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【研究成果】ジグザグ鎖構造をもつ磁性体で現れる電気的中性な準粒子の発見

概要

 京都大学大学院理学研究科の堀文哉 博士課程学生、金城克樹 博士課程学生(研究当時、現:東北大学多元物質科学研究所助教)、北川俊作 同助教、石田憲二 同教授、広島大学大学院先進理工系科学研究科の水谷宗一郎 修士課程学生(研究当時)、山本理香子 博士課程学生(研究当時、現:同博士研究員)、大曲雄大 修士課程学生(研究当時)、鬼丸孝博 同教授の研究グループは、イッテルビウム化合物YbCuS2非整合反強磁性相1において電気的中性な準粒子2の存在を明らかにしました。
 近年、固体物理では、通常の磁性体で知られていない秩序状態や準粒子の研究が注目されています。なかでも系全体のスピン3の配列が一意に定まらないフラストレーション現象ではそのような特異な物性が発現することが期待されています。本研究グループは、希土類のイッテルビウム原子(Yb)がジグザグ鎖を組む磁性半導体YbCuS2に着目し、希土類ジグザグ鎖によるフラストレーションの効果について調べました。銅(Cu)核の核四重極共鳴(NQR)測定4および比熱測定の結果、YbCuS2が非整合反強磁性秩序を示し、その秩序相で負の電荷をもつ電子とは異なる電気を運ばない電気的中性な準粒子が存在していることを明らかにしました。
 本研究で得られた結果は従来のジクザグ鎖フラストレート磁性体の理論では説明できないことから、新しい理論の必要性を示しており、YbCuS2が新たなフラストレート磁性体のプラットフォームとして有望であることを明らかにしました。また、本研究で発見した中性準粒子は通常の電子とまったく異なる性質をもつため、次世代量子コンピュータや省エネルギーメモリデバイスなどの新しいデバイスへの応用が期待できます。
 本成果は2023年7月22日(日本時間)、英国の国際学術誌「Communications Materials」にオンライン掲載されました。

ジグザグ鎖半導体YbCuS2における中性準粒子のイメージ図(画像生成AI、Stable Diffusionによる出力)

1.背景

 磁性体がもつ磁石の性質は、電子がもつスピンと呼ばれる自由度によって生じます。電気を流しにくい絶縁性の磁性体では、スピンが磁性原子に局在し、スピン間の相互作用によって平行(強磁性的な相互作用)または反平行(反強磁性的な相互作用)に配置する傾向があります。したがって、通常の磁性体では温度を下げると、全てのスピンが平行に揃った強磁性秩序や反平行に揃った反強磁性秩序[図1 (a)]を引き起こします。しかし、図1(b)のように磁性原子が三角形の格子点に配置され、スピン間に反強磁性的な相互作用が働く場合、2つのスピンを反平行に配置すると、残りのスピンはどの方向を向いてもエネルギーが変わらないため、安定な配置が決まりません。磁性原子がジグザグ鎖[図1(c)]に配置された場合は、最近接相互作用J1 のみで安定な配置が決まりますが、J1に加えて次近接の相互作用J2 との競合が存在すると安定な配置が決まらなくなります。このように、幾何学的配置や相互作用の競合によって、系全体のスピンの配列が一意に定まらない状況を物理学では「フラストレーション」といいます。
 フラストレーションをもつ磁性体(フラストレート磁性体)では、通常の磁性体で知られていない秩序状態や準粒子が発現することがあるため、精力的に研究が進められてきました。このようなフラストレート磁性体の研究は、これまでd電子をもつ遷移金属化合物において行われてきましたが、最近ではf電子をもつ希土類化合物においても盛んに研究されるようになりました。f電子に由来する強いスピン軌道相互作用5結晶場効果6が存在するため、従来の遷移金属化合物のフラストレート磁性体には考えられなかった新しい現象や状態が得られることが期待できます。しかし、希土類化合物フラストレート磁性体の良いモデル物質は少なく、特に希土類が図1(c)のジグザグ鎖を形成するフラストレート系の報告は少数であるため、現象への理解が充分ではありません。
 そこで本研究グループは、図2(a)のように希土類のYb原子がジグザグ鎖を形成する磁性半導体YbCuS2に着目しました。ゼロ磁場の0.95 Kにおける相転移が特異な磁気相図を示すため、希土類ジグザグ鎖によるフラストレーションの効果が指摘されていますが、その相転移の電子状態についての詳細は明らかになっていませんでした。

2.研究手法・成果

 本研究グループは微視的な実験手法であるCu-NQR測定および比熱測定を行い、YbCuS2のゼロ磁場相転移の電子状態について詳細に調べ、以下のことを明らかにしました。

① 内部磁場によるNQR信号の分裂及び核スピン-格子緩和率1/T1 7の急激な減少(図2)から、0.95 Kでの相転移が反強磁性転移であることを明らかにしました。さらにNQRスペクトルの解析から、秩序状態の磁気モーメントが通常で期待されるものに比べて1/10程度と小さい特異な非整合反強磁性状態であることがわかりました。

② 0.5 K以下で1/T1が温度の一次に比例する振舞いを発見しました。さらに、断熱消磁冷凍機を用いた0.08 Kまでの極低温領域での比熱測定から、本来半導体ではゼロであるはずの電子比熱係数が有限であることも明らかになりました。

 本研究グループが発見した1/T1が温度の一次に比例する挙動および有限な電子比熱係数(結果②)は、一般的に電気が流れる金属で見られる振舞いです。そのため、YbCuS2が電気の流れにくい半導体であることと一見矛盾します。また、結果①で見出した反強磁性秩序の状態では、マグノン8と呼ばれる準粒子の寄与により1/T1は指数関数的に減衰することが期待されます[図2 破線]。しかし、結果②はそのようなマグノンに起因する温度依存性とも相反する、大変興味深い振舞いです。本研究グループが観測したこれらの特異な物性は、YbCuS2の非整合反強磁性秩序相において、通常の電子やマグノンとは異なる電気を運ばない電気的中性な準粒子が存在していることを示唆しています。

