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【研究成果】口腔・頭頸部および肺がんの増殖と薬剤耐性に重要な新しいメカニズムを解明

本研究成果のポイント

  • 口腔・頭頸部および肺がんにおいて、細胞増殖のシグナルを伝えるAXLとEGFRが複合体を形成し、潜在的ながん遺伝子の一つであるYAPの活性化を活性化させ、増殖と薬剤耐性を付与するメカニズムを明らかにしました。
  • 今後、がん細胞の増殖を抑えるEGFR阻害薬に、AXLあるいはYAPを標的とする阻害薬を併用した新たながん治療法の開発が期待されます。

概要

 広島大学病院口腔検査センターの安藤俊範助教の率いる研究グループは、細胞膜表面のタンパクであるAXLとEGFRが二量体を形成し、下流のがん遺伝子であるYAPを活性化させることで、がん細胞の増殖およびEGFR阻害薬への耐性を付与する新たなメカニズムを解明しました。
 EGFRは口腔・頭頸部がんで高発現、および肺がんで活性化変異しているため、EGFR阻害薬が使用されていますが、耐性・再発が問題となっていました。本研究の成果により、EGFR阻害薬への耐性獲得を防ぐためには、AXLを標的とする薬剤、あるいはYAPを標的とする薬剤を併用することが有効であることが示されました。

 本研究の成果は、英国時間の2023年8月17日午後6時(日本時間2023年8月18日午前2時)に「Oncogene」オンライン版(Springer Nature Group)に掲載されました。

発表論文

論文タイトル
AXL activates YAP through the EGFR–LATS1/2 axis and confers resistance to EGFR-targeted drugs in head and neck squamous cell carcinoma

著者
Kento Okamoto1, Toshinori Ando2,*, Hiroki Izumi3, Susumu S. Kobayashi4,5, Tomoaki Shintani2, J. Silvio Gutkind6,7, Souichi Yanamoto1, Mutsumi Miyauchi8, Mikihito Kajiya2

1. Department of Oral Oncology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
2. Center of Oral Clinical Examination, Hiroshima University Hospital, Hiroshima, Japan
3. Department of Thoracic Oncology, National Cancer Center Hospital East, Kashiwa, Japan
4. Division of Translational Genomics, Exploratory Oncology Research and Clinical Trial Center, National Cancer Center, Kashiwa, Japan
5. Department of Medicine, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA, USA
6. Moores Cancer Center, University of California, San Diego, La Jolla, CA, USA
7. Department of Pharmacology, University of California, San Diego, La Jolla, CA, USA
8. Department of Oral and Maxillofacial Pathobiology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
*Corresponding author

掲載雑誌
Oncogene (Springer Nature Group)

DOI番号
10.1038/s41388-023-02810-7

Springer Nature Sharedit Initiativeによる無料閲覧リンク
https://rdcu.be/djLBE
https://www.springernature.com/gp/researchers/sharedit

背景

 がんは国民の死因第1位の疾患です。2人に1人はがんになる時代であり、がん治療の発展が望まれています。近年では、がんの遺伝子異常を同定することでシグナル経路(注1)の活性化を予測し、効果的な薬剤を選択する治療が行われています。
 口腔・頭頸部および肺がんでは、特にEGFR(注2)の遺伝子異常が標的となっています。EGFRは細胞膜表面に存在し、複数のシグナル経路を活性化させて増殖を促します。EGFRは口腔・頭頸部がんでは高発現しており、抗EGFR抗体が治療薬として使われています。しかし単剤による効果は予想外に低く、耐性・再発が問題となっています。また肺がん(特に亜型である肺腺癌)ではEGFR の遺伝子変異(日本人では約50%)が生じており、EGFRの活性化を防ぐ阻害薬が使用されています。治療効果は比較的高いですが、やはり薬剤耐性が問題となっています。耐性・再発を防ぐに様々な分子標的薬との組み合わせも試みられていますが、より効果的な治療法の開発が求められています。したがって口腔・頭頸部および肺がんのいずれも、EGFR阻害薬に対する耐性メカニズムの解明が望まれています。
 安藤助教はこれまでの研究で、EGFRが Hippoシグナル経路の下流因子であるYAP(注3)を活性化し、口腔・頭頸部および肺がんの増殖を促すメカニズムを明らかにしていました。一方で、EGFR阻害薬に耐性を示す症例ではYAPの活性化が報告されています。したがってEGFR阻害薬は確かにYAPを一時的に抑制しますが、YAPを再び活性化する未知のメカニズムが存在する可能性が示唆されていました。
 そこで安藤助教が率いる研究グループは、YAP活性化を導く未知のメカニズムを解明することで、EGFR阻害薬の耐性を防ぎ、がんの治療効果を大きく向上させることが可能になると考え、研究を開始しました。

