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【研究成果】従来法の限界を超えた、複数光子の量子状態の実現と検証に成功―光量子コンピュータや光量子センシングに貢献―

概要

 電子や光子などの量子は、通常の物体とは異なった振るまいをします。その量子の状態を制御することで、飛躍的な計算能力を実現する量子コンピュータや、盗聴不可能な暗号を実現する量子暗号、さらに、従来の計測技術の限界を超える量子センシングなど、「量子技術」の研究が精力的に進められています。その中でも、光子は、長距離伝送が可能で、また室温でも量子状態が保存されるため、有力な担体です。
 今回、京都大学大学院工学研究科 朴 渠培(パク コベ)博士課程学生、岡本亮 同准教授、竹内繁樹 同教授らの研究グループは、広島大学 Holger F. Hofmann教授と共同で、単一光子源と線形光学素子のみでは実現が不可能な複雑な量子状態(非フォック状態)の存在を理論的に明らかにし、光量子回路を用いて最も本質的な非フォック状態(iNFS)を実現、さらにiNFSに特徴的な性質を用いて生成の検証実験に初めて成功しました。今回実現した方法は、多数の光子による複雑な量子状態の生成と検証方法を提案、実証したものであり、光量子コンピュータや、光量子センシングなどの応用にもブレークスルーをもたらすものです。
 本成果は、2023年12月22日14:00時(現地時間)に米国の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。

図1 実現した、多数の光子による複雑な量子状態の生成と検証方法のイメージ図

背景

 電子や光子などの量子は、通常の物体とは異なった振るまいをします。その量子の個々の振るまいや相関を制御することで、飛躍的な計算能力を実現する量子コンピュータや、盗聴不可能な暗号を実現する量子暗号、さらに、従来の計測技術の限界を超える量子センシングなど、「量子技術」の研究が精力的に進められています。その中でも、光子は、長距離伝送が可能で、また室温でも量子状態が保存されるため、有力な担体です。特に、さまざまな、複数の経路(モード)に複数の光子が存在する量子状態(以下、多光子多モード状態と呼びます。)は、光量子コンピュータや光量子センシング、また光量子暗号の長距離化のためのリソースとして非常に重要です。
 それらの応用には、必要となる多光子多モード状態を実現し、またそのような状態が実現していることを効率的に検証することが必要です。一方、これまでの様々な研究では、半透鏡(ビームスプリッタ)などの「線形光学素子」に、複数の単一光子を入射して量子状態を生成・制御する方法が用いられてきていましたが、このような方法によって、任意の多光子多モード状態を実現しうるのか、などについてはよく分かっていませんでした。

研究手法・成果

 本研究の主な成果は次の3点です。
1.単一光子源と線形光学素子のみで実現できる多光子多モード状態(フォック状態)に対して、単一光子源と線形光学素子のみでは実現が不可能な多光子多モード状態(非フォック状態)の存在を理論的に明らかにしました。さらに、非フォック状態に関しても、フォック状態から比較的容易に実現出来る非フォック状態(NF-AFS)と、生成が困難な本質的な非フォック状態(iNFS)に分類されることを示しました。
2.生成が最も困難であるiNFSの一種を、2つの光子が3つの経路に存在する場合について、独自に開発したフーリエ変換光量子回路を駆使することにより実現しました。
3.iNFSは、含まれる光子のいずれかを検出しても、残りの光子が複数の経路の重ね合わせ状態に存在するという、一見不思議な性質(条件付きコヒーレンス)を示すことを見出しました。またこの性質を利用した効率的な検証方法を発案、実現した状態がiNFSであることを実証しました。

波及効果、今後の予定

 以上の様に、従来法の限界を超えた、複数光子の量子状態の実現と検証に成功しました。このような、任意の多光子多モード状態は、現在開発が精力的にすすめられている光量子コンピュータや、光量子センシングにおける重要なリソースです。本研究成果は、より効率的な光量子コンピュータや光量子シミュレーション、高い感度を持った光量子センシングに繋がると考えられます。将来的に、高度なセキュリティを備えた安全・安心な暮らしや、新規化学物質の開発などへの応用も期待されます。
 今後は、今回実現した方法を用いて、より大規模な多光子多モード状態の実現を目指すと共に、今回実現した光量子回路のオンチップ化にも取り組む予定です。

