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【研究成果】改良型生物発光システム「Akaluc/AkaLumine」を用いた ショウジョウバエでの高感度、経時的、非侵襲的な 遺伝子発現解析手法の確立

研究成果のポイント

・従来の手法よりも高感度に生体内からの生物発光を検出可能な「Akaluc/AkaLumine」を、幅広い分野の研究で使用されるモデル生物であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)に導入。
・ Akaluc/AkaLumineを用いることで、ショウジョウバエに有害な影響なしに、高いシグナル/ノイズ比で発光を検出できる手法を確立した。
・ショウジョウバエを殺さずに、その個体内における時間に応じて変化する遺伝子発現を解析することが可能になった。

概要

 Akaluc/AkaLumine生物発光システムをショウジョウバエに導入することで、従来の手法よりも高感度に生体内の遺伝子発現を経時的に解析することが可能になりました。これまでのショウジョウバエの研究では、一般的にホタルルシフェラーゼ(Fluc)とその基質であるD-luciferinが用いられていました。しかし、Fluc/D-luciferinには生体内での解析に用いる上でいくつかの欠点が報告されていました。これらの欠点を克服する目的で開発されたAkaluc/AkaLumineをショウジョウバエに導入し、Akaluc/AkaLumineを用いた解析が可能か調査を行いました。その結果、Akaluc/AkaLumineを用いることでショウジョウバエに有害な影響無く、Fluc/D-luciferinよりも高感度に経時的な遺伝子発現解析が可能であることが分かりました。
 本研究は、広島大学大学院統合生命科学研究科の博士課程後期の伊藤聖さん、千原崇裕教授らの研究グループによる成果で、2023年12月15日、「Communications Biology」にオンライン掲載されました。
 

論文情報

論文タイトル 
Akaluc/AkaLumine bioluminescence system enables highly sensitive, non-invasive and temporal monitoring of gene expression in Drosophila

著者 
伊藤聖1, 松田凪紗1, 浮田有美子1, 奥村美紗子1,2, 千原崇裕1,2,*
1:広島大学大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム
2:広島大学大学院統合生命科学研究科 基礎生物学プログラム
*:責任著者

掲載雑誌 Communications Biology
DOI番号 10.1038/s42003-023-05628-x
 

背景

 ホタルは酵素であるルシフェラーゼを用いて基質のルシフェリンを酸化させることで、光を生み出します。この生物発光は基質が十分に存在するとき、酵素の量に依存して発光量が変化するといった特徴があります。この生物発光の特徴を利用して、目的遺伝子の発現に同調してルシフェラーゼを発現するような遺伝子組み換え生物を作製し、発光量の変化から目的遺伝子の発現変化の調査が行われてきました。これらの研究解析には一般的にホタルルシフェラーゼ(Fluc)とD-luciferinの反応や、ウミシイタケルシフェラーゼとCoelenterazineの反応によって生じる発光が用いられてきました。しかし、これらのルシフェラーゼとルシフェリンの反応によって生じる発光は、生物の体に存在する色素によって吸収され、発光量が減少するといった欠点や、ルシフェリンが生体内に均一に分布しないといった課題が知られています。これらの問題点を解決するため、2018年に改良型酵素と基質であるAkalucとAkaLumineを用いた手法が開発され、マウスやマーモセット生体内からの発光検出が飛躍的に向上しました*1
 今回は、マウスと同じくモデル生物であり、遺伝学をはじめとして様々な生物学の研究にも用いられる、キイロショウジョウバエにおけるAkaluc/AkaLumineを用いた解析が可能か調査を行いました。ショウジョウバエの研究においても一般的にFluc/D-luciferinが用いられていますが、このAkaluc/AkaLumineを導入することで、ショウジョウバエでの生物発光を用いた解析をより改善できることが推測されました。今回、Akaluc/AkaLumineをショウジョウバエでも導入するために、様々な条件検討を行いました。
 

