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【研究成果】骨格筋のリン脂質組成の変化が運動機能に与える影響を明らかに~骨格筋リポクオリティと収縮力との関係~

本研究成果のポイント

  • 身体を動かすために重要な骨格筋※1を構成するリン脂質※2内のDHA※3量が減ることで収縮力が低下することを明らかにした。 
  • 骨格筋でのリン脂質内のDHA量を増加させ、リン脂質の組成を調節するリン脂質代謝酵素※4を発見した。
  • 食生活での魚油に多く含まれるDHAを摂取することで、筋力低下を防ぎ、アンチエイジングなどへの良い効果が期待される。

概要

 広島大学大学院統合生命科学研究科の矢中規之教授の研究グループは、広島大学大学院人間社会科学研究科 和田正信教授、および群馬大学、静岡県立大学、熊本大学等との共同研究によって、リン脂質代謝酵素※4であるGpcpd1(別名GDE5)※5骨格筋※1で特異的に欠損させた遺伝子組換えマウスを作製し、リン脂質の主要な構成成分であるホスファチジルコリン(PC)※2内のドコサヘキサエン酸(DHA)※3量が低下し、骨格筋の収縮力が低下していることを明らかにしました。骨格筋の収縮力は運動能力に直結する重要な筋力になります。従来から骨格筋でのPCの脂肪酸組成の違いは、骨格筋リポクオリティ※6として注目され、骨格筋の萎縮※7時や運動することによってPCの脂肪酸組成が大きく変化することが知られていました。
本研究成果はPCの脂肪酸組成の変化のメカニズムに関与する重要な酵素を明らかにしたものです。さらに骨格筋でのリン脂質内のDHA量の変化に伴った収縮力の低下、さらに骨格筋の単一の筋線維より調製したスキンドファイバー※8を用いた解析により、リアノジン受容体※9の性質の変化を明らかにしました。なお、本研究では、本学が開発したゲノム編集技術を用いた効率的な遺伝子挿入法(PITChシステム)を利用することで遺伝子欠損マウスの作製に成功しました。

 本研究成果は2024年5月20日、「Communications Biology」にオンライン掲載されました。
 

論文情報

  • 掲載雑誌:Communications Biology 
  • 著者:Rahmawati Aisyah1, Noriyasu Ohshima2, Daiki Watanabe3, Yoshiko Nakagawa4, Tetsushi Sakuma1, Felix Nitschke5, Minako Nakamura1, Koji Sato1, Kaori Nakahata1, Chihiro Yokoyama1, Charlotte R. Marchioni5, Thanutchaporn Kumrungsee1, Takahiko Shimizu6, Yusuke Sotomaru7, Toru Takeo4, Naomi Nakagata4, Takashi Izumi2, Shinji Miura8, Berge A Minassia5, Takashi Yamamoto1, Masanobu Wada3 and Noriyuki Yanaka1*

    1:広島大学 大学院統合生命科学研究科 
    2:群馬大学 医学部 
    3:広島大学 大学院人間社会科学研究科
    4:熊本大学 生命資源研究・支援センター 
    5:テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンター
    6:国立長寿医療研究センター 
    7:広島大学 自然科学研究支援開発センター
    8:静岡県立大学 食品栄養科学部 
    *Corresponding author (責任著者)
     
  • 論文題目:GDE5/Gpcpd1 activity determines phosphatidylcholine composition in skeletal muscle and regulates contractile force in mice 
  • DOI:10.1038/s42003-024-06298-z 
     

