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【研究成果】半世紀間森を見続けて、ようやくわかったコジイの生きざま

研究成果のポイント

  • 森林を半世紀間観察し続けることで、コジイ(※)の生きざまに迫りました。
  • コジイの一生が、台風の襲来という偶然性の高い出来事に翻弄されていることを見つけました。コジイにとって台風は、風倒のリスクであり、成長のチャンスであり、次世代の更新の契機だったのです。
  • 台風の襲来は偶然かもしれませんが、チャンスをものにできるかは、台風前の木の大きさが重要でした。

    (※)コジイ(子椎)の別名は、ツブラジイ(円ら椎)です。果実として、ドングリの実をつけます(写真1)。別名の由来には、実に円みを帯びているためとの説もあります。ブナ科で照葉樹林を代表する常緑広葉樹であり、直径1m以上に成長します(写真2)。

概要

 ヒトの目からは、森の時間はゆったりと流れているように見えます。同じ森に2日続けて訪れたとしても、昨日の森と今日の森の違いに気づくことは、きっとないでしょう。しかし、同じ森をずっと長く観察したらどうでしょうか?今日の森は、1年前のそれとは、10年前のそれとは、50年前のそれとは大きく異なっているはずです。長く見続けてはじめて、森で起こる変化に気が付くことができるのです。私たち研究チームは、一つの森を半世紀もの間、観察し続けました。
 そして、台風の襲来という偶然性の高い出来事が、コジイにとって重要であることを明らかにしました。台風は、風倒・枯死のリスクであり、成長のチャンスであり、次世代の更新の契機だったのです。
 本研究結果は、台風の襲来に翻弄されるコジイの一生を明らかにしました。台風襲来前の25年と台風襲来後の24年間の約半世紀間、森林を辛抱強く観察したからこそ達成できた成果です。

 本研究成果は、「Ecosphere」に令和6年5月9日付でオンライン掲載されました。
 

論文情報

論文タイトル
Grow or die: A 49-year growth history of a Japanese warm-temperate tree species. 
掲載雑誌
Ecosphere
DOI番号
http://dx.doi.org/10.1002/ecs2.4839
著者
山田俊弘 広島大学
相場慎一郎 北海道大学
大窪久美子 信州大学
鈴木英治 鹿児島大学
前中久行 緑の地球ネットワーク
永野正弘
中島佳徳 中島樹木クリニック
永野 徹 神村学園高等部
石原正恵 京都大学
安松弘毅 京都大学
澤田佳美 森林総合研究所
川島和義 緑の地球ネットワーク
高見邦雄 緑の地球ネットワーク
※筆頭著者
 

背景

 生物学では伝統的に、観察することが重要視されてきました。しかし、あたりまえですが、50年の森の挙動を観察するには、50年の歳月を要します。私たちは、直接観察を辛抱強く約50年間続け、寿命の長い樹木の生きざまを明らかにすることに成功しました。これだけ長く森林を観察した研究は、本研究以外世界でもほとんどありません。
 本研究では、熊本県水俣市の照葉樹林を1966年から2015年までの49年間観察し、この森の最優占種であるコジイ194本の、49年間の成長と生残を調べました。1991年第19号台風(通称リンゴ台風)#1の強風にあおられ、多くの個体が枯死しました#2。一方、台風を生き延びた個体は、台風でなぎ倒された個体が占有していた空間を奪うことができたので、台風後に急速な成長をみせました。また、台風後に、多くの個体が芽生えました。これは、台風前には観察されなかったことです。つまり、台風はコジイにとって、成長のチャンスであり、次世代の更新の契機だったのです。

#1 リンゴ台風以外で、この森に大きなインパクトを与えた台風はありませんでした。
#2 風倒による枯死が多数観察されましたが、土砂くずなどは発生しませんでした。
 

研究成果の内容

 台風の襲来は偶然かもしれませんが、チャンスをものにできるかは、台風前の木の大きさが重要でした。台風前にすでに林冠(森林最上部の葉群層)に達しているか、もう少しで達するくらいまで育っていた個体だけが、台風後の急速な成長を実現できていたのです。大きく育った林冠木(林冠を形成する木)を成長のトップランナーだとすると、それに食らいつき、台風前に成長のトップ集団を形成できていた個体だけに、台風後のチャンスが回ったと理解できます。
 地球温暖化に伴い、日本では、台風の再来間隔が短くなり、台風の大きさが大きくなることが予想されています。私たちの研究は、地球温暖化が、コジイや、ひいては森林生態系に大きな影響をもたらすだろうことを示唆しています。台風と関連した気候変動を考えるうえでも、私たちの研究成果は重要です。
 

今後の展開

 もちろん、次の50年に向けて、観察の歩みを続けていきます。長期観察は、一人の研究者だけで完結できません。研究のバトンを、世代を超えて繋げることで、やっと達成することができます。研究のバトンを切らさぬよう注意しながら、世代を超えて研究を続けます。
この森には、コジイ以外にも数十種の樹木種が生育しています。コジイで得られた知見が、他の種にも当てはまるのかについても気になるところです。私たちは、この点についても研究を進めています。
 

参考資料

写真1 ツブラジイ(=コジイ)の堅果と殻斗(広島県産)「広島大学デジタルミュージアムより
(https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~main/index.php/%E3%83%84%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%A4)」

写真2 調査地に生えるコジイ コジイはドングリを生らす木の仲間です。大きく育ち、京都府の迎接寺跡に生えるシイは、幹直径が255cmに達しています。日本の西南部の照葉樹林で普通に見られます。

写真3 リンゴ台風に倒されたコジイ。前中久行 提供。

図 コジイ194本の成長の軌跡。一本の線が一個体の成長を示す。コジイは3つの大きさに分類した。高木層は、高さ約20mの林冠に達した木からなる。この層の個体を、直径25cm以上の木と定義した。亜高木層は、高木層のすぐ下に位置する。この層の個体を、直径10cmから25cmの木と定義した。低木層は、直径10cm以下の木と定義した。

調査は1966年に開始した。この森は、1991年に台風のかく乱を受けた。すべての低木層のコジイは、台風襲来前に枯死した。同じ時期、高木層の個体は、ほとんど枯れなかった。
台風が事態を一変させた。台風の強風をもろに受けた高木層では、ほとんどのコジイが枯死した。一方、亜高木層のコジイも安全ではなかった。風で倒れた高木層の下敷きになり、多くの亜高木層のコジイも枯死した。
台風を生き延びた亜高木層のコジイは、急速な成長を開始した。
2015年の高木層のコジイ全18本に注目すると、そのうち16本が1966年時点では亜高木だった。一方で、1966年から2015年まで生きながらえた高木層のコジイは、32本中わずか2本だった。
台風のかく乱後、10年くらいたつと、新しいコジイ個体が現れ始めた、これは、台風かく乱前には観察できなかったことだ。台風が、更新(世代交代)の契機とであることも分かる。
 

【お問い合わせ先】

大学院統合生命科学研究科 生命環境総合科学プログラム
教授 山田 俊弘
Tel:082-424-6508 FAX:082-424-0758
E-mail:yamada07*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください)


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