研究成果の内容

 ショウジョウバエの生物発光を用いた研究では、一般的にFluc/D-luciferinが用いられてきました。そのため、Fluc/D-luciferinよりも生体内からの発光検出に優れているAkaluc/AkaLumineをショウジョウバエに導入することで、より高感度に解析が可能になると考えられました。そこでショウジョウバエで広く用いられるGAL4/UASシステム*2によりAkalucを発現する系統を作製し、ショウジョウバエでも従来のFluc/D-luciferinよりも高感度な発光検出が可能か調査を行いました。本研究ではAkaluc発現ハエに簡易的およびダメージを与えること無くAkaLumineを投与するために、ハエの餌にAkaLumineを混ぜる経口投与による方法を用いて発光測定を行いました(図1)。まず、経口投与で与えるAkaLumineの適切な濃度やその毒性などについて検討を行なった結果、適切な濃度のAkaLumineを投与することで、ハエに有害な影響なしに高感度にAkaluc/AkaLumineによる赤色の生物発光を検出することが可能になりました。次に、Fluc/D-luciferinを用いたときと、Akaluc/AkaLumineを用いたときの発光量の比較を行いました。その結果、ショウジョウバエでも神経系のような深部組織や少数の細胞からの発光検出において、Akaluc/AkaLumineを用いることで最大で5倍程度の発光の検出が可能になることが分かりました(図2)。さらに、Akaluc/AkaLumineを用いることで、数十個レベルの細胞数の差を発光量の差として検出することができました。次に、このAkaluc/AkaLumineを用いた遺伝子発現解析が可能か調査を行うために、自然免疫*3関連遺伝子の発現に伴ってAkalucを発現する系統および、小胞体ストレス下*4でAkalucタンパク質が安定化されるショウジョウバエ系統をそれぞれ作製しました。これらの系統を用いることで、細菌感染時の免疫活性化やヒートショックによる小胞体ストレス応答の誘導を、経時的かつ同一個体のハエを用いて検出することが可能になりました(図3)。以上の結果から、ショウジョウバエにおいてAkaluc/AkaLumineを用いることで、従来のFluc/D-luciferinよりも高感度かつ経時的に遺伝子発現解析を行えることが明らかになりました。

今後の展開

 ショウジョウバエはモデル生物として優れた生物であり、今日に至るまで様々な研究に用いられています。また、概日リズム*5や自然免疫の研究などノーベル賞を獲得した研究にもショウジョウバエは大きく寄与しています。本研究によってショウジョウバエでAkaluc/AkaLumineシステムを用いることで、神経系のような深部組織や少数の細胞からでも高感度、経時的、そして簡便に自由行動下のハエの遺伝子発現をモニターすることが可能になりました。また、ショウジョウバエは哺乳類と比較してはるかにライフサイクルが短いため、人類に有用な薬を探索する「ドラッグスクリーニング」において有力視されているモデル動物です。このドラッグスクリーニングにも生物発光を用いた経時的な遺伝子発現解析が行われています。Akaluc/AkaLumineシステムをショウジョウバエでのドラッグスクリーニング活用することで、既存の方法では見つけることができなかった人類に有用な化合物の発見が可能になることが期待されます。

参考資料

<引用文献>
*1 Iwano, S. et al. Single-cell bioluminescence imaging of deep tissue in freely moving animals. Science(1979)359, 935–939(2018).
 

用語説明

<用語解説>
*2 GAL4/UASシステム
ショウジョウバエ研究で広く用いられる手法。GAL4が発現する組織・細胞でのみUAS以下の配列が発現する。これによって、特定の組織や細胞種のみに目的の遺伝子を発現させることが可能。

*3 自然免疫
生物に生まれつき備わっている免疫機能。受容体等を介して体内に侵入した病原体を認識し、素早く免疫応答を引き起こす。すべての多細胞生物に備わった機能であり、ヒトとハエも類似した免疫機構となっている。

*4 小胞体ストレス
様々な環境要因による細胞内での異常なタンパク質の蓄積によって生じるストレス。このストレスが感知されるといくつかのシグナル経路が誘導され、細胞内の異常タンパク質を減少させる応答が生じる。

*5 概日リズム
約1日周期で変動する体内のリズムであり、睡眠やホルモン分泌など様々な生理現象に関わる。概日リズムの制御は複数の遺伝子によるフィードバック制御によって行われており、これらの遺伝子機能解析にショウジョウバエの研究が寄与している。
 

図1: AkaLumine経口投与による発光測定方法
プレートの各ウェルにAkaluc発現ハエとAkaLumineを含む餌を加えて、発光測定器でハエから放出される発光量を測定する。この方法では、ウェル内で自由に行動する同一個体のハエを用いた解析が可能である。また、ウェル内にAkaLumineを含む餌を加えているため、経時的な発光測定を長時間にわたって行うことも可能である。
 

図2: Akaluc/AkaLumineとFluc/D-luciferinの発光量比較
神経系でFlucを発現する系統にD-luciferinを投与した結果(左図)と、神経系でAkalucを発現する系統にAkaLumineを投与した結果(右図)。Fluc/D-luciferinを用いたときにはほとんど神経からの発光が検出できていないのに対して、Akaluc/AkaLumineを用いたときには主要な神経系の組織である脳や胸部神経節が存在する頭部や胸部からの発光を検出することが可能であった(赤枠内)。
 

図3: Akaluc/AkaLumineを用いた細菌感染による自然免疫関連遺伝子発現変化の経時的測定
自然免疫関連遺伝子依存的にAkalucを発現するハエに、細菌をつけた針を突き刺して細菌を感染させ、Akaluc/AkaLuminによる発光レベル変化を経時的に測定した。細菌を感染させたグループでは顕著に発光量の増加が観察され、経時的な遺伝子発現解析にAkaluc/AkaLumineが有用であることが確認された。

 

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム 千原 崇裕
Tel:082-424-7443
E-mail:tchihara*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください)


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