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【研究成果】ニワトリ胚性幹(ES)細胞の維持に重要な細胞内伝達因子を特定

本研究成果のポイント

  • ゲノム編集や遺伝子改変に利用可能なニワトリES細胞(※1)の培養に重要な細胞内情報伝達物質を特定しました。
  • なんとマウスのES細胞で必要だったWnt/β-カテニンシグナル伝達(※2)の活性化は、ニワトリでは逆効果でした。
  • マウスES細胞とニワトリES細胞のこの違いは興味深く、Wnt/β-カテニンによる細胞内情報伝達系といわれるタンパク質のネットワーク(シグナル伝達)がニワトリES細胞でも重要な役割を果たしていることが明らかになりました。
  • これまでニワトリでのゲノム編集は、卵子や精子などのもとになる始原生殖細胞でのみで行われてきましたが、新たにES細胞(あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)を持つ)が利用できる可能性が高まり、ニワトリにおけるゲノム編集を用いた品種改良に貢献できると思われます。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の堀内浩幸教授らの研究グループでは、Wnt/β-カテニンシグナル伝達の活性化が、ニワトリ胚性幹細胞(ニワトリES細胞)の分化を促進し、逆にシグナル伝達の阻害が、chESCの多能性維持に重要であることを明らかにしました。マウス胚性幹細胞(マウスES細胞)では、Wnt/β-カテニンシグナル伝達の活性化が、ES細胞の性質を維持したまま増殖させることをサポートします。ニワトリES細胞に対する Wnt /β-カテニンシグナル伝達の活性化または阻害の影響は、ほとんど解析されていなかったため、私たちはこれらの影響を調べました。Wnt /β-カテニンシグナル伝達を活性化する CHIR99021を ニワトリES細胞の培養系に添加すると、コロニーの形状が平坦になり、多能性関連遺伝子(※3)、生殖系列関連遺伝子の発現レベルが低下しました。さらにニワトリES細胞の増殖能は低下し、最終的に増殖が停止しました。対照的に、Wnt/β-カテニンシグナル伝達を阻害するXAV939を培養物に添加すると、多能性関連および生殖系列遺伝子が安定した発現を示し、高密度でコンパクトなコロニー(形態学的にはマウスES細胞コロニーに類似)が形成されました。XAV939 の添加により、培養の初期段階でニワトリES細胞 の増殖が安定化し、その樹立が促進されました。さらに、これらのニワトリES細胞は、初期胚へ移植することにより体細胞へ分化することが確認されました。結論として、機能的なニワトリES細胞は、Wnt/β-カテニンシグナル伝達阻害剤を使用して安定に培養することができることが示されました。これらの発見は、鳥類幹細胞における Wnt/β-カテニンシグナル伝達の重要性を示唆しており、ニワトリES細胞を使用した応用研究に貴重な洞察を提供します。
 なお、本研究成果は2023年12月7日にElsevier社が発刊する専門誌で、家禽研究領域でトップである「Poultry Science」に電子版として公開されました。
 

発表論文

論文タイトル
Wnt signaling blockade is essential for maintaining the pluripotency of chicken embryonic stem cells
著者
Ryota Kajihara1 , Ryo Ezaki1, Kennosuke Ichikawa3, Tenkai Watanabe1, Takumi Terada1, Mei Matsuzaki1, Hiroyuki Horiuchi1,2,*
1:広島大学大学院統合生命科学研究科
2:広島大学ゲノム編集イノベーションセンター
3:エジュンバラ大学ロスリン研究所
*:責任著者
掲載誌
Poultry Science
DOI 番号
https://doi.org/10.1016/j.psj.2023.103361
 

背景

 安定して培養できる幹細胞は、遺伝子改変動物の作出において重要なツールになります。これまでに、ニワトリのゲノム編集や遺伝子改変への利用を目的にニワトリES細胞に関する研究が行われてきました。しかしながら、これまでの培養系においてニワトリES細胞は、培養初期に不安定性がみられ、ニワトリES細胞を利用した研究の妨げになっていました。そこで私たちは、哺乳類のES細胞で重要なシグナル経路に着目しました。
 ES細胞は外部からのシグナルを受け取ることで、未分化性と多分化能を維持します。ES細胞を試験管内で培養する上で、このシグナルを適切に管理することが重要です。マウスにおいては、Wnt/β-カテニンシグナルの活性化により、マウスES細胞の未分化性が維持されます。一方、ニワトリES細胞においてWnt/β-カテニンシグナルの機能は明らかになっていませんでした。本研究では、ニワトリES細胞においてもWnt/β-カテニンシグナルの調節が、ニワトリES細胞の安定培養に必要であると考え、解析を行いました。

研究成果の内容

 Wnt/β-カテニンシグナルの活性化剤と阻害剤を培養系に添加し、ニワトリES細胞の性状を調べました。その結果、Wnt/β-カテニンシグナルを活性化すると、細胞形態が平らな形態へと変化し、多能性に関与する遺伝子発現の低下が見られました(図1)。この条件で培養されたニワトリES細胞は、キメラ形性能(※4)を示しませんでした(図2)。一方、Wnt/β-カテニンシグナルを阻害すると、細胞はコンパクトな形態へと変化し、多能性関連遺伝子の安定した発現が見られました。さらに、この条件で培養されたニワトリES細胞は、培養初期に安定的に増殖し、キメラ形性能を示しました。Wnt/β-カテニンシグナルの調節機構は、ニワトリと哺乳類ES細胞間で明確に異なっており、ニワトリES細胞の極めて興味深い特徴であることがわかりました。

今後の展開

 今後は、最適化された培養系で培養されたニワトリES細胞の分化能をより詳細に評価する予定です。また、本研究で得られた知見は、ニワトリ以外の鳥類種でも共通する可能性があり、鳥類幹細胞研究のさらなる発展が期待されます。

図1.Wnt/β-カテニンシグナル活性化・阻害条件におけるニワトリES細胞の形態の違いと、アルカリフォスファターゼ (AP)活性(※5)。
図2.ニワトリES細胞のキメラ形性能評価。Wnt/β-カテニンシグナル阻害条件下で、ニワトリES細胞はキメラ形性能を示した。

研究プロジェクトについて

 本研究はJST科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 JPMJFS2129とJST-COI Grant Number JPMJPF 2010の支援を受けたものです。

用語説明

※1 ES細胞:発生初期の胚から、将来体を形作る細胞を取り出して培養された細胞。さまざまな細胞へと変化できる多能性と、分裂を繰り返すことができる自己複製能を持つ。ニワトリES細胞は、排卵直後の受精卵から樹立することができる。
※2 Wnt/β-カテニンシグナル:ショウジョウバエからヒトに至るまで、幅広く保存されるシグナル経路。生物の発生に密接に関与する。マウスES細胞の多能性維持にはWnt/β-カテニンシグナルの活性化が必要である。
※3 多能性関連遺伝子:ES細胞の多能性維持に関与する遺伝子。それらの遺伝子の発現レベルを調べることで、細胞の状態を調べることができる。 
※4 キメラ形性能:多能性幹細胞がもつ特徴の1つ。移植先の胚体の一部に分化することができる能力。 
※5 アルカリフォスファターゼ(AP) : 未分化の幹細胞で活性が高く、未分化性の指標として利用される。

【お問い合わせ先】

 大学院統合生命科学研究科 堀内 浩幸
 Tel:082-424-7970 FAX:082-424-7970
 E-mail:hhori10*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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