研究プロジェクトについて

 本研究の一部は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP、JPMXS0118067634)、戦略的創造研究推進事業(CREST)、科学研究費等の支援を受け実施しました。

用語解説

光子:光を構成する素粒子のこと。
単一光子源:光子を1つずつ発生させる装置のこと。
線形光学素子:半透鏡(ビームスプリッタ)や位相板、レンズなど、光の入力強度に対して出力の強度が比例(線形)するような素子のこと。
モード:光(光子)の伝搬経路のこと。
フーリエ変換光量子回路:フーリエ変換とは、xに関する関数f(x)が入力された際に、xに比例する位相項exp(ixa)を掛け合わせながら、足し合わせる(積分する)ことで、aに関する関数F(a) へと変換する操作のことで、関数の周期性を解析する手法などとして、広く利用されており、この分野を開拓したフランスの数学者 J. B. J. Fourier にちなんで名付けられています。本研究におけるフーリエ変換光量子回路は、入力された量子状態(量子重ね合わせ状態)に対して、同様の操作を行う回路です。

研究者のコメント

現在、光子を含めた量子技術の研究開発が進められていますが、その急速な進展に対して、基礎的な概念の理解の深化が追いついていない部分があるように感じます。今後も、量子の本質的な性質の解明を通じて、量子の不思議な性質を利用した科学・技術の芽を育み育てる取り組みを、推進いたします。

論文タイトルと著者

  • タイトル:Realization of photon correlations beyond the linear optics limit
    (線形光学素子の限界を超えた光子相関の実現)
  • 著  者:朴 渠培(京大)、松本一勢(京大)、清原孝行(京大)、Holger F. Hofmann(広大)
    岡本亮(京大)、竹内繁樹(京大)
  • 掲 載 誌:Science Advances   
  • DOI:10.1126/sciadv.adj8146

参考図表

図2 多光子多モード状態の分類。Uは、線形光学素子を用いた変換をあらわす。AとBは単一光子源と線形光学素子によって生成可能な状態であるフォック状態を表す。Cは、フォック状態の一部の経路に光子が存在しないことを検知するだけで、比較的容易に生成可能な非フォック状態(NF-AFS)。Dは、もっとも生成が困難な非フォック状態(iNFS)。実験では、Dの中にあるU’ を、フーリエ変換量子回路で実装した。

図3 2光子3モードのiNFSを生成するための実験装置の模式図。SystemAでは、フーリエ変換光量子回路を通過したあとで、光子が一つだけA’0で検出された場合、SystemBでは、目的とする2光子3モードのiNFSが生成している。

図4 本方法による評価結果。図3において生成した2光子3モード状態にたいして、経路B0において光子が検出された場合に、残りの経路B1とB2を半透鏡で合波し、光子検出を行った結果である。経路B1とB2の間の位相を変化させた際に、高い明瞭度で干渉縞が観測されていることから、経路B0で光子を1つ検出した場合、もう一つの光子は経路B1と経路B2に存在する重ね合わせ状態にある(条件付きコヒーレンス)ことが分かる。同様にB1、B2において光子を検出した場合にも、残り2つの経路について同様の干渉縞が確認されたことから、生成された状態がiNFSであることが検証された。

【お問い合わせ先】

<研究に関するお問い合わせ先> 
 竹内繁樹(たけうちしげき)
 京都大学大学院工学研究科・教授
 TEL:075-383-2286 
 E-mail:takeuchi*kuee.kyoto-u.ac.jp

 HOFMANN HOLGER FRIEDRICH(ホフマン ホルガ フリードリッヒ)
 広島大学大学院先進理工系科学研究科・教授
 TEL:082-424-7652
 E-mail:hofmann*hiroshima-u.ac.jp

<報道に関するお問い合わせ先>
 京都大学 渉外部広報課国際広報室
 TEL:075-753-5729 FAX:075-753-2094
 E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp

 広島大学 広報室
 TEL:082-424-3749
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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