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【研究成果】線虫を食べる線虫はその口をどう進化させてきたのか?その謎を解く遺伝子を発見しました

研究成果のポイント

・ 線虫(※1)を食べる線虫において、捕食するために必要な「歯」の進化に重要なタンパク質分解酵素アスタシン(※2)を発見しました
・線虫を食べる線虫では、アスタシンが口の近くで機能し、「歯」の微細構造の形成に重要な役割を持つように進化したことがわかりました
・多様な食性を示す線虫の進化を理解することで、寄生性線虫による身近な動植物への被害を軽減する研究に貢献する可能性があります
 

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の奥村美紗子准教授らの研究グループは、明治大学との共同研究により「線虫を食べる線虫」として知られるPristionchus pacificus(プリスティオンクス・パシフィクス:P. pacificus)の捕食性の進化に、タンパク質分解酵素が重要な役割を果たしたことを明らかにしました。
 動物がどのようにして様々な食べ物を食べるように進化してきたのかという問いは、古くから多くの生物学者の関心を集めてきました。体長1ミリ程度の小さな動物である線虫P. pacificusは、進化の過程で、他の線虫を食べる「捕食性」を獲得し、その過程で「歯」のような突起構造を進化させてきましたが、その仕組みについてはほとんどわかっていませんでした。当該研究チームは、この「捕食者の歯」を獲得する過程で、タンパク質分解酵素であるアスタシンが重要な役割を果たしたことを発見しました。アスタシンを失ったP. pacificusでは、歯を正しく形作ることができなくなり、捕食が全くできなくなってしまうことがわかりました。さらに、アスタシンが進化の過程で歯の近くの細胞で機能するようになることがP. pacificusの捕食性の獲得に重要であることを、様々な遺伝子操作によって示しました。この研究は、動物が新しい餌を食べるようになる進化の仕組みの一端を実験的証拠と共に示したもので、画期的な成果であると言えます。
 本研究成果は、進化生物学の権威ある国際学術雑誌Molecular Biology and Evolutionのオンライン版に2023年12月18日付で公開されました。
 

論文情報

論文タイトル 
Co-option of an astacin metalloprotease is associated with an evolutionarily novel feeding morphology in a predatory nematode

著者 
井下 結葵1、小野寺揚羽1、浴野 泰甫2、千原 崇裕1,3、奥村美紗子1,3,*
1:広島大学大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム
2:明治大学農学部農学科
3:広島大学大学院統合生命科学研究科 基礎生物学プログラム
*:責任著者


掲載雑誌 Molecular Biology and Evolution
DOI番号 10.1093/molbev/msad266
 

背景

  地球上に生息する動物は、肉食、草食、雑食など、様々な食性を示します。動物が新たな食性を獲得するには、その食料源に合った口の形を持つことが非常に重要です。例えば、ライオンなどの肉食動物は鋭い牙を持つことで、獲物を捕食することができます。食料源に適応した口の形がどのようにして進化してきたかという謎は、ダーウィンが進化の概念を発表してから多くの人を魅了してきました。
 普段あまり目にしない小さな動物である線虫も、様々なものを食料源としています。線虫は地球上のあらゆるところに生息しており、微生物を食べるものや動植物に寄生するものなど数万種以上が存在すると言われています。当該研究チームは、他の線虫に噛み付いて食べる線虫P. pacificusが、どのようにして他の線虫を食べるよう進化してきたのかに注目しました。
 P. pacificusは、環太平洋地域などの世界中の温暖な地域に生息する、体長1mm程度の小さな線虫です(図1)。野生下ではコガネムシ科の昆虫に乗って移動することが知られていますが、昆虫に乗ることは必須ではなく、実験室内では大腸菌を餌として簡単に飼育することができます。通常、P. pacificusは細菌類や菌類を食べますが、興味深いことに他の線虫を捕食することも知られています。P. pacificusは、線虫を食べない線虫から進化したと考えられており、捕食性を獲得する過程で他の線虫に噛みつくための動く「歯」を獲得してきました(図2)。しかし、機能的な歯がどのようにして獲得され、P. pacificusが捕食性を獲得したのかについてはほとんど知られていませんでした。
 

