 (registering DOI)
 

【お問い合わせ先】

広島大学病院 リウマチ・膠原病科、広島大学病院 検査部
石徳 理訓、茂久田 翔
Tel:082-257-1583 FAX:082-257-1584
E-mail:sho-mokuda*hiroshima-u.ac.jp
 

  (注: *は半角@に置き換えてください)


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