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【研究成果】切れた腱が完全に元通りに治る〜マウスとの比較でわかったイモリの再生能力の鍵〜

本研究のポイント

  • イモリは、四肢や心臓をも再生させる強い再生能力を持つことで注目されてきた。今回は、私たちの日常で起きる腱の怪我をイモリで再現し、治癒の過程をマウスと較べることで、その再生能力を調べる、という研究を世界で初めて実施した。
     
  • イモリの腱はマウスの腱と同等の強度と弾性率を有する一方で、マウス腱と比べてシンプルな構造をしており、このことが腱再生の鍵であることが分かった。
     
  • プロアスリートから一般人まで幅広い年代に起きる腱、それに類似の構造をもつ靭帯の怪我を早期に治療、回復させるヒントになることが期待される。

研究概要

 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科の佐藤 史哉 博士前期課程学生(研究当時)、前田 英次郎 准教授、松本 健郎 教授らの研究グループは、広島大学両生類研究センターの林 利憲 教授、北海道千歳リハビリテーション大学の鈴木 大輔 教授、酪農学園大学の岩崎 智仁 教授との共同研究で、イモリを用いて損傷した腱が完全に再生する現象と、そのメカニズムを人間に活かすためのヒントを新たに発見しました。
 私たちが腱を損傷した場合、現在は治療として損傷した部位を保存する、あるいは縫合や血小板投与、自家腱の移植などの外科的な処置が施されます。しかし、いずれの方法でもアスリートであれば競技復帰までには数ヶ月を要し、また一度断裂した腱を完全に元通りにする治療法は確立していません。イモリは切断された腱をわずか3ヶ月(12週間)でその強度、剛性を健常な腱と同じレベルまで回復させることができ、それはマウスと比べてイモリの腱がシンプルな構造であることが鍵であることが分かりました。今後の研究から、プロアスリートのみならず一般人の腱の断裂や損傷を早期に回復させ、競技や日常生活に復帰させる医療技術開発への応用が期待されます。
 本研究成果は、2023年11月6日12時(日本時間)付国際英文雑誌「Journal of Orthopaedic Research」に掲載されます。

研究背景と内容

 これまでヒトを含めた哺乳類では、腱損傷のほとんどは完全には元に戻らないことが知られており、その治癒の改善を目指して多くの研究が国内外で実施されています。一方で、従来からその研究に使用されている実験動物は、ヒトと同じ哺乳類のマウスやウサギなどであり、そもそもそれらの動物の腱の損傷をどのように元通りに治癒再生することができるのか誰も知らない、というジレンマを抱えていました。本研究は、四肢や心臓を再生することが知られる両生類イベリアトゲイモリを、腱再生のお手本にすることを着想し、世界に先駆けてイモリの腱を用いた損傷治癒研究モデルを開発することで、イモリではシンプルなメカニズムにより、切断された腱が完全に再生することを明らかにしました。
 イベリアトゲイモリは世界最大のイモリであり、マウスに匹敵するサイズであることから、マウスの腱の損傷治癒との直接比較を可能にしたことも本研究モデルの特徴です。研究対象をイモリとマウスで共通する腱として、後ろ足の中指の屈筋腱(中趾屈筋腱)注1)と定め、完全に切断する手術を行った6週または12週後に治癒再生腱を回収し、材料試験注2)および組織観察を実施しました(図1)。

図1 本研究の実験モデル。(A)イベリアトゲイモとマウス(いずれも骨格的に成熟した個体)はほとんど同じサイズ。スケールバー=50mm。(B)実験に用いた中趾屈筋腱。上がマウス、下がイモリの腱。スケールバー=1 mm。
 

 その結果、イモリでは術後6週で切断された腱が、腱に類似した新しい組織(再生組織)によって繋がり、術後12週で再生組織は健常腱と同等の強度注2)を示しました(図2)。一方、マウスでは切断後は腱とは異なる治癒組織が切断された腱全体を包むように形成され、術後12週においてもその強度は健常腱と比べて統計的有意に低いままでした。
 

図2 イモリ(左)とマウス(右)の力(応力、Stress)と変形(ひずみ、Strain)の関係。データのグループ名についてはCTLは健常腱、PT6WとPT12Wは部分切断後6週と12週、CT6WとCT12Wは完全切断後6週と12週を示す。イモリの健常腱とマウスの健常腱はほぼ同じ力学特性を有することも分かった。
 

 健常な腱と治癒再生組織の構造をナノメートルスケールで比較すると、マウスでは健常腱と治癒組織は構造が大きく異なりましたが、イモリでは健常腱と再生組織の構造は類似した構造を示しました(図3)。また健常腱同士をイモリとマウスで比較すると、イモリの腱はマウスよりもシンプルな構造を持つことが分かりました。このことから、イモリはシンプルな腱の構造を再現することで切断部に新しい腱を形成する仕組みが明らかになりました。