研究成果の内容

 当該研究チームは、P. pacificusの捕食に関わる遺伝子を同定するため、独自に開発した実験方法を用いて順遺伝学的スクリーニング(※3)を行いました。5000系統を超える変異体の中から5系統の「他の線虫を捕食できない」系統を見つけ出しました。うち1系統はタンパク質分解酵素アスタシンの一つをコードするnas-6遺伝子に変異を持っていることを明らかにしました。ゲノム編集技術を用いて作出したnas-6の機能を完全に破壊した線虫は、他の線虫を捕食できなくなることがわかりました。さらに電子顕微鏡などを用いて線虫の口の形を詳しく調べると、「歯」の微細な構造に欠陥があることを見出しました(図3)。次にP. pacificusと非捕食性のモデル線虫C. elegansnas-6遺伝子を比較しました。その結果、nas-6遺伝子からできるNAS-6タンパク質の分子機能に違いはないものの、P. pacificusだけでNAS-6タンパク質が働く場所が歯の近くの細胞に変化していることがわかりました(図4)。
 動物の食性の多様性がどのようにして生まれてきたのかについて実験的に明らかにした例は少なく、本研究成果は線虫を用いてその謎の一端を明らかにしたという意味で画期的なものと言えます。
 

今後の展開

 今後の研究で、P. pacificusがどのように餌となる線虫を見つけ、捕食し、食べるようになったかを明らかにすることで、線虫における新たな食性獲得の仕組みの全容に迫ることができると考えています。様々な動物がどのように食べ物にあった口の形や、消化器官、感覚系などの神経回路を進化させてきたのか、生物の多様な「食」を理解する手がかりが得られると考えています。さらに、線虫には動植物に寄生しヒトや農作物に害を与えるものもいます。寄生性線虫の「寄生的食性」の獲得にも本研究と類似の仕組みが関わっている可能性もあり、線虫による動植物の被害を軽減する研究に貢献する可能性もあると考えています。

参考資料

(※1)線虫:線形動物門に属する動物。モデル生物のC. elegansなどの他、動物寄生性のフィラリアやアニサキス、農業害虫のシストセンチュウやネコブセンチュウの仲間などが属している。
(※2)アスタシン:タンパク質分解酵素の一群。ほとんどの動物が持っており、動物の形づくりや食物の消化に関わるものがあることが知られている。NAS-6はその一つで、線虫だけが持っている。なお、エビやカニの赤い色の成分の一つであるアスタシンとは別物である。
(※3)順遺伝学的スクリーニング:化学物質や放射線などを用いてゲノムDNA上にランダムに変異を入れ、興味がある表現型を示す個体を単離し、その表現型を示す原因となった遺伝子の変化を調べるという手法。遺伝子の機能を調べる際によく用いられる。
 

図1 P. pacificus雌雄同体成虫の顕微鏡写真(撮影:甲斐千夏氏)

図2 P. pacificusの食性と口の構造
 P. pacificusは他の線虫を食べる「捕食性」を示し(A)、他の線虫を噛むための歯を持っている(B,E)。一方、近縁の線虫C. elegansはバクテリアを食べ(C)、P. pacificusのような歯は見られない(D)。P. pacificusC. elegansのようなバクテリア食性の線虫から進化してきたと考えられている。
 

図3 nas-6変異体は歯の微細構造に欠陥を示す
 野生型とnas-6が機能していない変異体の口の透過型電子顕微鏡写真。上のパネルの点線で囲まれた部分を下の図で示している。nas-6変異体の「歯」の周辺は、野生型と比較して黒いしみが見られる(矢尻)、表面や構造の境目が波状になっている(点線部分)など、微細な構造異常が見られた。
 

図4 nas-6が歯の近くの細胞で機能することが捕食性の進化に重要である
 nas-6がどのように進化し、捕食性の獲得に関わったかを示す仮説。P. pacificusでは、nas-6が歯の近くの細胞ではたらくように進化してきた。これによって、歯の形づくりを正しく行えるようになり、捕食性の獲得に貢献したと考えられる。
 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院統合生命科学研究科 生命医科学プログラム
准教授 奥村美紗子
Tel:082-424-7633  
E-mail:okumuram*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください)


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