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  • 【研究成果】トンボの翅の断面にある凹凸は空気の流れを制御し、瞬間揚力を最大約10%も増やせる〜昆虫型ドローンへの応用に期待〜

【研究成果】トンボの翅の断面にある凹凸は空気の流れを制御し、瞬間揚力を最大約10%も増やせる〜昆虫型ドローンへの応用に期待〜

本研究成果のポイント

  • トンボ翼(翅)に代表される、断面に凹凸のある翼(コルゲート翼)の周りの空気の流れを解析した結果、瞬間揚力が最大約10%上昇することを解明
  • 飛行機の翼のような流線型翼とは異なる、凹凸構造に起因する多様な渦運動が揚力を増すことに役立っていることが判明
  • 今後、昆虫型の小型ドローン開発に役立つことが期待

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の藤田雄介さん(D3)と、飯間信教授の研究グループは、トンボ翼(翅)に代表される、断面に凹凸のある翼(コルゲート翼)[コルゲート(corrugate);しわをよせるという意味の英語]が非定常運動する際の空気の流れを解析し、凹凸構造とそれに伴う特徴的な渦の運動が、凹凸のない翼に比べて揚力を増す鍵となることを初めて明らかにしました。この研究成果は昆虫飛翔の解明に役立つのみならず、航空工学の進展、昆虫型の小型ドローン開発への応用が期待されます。
 本研究は本研究の成果は2023年12月7日に「Physical Review Fluids」に掲載されました。科学研究費(19K03671, 21H05303, 22KJ2316)およびセコム科学技術振興財団より支援をうけて行われたものです。
 

論文情報

  • 論文誌:Physical Review Fluids
  • 論文タイトル:Dynamic lift enhancement mechanism of dragonfly wing model by vortex-corrugation interaction (渦とコルゲート構造の相互作用によるトンボ翼モデルの動的揚力増大機構)
  • 著者:*Yusuke Fujita (藤田雄介) and Makoto Iima (飯間信)
    *筆頭著者
    DOI:10.1103/PhysRevFluids.8.123101
  • 公開ページ:https://journals.aps.org/prfluids/abstract/10.1103/PhysRevFluids.8.123101

背景

 トンボや蝶などは翅をはばたかせて自由自在に飛びますが(図1左)、その際の空気の流れの性質は飛行機の翼の周りの流れとは以下の2点で異なります。一つは非定常な運動であるはばたき運動に伴う流れである点、もう一つはトンボなどが飛行機よりとても小さいことにより、流れの性質がそもそも異なる(レイノルズ数(※1)が小さい)点です。飛行機の翼理論は、翼の周りの流れが時間的にかわらない(定常)ことが前提とされているので、昆虫の飛翔は飛行機の翼理論だけでは説明ができず、およそ30年頃前から、はばたき運動に伴う複雑な空気の流れと揚力生成の関係が活発に研究されてきました。
 トンボなど多くの昆虫の翅は翅脈(しみゃく)と呼ばれる骨組みが構造を作り、その間を翅膜(しまく)と呼ばれる透明な膜が覆っています(図1右)。断面はでこぼことしており、飛行機の翼のような流線型とは全く異なります。こうした凹凸のある翼をコルゲート翼と呼びます。コルゲート翼の凹凸が揚力(※2)の増大に関係することを示唆する研究はこれまでにもありましたが、揚力が増大するための凹凸の条件や、その際どういった空気の流れが重要なのかという点については未解明でした。
 

研究成果の内容

 コルゲート翼の凹凸構造と、それによる空気の流れや揚力増大との関係を正確に知るため、コンピューターで流れをシミュレーションしました。はばたき運動の代わりに、翼が静止状態から、羽ばたかずに前に進む並進運動(へいしんうんどう)(※3)を開始してしばらくの間というシンプルな非定常運動を考え、空間を2次元に限定しました(図1右)。このようにして翼の運動による流れの影響を際立たせた上で、コルゲート翼と平板翼を比較しました。そして、コルゲート翼の揚力が平板翼より大きくなった場合、コルゲート翼の凹凸に起因する流れの違いについて調べました。

