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【研究成果】細胞に生えている一本の「毛」の24時間周期での伸び縮みを発見~夜に負った傷が治りにくいメカニズムの一端か~

本研究成果のポイント

  • 細胞に生えている1本の“毛”である「一次繊毛」の長さが約24時間周期で伸縮することを見出しました。
    一次繊毛が長い時間帯の線維芽細胞*1は一次繊毛が短い時間帯の線維芽細胞に比べ“傷”を閉じようとする細胞の移動が遅いことがわかりました。これは傷を負う時間帯により治癒までにかかる時間が異なる原因の1つであることを示唆します。
    本研究成果は「体内時計」の新たな理解と「時間医療*2」の発展につながると期待されます。

概要

 広島大学大学院 医系科学研究科 解剖学及び発生生物学研究室の中里 亮太助教、池上 浩司教授らのグループは、「一次繊毛」の長さが「時計遺伝子*3」により制御され、24時間周期で伸縮することを発見しました。また、皮膚などに負った“傷”の修復のカギとなる線維芽細胞を用いた実験において、一次繊毛が長い時間帯の線維芽細胞は短い時間帯に比べ“傷”を閉じようとする細胞の移動が遅くなることを明らかにしました。このことから、昼に負った傷と夜に負った傷の治る早さの違いは、線維芽細胞に生えた一次繊毛の24時間周期の伸縮が原因の1つになりうることが示唆されました。本研究成果は、体内時計の乱れにより生じる様々な健康障害の予防・治療法の開発や、体内時計に関する知見を医療へ取り入れた「時間医療」の発展に大きく貢献すると期待されます。
 本研究成果は2023年11月16日(木)午後8時(日本時間)に欧州の科学誌「EMBO Reports」に公表されました。

論文情報

論文名:Circadian oscillation in primary cilium length by clock genes regulate fibroblast cell migration
著者名:Ryota Nakazato1*, Yuki Matsuda2, Faryal Ijaz1, Koji Ikegami1,3*
  1:広島大学大学院医系科学研究科解剖学及び発生生物学研究室
  2:広島大学医学部医学科
  3:JSTさきがけ
  * :責任著者
掲載雑誌名:EMBO Reports
DOI:10.15252/embr.202356870
 

背景

 ヒトの体を構成する細胞には「一次繊毛」と呼ばれる数ミクロンの長さの毛が生えています(参考資料図1)。一次繊毛は細胞の状態や外部環境に応じて形を変え、細胞の働きを正常に保つ機能を持つとされています。また、一次繊毛の形や機能に異常が生じると「繊毛病」と呼ばれる様々な疾患を引き起こします。
 「体内時計」とは睡眠・覚醒、ホルモン分泌などの生命現象が概日リズム(24時間周期のリズム)を形成するために働く生体機構です。概日リズムは「時計遺伝子」と呼ばれるタンパク質の合成と分解が約24時間周期で繰り返されることにより形成されます。近年、様々な生命現象における概日リズムの存在が明らかになっています。例えば、火傷を負った時間帯が夜の場合、昼に火傷を負った場合に比べ治癒までにかかる時間が長いことが報告されています(Sci Transl Med, 2017)。しかしながら、体内時計が様々な生命現象へ概日リズムを与えるメカニズムやその意義については不明な点が多く残っています。

研究成果の内容

 今回研究グループは、培養細胞の実験から時計遺伝子の合成と分解が24時間周期で行われているマウス線維芽細胞では一次繊毛の長さも24時間周期で伸縮することを発見しました(参考資料図2)。また、マウス実験から脳を構成する神経細胞やグリア細胞における一次繊毛の長さは昼に比べ夜の方が長いことがわかりました。
 線維芽細胞が傷ついた部位(創傷部位)へ移動する速度を測定する創傷治癒アッセイ(Wound healing assay)を行ったところ、一次繊毛の長さが最も長い時間帯の傷に面した線維芽細胞では一次繊毛の長さが最も短い時間帯に比べ創傷部位への移動速度が低下することを明らかにしました(参考資料図3)。
 以上の結果から、一次繊毛の長さは体内時計により制御され24時間で伸縮する概日リズムを形成することが明らかになりました。また、創傷治癒のカギとなる線維芽細胞は昼夜で異なる一次繊毛の長さに依存して創傷部位への移動速度が変わることを発見しました。
 

今後の展開

 本研究は「一次繊毛」と「体内時計」という一見無関係と思われる2つの生命機構の新たな関係性を発見しました。また、昼に負った傷と夜に負った傷では治癒までにかかる時間が異なるという現象に、本研究で発見した線維芽細胞における一次繊毛の概日リズムが関与すると考えられます。今後の解析により一次繊毛が創傷治癒だけでなく、睡眠・覚醒、ホルモン分泌、体温変化など概日リズムを示す様々な生命現象においてどのような役割を担うのかが明らかになると期待しています。その結果、不眠症、時差ぼけなど体内時計の乱れを原因とする様々な健康障害の理解や予防・治療法開発、体内時計の研究知見を取り入れた「時間医療」「24時間医学」の発展につながることが期待されます。

参考資料

図1 細胞に生えた一次繊毛(赤色)

図2 時計遺伝子が24時間周期で発現変動する細胞では、一次繊毛の長さも約24時間周期で変化する(オレンジグラフ)

図3 皮膚などの傷を修復する際、線維芽細胞は創傷部位へ集積する必要がある。一次繊毛が長い時間帯の線維芽細胞は一次繊毛が短い時間帯の線維芽細胞に比べ、創傷部位へ移動する速度が遅いことを発見した。

用語説明

*1 線維芽細胞:様々な臓器において組織と組織を繋げる結合組織を構成する細胞。傷が治る過程では創傷部位へ移動しコラーゲンなどを放出することで傷の治癒に働く。

*2 時間医療:体内時計や概日リズムの研究知見を取り入れた医療。類語として「サーカディアン・メディシン」や「24時間医学」などがある。病気には症状が重くなる時間帯や治療薬が効きやすい時間帯が存在する。こうした時間帯の違いを考慮した病気の予防や治療を行う試み。

*3 時計遺伝子:体内時計を生み出す転写因子群。BMAL1、CLOCK、PER、CRYなどがある。時計遺伝子による体内時計の仕組みを発見した3名の米国人科学者らは2017年ノーベル生理学・医学賞受賞。

【お問い合わせ先】

大学院医系科学研究科 解剖学及び発生生物学 中里亮太
Tel:082-257-5113
E-mail:nakazato*hiroshima-u.ac.jp 

大学院医系科学研究科 解剖学及び発生生物学 池上浩司
Tel:082-257-5110
E-mail:k-ikegami*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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