3.波及効果、今後の予定

 YbCuS2の非整合反強磁性秩序相における中性準粒子の存在は、従来のジクザグ鎖フラストレート磁性体の理論では説明できず、希土類のジグザグ鎖による特異な磁気状態だと考えられます。これらを説明するためには、これまでにない新しい理論が必要です。本研究によりYbCuS2は有望なフラストレート磁性体のプラットフォームとして注目されることが期待できます。さらに、本研究で発見した中性準粒子は通常の電子とまったく異なる性質をもつため、次世代量子コンピュータや省エネルギーメモリデバイスなどの新しいデバイスへの応用も見込まれます。今後の研究では、YbCuS2における中性準粒子の起源や性質の解明が進められるでしょう。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は日本学術振興会 科学研究費補助金(課題番号:JP19K14657、JP19H04696、JP20H00130、JP20KK0061、JP21K18600、JP22H04933、JP22H01168、JP23H01124)および特別研究員奨励費(課題番号:JP23KJ1247)の支援を受けて行われました。また、寒剤(液体ヘリウム、液体窒素)の使用に関して、京都大学環境安全保健機構 低温物質管理部門および広島大学自然科学研究支援開発センター 総合実験支援・研究部門 低温実験部の大きな支援を受けて実施されました。

 

用語説明

1非整合反強磁性相: 格子間隔とずれた周期性でスピンが整列する状態。格子間隔と揃っているものを整合反強磁性相と言って区別することがある。

2準粒子:素粒子ではないが、物質中で現象や振る舞いを表現するために導入される仮想的な粒子。物質が示す最もエネルギーが低い状態(基底状態)から少しエネルギーを与えた状態(励起状態)は、ほとんど相互作用のない準粒子が付け加えられた状態としてみなすことができる。

3スピン:電子がもつ小さな磁石。磁石のN極とS極のように向きを持つ。

4核四重極共鳴(NQR)測定: 原子核の性質を使って、電子の状態を調べる測定方法。原子核をプローブとして電子状態を乱さずに局所磁場や低エネルギーのスピンゆらぎを観測できることから、フラストレート磁性体の研究に適している。

5スピン軌道相互作用: 電子が固有に持つスピンと電子が原子核の周りを回ることで生じる軌道角運動量の間の相互作用。相対性理論による効果の一種で、あまり大きくない原子の電子に対しては無視できるほどに小さいが、希土類原子のような大きな原子に対しては非常に大きくなり、電子状態やエネルギー準位の特性に重要な影響を与える。

6結晶場効果: 結晶中のある1個の原子に局在した電子に対して、その周囲の原子から生じる静電ポテンシャルの影響を指す。この結晶場効果によって、元々同じエネルギー準位にあった電子のエネルギー準位が分裂する。

7核スピン-格子緩和率1/T1: スピンのゆらぎなどの動的な情報をあらわす量であり、低温での温度依存性から低エネルギー励起の性質を調べることができる。

8マグノン: 磁気秩序状態からのゆらぎで定義される準粒子。

研究者のコメント

 YbCuS2は、1. 磁気相転移では珍しい一次相転移、2. 特異な振る舞いを示す磁場-温度相図、そして本研究で明らかになった3. 磁気モーメントの縮んだ非整合反強磁性状態、4. 謎の中性準粒子、と面白い現象盛りだくさんな物質です。特に最近、固体物理の中心的課題の1つになってきた中性準粒子の発見は非常に興味深い結果です。今後は、YbCuS2における中性準粒子の起源や性質についてのさらなる解明に取り組む予定です。(堀)

論文タイトルと著者

  • タイトル: Gapless fermionic excitation in the antiferromagnetic state of ytterbium zigzag chain
    (イッテルビウムジグザグ鎖の反強磁性状態におけるギャップレスフェルミオン励起)
  • 著  者: F. Hori, K. Kinjo, S. Kitagawa, K. Ishida, S. Mizutani, R. Yamamoto, Y. Ohmagari, and T. Onimaru
  • 掲 載 誌: Communications Materials 
  • DOI: https://doi.org/10.1038/s43246-023-00381-4

参考資料

図1: 磁性体内部でのスピンの様子。スピンは磁石のN極とS極のように向きを持ち、図にあるように矢印で表すことができる。(a) 四角形の格子点に配列したスピン。(b) 三角形の格子点に配列したスピン。(c)ジクザク鎖上に配列したスピン。

図2: (a) YbCuS2の結晶構造。Yb原子がジグザグ鎖を組む。(b) YbCuS2における核スピン-格子緩和率1/T1 の温度依存性。反強磁性で通常の磁性半導体では説明できない金属的な振舞いを見せる。

【お問い合わせ先】

 堀文哉(ほりふみや)
 京都大学理学研究科 物理学第一教室 固体量子物性研究室 博士課程2回生
 E-mail:hori.fumiya.36s*st.kyoto-u.ac.jp
 Twitter:@QM_phys_kyoto
 YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC29mFGKxSkn0lrj03_xyrHg

 石田憲二(いしだけんじ)
 京都大学理学研究科 物理学第一教室 固体量子物性研究室 教授
 E-mail:kishida*scphys.kyoto-u.ac.jp

 鬼丸孝博(おにまるたかひろ)
 広島大学大学院先進理工系科学研究科 量子物質科学プログラム 磁性物理学研究室 教授
 TEL:082-424-7027
 E-mail:onimaru*hiroshima-u.ac.jp

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