図3 イモリ(上段)とマウス(下段)の健常腱(左列)と完全切断後12週後の治癒再生組織(右列)のナノメートルスケールの観察画像(透過型電子顕微鏡像)。黒い点々はコラーゲン分子が集合したコラーゲン原線維注3)と呼ばれる微細な線維。イモリの健常腱は直径約45nmの原線維によって構成され、再生腱も同様であった。一方でマウスの健常腱は直径約30nmと150nmの2種類の原線維で構成されるものの、治癒組織は健常腱とは異なり直径約45nmの原線維のみで構成される。つまり、マウスは健常腱とは異なる材料(原線維)を作って治癒組織を作るのに対し、イモリは健常腱と同じ材料(原線維)を作って再生腱を形成していることが分かる。

成果の意義

 これまでイモリなど両生類の組織再生力を対象とした研究は数多く行われてきましたが、その多くは欠損させた指、四肢、心臓など大規模な再生を対象にしてきました。一方で本研究は、ヒトでも起こりうる比較的小規模な組織の損傷再生に焦点を絞ることで、単にイモリと哺乳類(マウス、ヒト)の治癒再生力の違いを明らかにするだけでなく、治癒再生の仕組みの違いも明らかにしました。私たちの研究によって、現状では不完全に終わるヒトの腱の損傷治癒を、完全な機能回復に導くためのメカニズムが明らかになり、スポーツアスリートだけでなく腱、それに類似する構造をもつ靭帯の怪我に悩む多くの人々がより早くより良い形で競技や日常生活に復帰できることにつながることが期待されます。
 学術的には、本研究のイモリの組織再生現象をマウスと直接比較する研究モデルは世界に他になく、腱だけでなく他の組織を対象とする組織再生研究に新しい展開をもたらすものです。

 本研究は、科学研究費補助金(18H03752、20K21887)、小柳財団、伊藤忠兵衛基金、木下記念事業団木下基礎科学研究基金助成事業の支援のもとで行われたものです。

用語説明

注1)屈筋腱(中趾屈筋腱):
足の中指(中趾)を曲げる(屈曲する)筋肉の腱で、腱は筋肉と骨をつなぐ組織。正式名称はイモリではtendon of the flexor digitorum brevis superficialis muscle(浅短趾屈筋腱)、マウスではtendon of the flexor digitorum profundus muscle(深趾屈筋腱)。

注2)強度:
イモリとマウスの腱の強度は、工学分野で一般に用いられる材料試験(引張試験)を実施し、腱試料が破断するまで引っ張ることで腱が耐える最大の応力(荷重を組織の断面積で除した、単位面積あたりに作用する力の呼称。材料の寸法に依存しない値であるため、異なる材料間での比較が可能)として計測した。生体組織は形状や材質などが金属などの一般的な工業材料とは多くの点で異なる。したがって、研究代表者のグループが専門とするバイオメカニクス研究の技術を用いて、生体組織に適した引張試験を実施する必要がある。

注3)コラーゲン原線維:
腱はコラーゲンの階層構造を有していることが知られている。例えると、コラーゲン分子が素麺の束のように集合することで原線維を形成する。次に原線維が集合するとコラーゲン線維(光学顕微鏡で観察可能)を、コラーゲン線維が集合するとコラーゲン線維束(肉眼で観察可能)を、線維束が集合して腱そのものを形成する。

論文情報

  • 雑誌名:Journal of Orthopaedic Research
     
  • 論文タイトル:Biomechanical analysis of tendon regeneration capacity of Iberian ribbed newts following transection injury: Comparison to a mouse model
     
  • 著者:Fumiya Sato, Yu Masuda, Daisuke Suzuki, Toshinori Hayashi, Tomohito Iwasaki, Jeonghyun Kim, Takeo Matsumoto, Eijiro Maeda
    下線部が名古屋大学関係者
     
  • DOI: doi.org/10.1002/jor.25705
【お問い合わせ先】

<研究者連絡先>
 東海国立大学機構 名古屋大学大学院工学研究科
 准教授 前田 英次郎(まえだ えいじろう)
 TEL:052-789-2724   FAX:052-789-2695
 E-mail:e.maeda*nagoya-u.jp

 広島大学両生類研究センター
 教授 林 利憲(はやし としのり)
 TEL:082-424-7328   FAX:082-424-0739
 E-mail:toshih2*hiroshima-u.ac.jp

 北海道千歳リハビリテーション大学 健康科学部
 教授 鈴木 大輔(すずき だいすけ)
 TEL:0123-28-5331   FAX:0123-28-5335
 E-mail:d-suzuki*chitose-reha.ac.jp

 酪農学園大学 食と健康学類
 教授 岩崎 智仁(いわさき ともひと)
 TEL:011-388-4838   FAX:011-388-4838
 E-mail:iwasaki*rakuno.ac.jp

<報道連絡先>
 東海国立大学機構 名古屋大学広報課
 TEL:052-558-9735   FAX:052-788-6272
 E-mail:nu_research*t.mail.nagoya-u.ac.jp

 広島大学広報課
 TEL: 082-424-6762   FAX:082-424-6040
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 北海道千歳リハビリテーション大学入試広報室
 TEL:0123-28-5331   FAX:0123-28-5335
 E-mail:nyuushi*chitose-reha.ac.jp

 酪農学園大学 入試広報課
 TEL: 011-388-4158   FAX:011-388-4157
 E-mail:koho*rakuno.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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