研究成果の内容

 EGFR阻害薬に耐性を示す症例では、EGFR以外の受容体型チロシンキナーゼ(注2)の過剰発現も報告されています。そのため研究グループは、EGFR以外の受容体型チロシンキナーゼの過剰発現がYAPの再活性化をもたらしているのではないかと考えました。
 まず研究グループは、がん細胞株と組織の遺伝子発現データベースを用いて、YAPの活性化に最も重要な受容体型チロシンキナーゼを解析して、AXLを同定しました。AXLを高発現するがん細胞株に既存のAXL阻害薬(AXLの活性を阻害する低分子化合物)を投与すると、YAPが不活性化されて、細胞の増殖が抑制されることを見出しました。
 さらに、AXLがEGFRと二量体を形成することで、EGFRとHippo経路を介してYAPを活性化するメカニズムを明らかにしました。そこでAXLを高発現するがん細胞株に対して、EGFR阻害薬とAXL阻害薬を併用すると、それぞれの単剤に比べて、相乗的にYAPを不活性化して増殖を抑制することを見出しました。YAPを恒常的に活性化させると、この相乗的なYAPの不活性化と増殖の抑制は消失しました。つまり、AXLを高発現するがん細胞の場合は、EGFR阻害薬だけでは十分にYAPを不活性化できておらず、AXL阻害薬を併用することで初めてYAPを完全に不活性化できることが明らかになりました。

今後の展開

 本研究により、AXLがYAPを活性化させる新たな上流因子であること、そしてEGFRとYAPの活性化を介してEGFR阻害薬への耐性を付与する新しいメカニズムが明らかになりました。
 今後、AXLの高発現を確認あるいは予測した上で、EGFR阻害薬にAXL阻害薬、あるいはYAPそのものを標的とする薬剤を併用することで、EGFR阻害薬の耐性を防ぐ新たな治療戦略の開発が期待されます。同時に、新たなAXL阻害薬やYAP阻害薬の創薬開発が期待されます。

参考資料

左図:AXL過剰発現により、EGFRと二量体を形成してHippo経路を制御し、YAPを活性化させて増殖・耐性を促す。
右図:新たな治療戦略として、EGFR阻害薬にAXL阻害薬あるいはYAP阻害薬を併用する。YAP活性化によるEGFR阻害薬耐性を防ぐことが可能になる。

用語説明

注1 シグナル経路:細胞内でリン酸化等の修飾を伝えていく分子の経路である。シグナル経路の活性化は細胞の増殖などを引き起こす。遺伝子異常が生じると、下流に位置するシグナル経路は活性化し、がん細胞は活性化したシグナル経路に依存して増殖能を獲得する。

注2 EGFR(Epithelial Growth Factor Receptor 上皮成長因子受容体): ERBBファミリー(EGFR, HER2, HER3, HER4がある)に属する受容体型チロシンキナーゼの一つである。EGFなどのリガンドが結合することで二量体を形成して活性化し、下流の様々なシグナル経路を活性化させる。またEGFRはEGFR同士だけではなく、別の受容体型チロシンキナーゼとも二量体を形成できる。

注3 Hippo経路とYAP:比較的新しく登場したシグナル経路であり、細胞の増殖や臓器形成に重要である。Hippo経路はYAPを制御しており、YAPの活性化は核内における増殖に必須な遺伝子の発現を促す。

【お問い合わせ先】

広島大学病院 口腔検査センター 助教 安藤俊範
Tel:082-257-5727 FAX:082-257-5727
E-mail:toando19*hiroshima-u.ac.jp

University of California, San Diego
Professor J. Silvio Gutkind
E-mail:sgutkind*health.ucsd.edu

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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