 その結果、特徴的な渦運動と揚力増大の関係が明らかになりました。昆虫飛翔では飛翔の際の迎角(げいかく)(※4)が大きく、この場合に翼の先端から発生する渦(前縁剥離渦(ぜんえんはくりうず))が重要とされています。平板翼の場合は、さらに前縁剥離渦が生み出す2次的な渦(λ渦(らむだうず))が発生します(図2右; 渦の形がギリシャ文字のλ(ラムダ)の文字の形に似ていることから名付けられた)。λ渦は前縁剥離渦と動的に干渉することで揚力生成に影響を与えます。一方、コルゲート翼の場合、λ渦は前縁近くの凹凸構造により崩壊して前縁剥離渦と干渉しなくなる場合があることを発見しました。詳細な解析により、λ渦と前縁剥離渦の干渉は揚力生成を妨げていることが判明し、λ渦が崩壊することが揚力増大をもたらしていることを明らかとしました。この機構により、揚力が瞬間で最大10%(解析時間の平均で5%)程度上昇することが明らかとなりました。揚力が10%上昇した場合、10%重い体重まで支えることができます。
 

図1 トンボとコルゲート翼
(左) トンボの飛翔。広島大学構内で撮影。研究に用いた種類とは異なる。
(右) トンボ翅のイラスト。断面は、翅脈や翅膜による凹凸構造をもつ。右下は計算に用いたコルゲート翼。右下以外はフリー写真サイトphotoACの写真を元にイラストにしたもので、研究に用いた種類とは異なる。
 

図2 平板翼周りの空気の流れ
(左) 平板翼が左に並進運動をはじめて少し時間がたった時の流れ。現実の3次元空間では、翼が紙面に垂直な方向に伸び、その方向の流れの変化はない場合に相当する。迎角は35度。流れは流線(りゅうせん)(空気の流れをつないだ曲線)と渦度(うずど)(※5)と呼ばれる量の分布で表示されている。
(右) その後、揚力が最大となった時の流れ。青の領域は時計回りの、赤の領域は反時計回りの流れを表す。翼の上に見える赤い”λ”字の領域がλ渦。
 

図3 コルゲート翼周りの空気の流れ
(左) コルゲート翼が左に並進運動をはじめて少し時間がたった時の流れ(図2左と同じ時刻)。流れ(渦)の様子は全く異なる。λ渦が凹凸構造により崩壊している。
(右) その後、揚力が最大となったときの流れ。 λ渦の崩壊により、渦が複数に分かれ、翼の近くに来ている。このとき翼上面の圧力が下がり、揚力が平板翼より大きくなる。
 

今後の展開

 トンボなどの昆虫飛翔に関係する翼の揚力には翼の構造に基づく流れの性質が重要で、翼の構造で流れを制御できる可能性があることがわかりました。本研究の成果は、翼の構造と揚力生成の関係の一つを明らかにしたものであり、今後昆虫飛翔のメカニズムにおける、翼の構造の影響の解明に役立つ可能性があります。また、昆虫型小型ドローンなどの翼の設計に役立てられる可能性があります。
 学術的な観点からは、翼の構造に起因する流れの変化が揚力生成に及ぼす影響をさらに追求することで、航空工学あるいはその基礎となる流体力学の発展に貢献できると考えられます。
 

用語説明

※1 レイノルズ数:
流れの性質を表す量の一つで、流れの慣性の強さと粘性の強さの比で表され、値が大きいほど慣性の強さの影響が大きい。一般的な航空機の場合は1,000,000あるいはそれ以上となるが、トンボの場合は数千程度である。レイノルズ数が大きいほど粘性の影響が小さくなり、流れが不安定となる。トンボの場合は渦構造がしばらく保たれる程度の大きさである。

※2 揚力:
翼に働く力のうち、翼に当たる流れに垂直な方向の成分を表す。飛行機が飛ぶときに自重に打ち勝つための力となる。

※3 並進運動(へいしんうんどう):
ここでは、翼の配置を変えずに、同じ速さで水平に運動することを指す。翼が左に並進運動する場合、翼を固定した視点からみると、物理的には左から風がながれているのと同じ状況となる。本研究ではこちらの状況をシミュレーションしている。

※4 迎角(げいかく):
翼と流れの間の角度のこと。流れと翼が平行の場合の迎角は0度、流れと翼が垂直になる場合の迎角は90度となる。

※5 渦度(うずど):
回転的な流れなど、流れの空間変動の度合いを表す量の一つ。流速場に回転(rotation)と呼ばれる演算を施すことで計算される。本資料ではわかりやすくするため、渦度が同じ符号の領域を「渦」と呼んでいる。
 

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 生命流体数理研究室 藤田雄介(D3)、飯間信(教授)
Tel:082-424-6482
E-mail:iima*hiroshima-u.ac.jp
 

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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