背景

 生体内には多くの種類の脂質分子種が存在します。細胞膜の主要な構成成分のリン脂質の一つであるホスファチジルコリン(PC)※2には、二つの脂肪酸が結合しています(図1)。特に、PCに結合する脂肪酸には、リノール酸やドコサヘキサエン酸(DHA)※3など多くの種類があり、PCに結合する二つの脂肪酸の組み合わせは、細胞膜の構造や性質、特に細胞膜の流動性や細胞外からの情報の受け取りにおいて重要です。
 骨格筋※1でのPCに結合する脂肪酸の種類は、骨格筋の委縮時や運動をした後、食事で摂取する中性脂肪の種類によって変化することが示されていますが、その生理的意義は不明でした。また、細胞のPCはグリセロホスホコリンからコリン※10へと変化(図1)しますが、その代謝経路の中でも、グリセロホスホコリンからコリンへの生成を担う酵素は不明でした。
 

研究成果の内容

 細胞膜の主要な構成成分であるPCの分解によるコリン生成への代謝経路は不明でしたが、PCから二つの脂肪酸が切断されたグリセロホスホコリンはその代謝経路の中間物質であると考えられていました。またGDE5/Gpcpd1はグリセロホスホコリンを分解し、細胞内コリンの産生を担うことが示唆(図1)されていたことから、骨格筋におけるPCの役割を考え、骨格筋特異的Gpcpd1欠損マウスをゲノム編集法で樹立しました。
 その結果、予想した通り骨格筋内のグリセロホスホコリンは蓄積し、また予想外にDHAを含有するPCが低下しており、リノール酸を含有するPCが増加するなど、坐骨神経切除マウスや遺伝性のmdxマウスなどの骨格筋量が低下する筋萎縮のモデルマウスと極めて似たリン脂質組成を示しました(図2)。二つの筋委縮モデルの骨格筋でもGpcpd1欠損マウスと同様にGpcpd1の発現量の低下やグリセロホスホコリン濃度の上昇が認められたことから、骨格筋でのリン脂質組成の調節においてGpcpd1の重要性が示されました。さらにGpcpd1欠損マウスでは電気刺激による骨格筋の収縮力が低下し(図3)、DHA摂取は収縮力を回復させたことからも、PCのDHA量と骨格筋の収縮力との関連性が示されました。ふくらはぎに位置する腓腹筋から単離した単一の筋線維から作製したスキンドファイバー※8を用いた解析の結果、Gpcpd1欠損マウスでは、リアノジン受容体※9が開口し、筋小胞体から漏出するカルシウムの量が増加することで、収縮力が低下することが示されました。また、Gpcpd1欠損マウスは糖尿病で見られるインスリン抵抗性を示したことから、DHAを含有するPCが低下した結果、骨格筋でのインスリンの作用が低下したと考えられました。
 

図1.ホルファチジルコリン(PC)には二つの脂肪酸が結合している。Gpcpd1(別名GDE5)はPCの脂肪酸が切断された代謝産物であるグリセロホスホコリンをコリンへと分解する。Gpcpd1(GDE5)骨格筋特異的に欠損させた遺伝子組換えマウスを、本学が開発したゲノム編集法により作出した。

図2.
 Gpcpd1(GDE5)を骨格筋特異的に欠損させた遺伝子組換えマウス、および坐骨神経を切除した除神経マウスや遺伝性のmdxマウスの骨格筋での各リン脂質の量の変化を示した。
 縦軸は結合した二つの脂肪酸が異なるそれぞれのリン脂質(PCなど)を示し、青は含量が少なく、茶色は含量が多い種類を示す。
 骨格筋特異的Gpcpd1欠損マウスや骨格筋が萎縮する二つのマウスでは22:6と表記されたDHAを含有するPCが低いなど、PCの組成が極めて似ていた。

図3. Gpcpd1欠損マウスでは麻酔下での電気刺激による骨格筋の収縮力が低下していた。

今後の展開

 骨格筋でのリン脂質内のDHA量を調節するリン脂質代謝酵素の活性の調節によって、運動の能力を高める新しい手法の開発につながるだけでなく、DHA摂取の骨格筋は収縮力が上昇したことから、骨格筋の機能を上昇させることを目的とした新しい食のスタイルを提示できます。
 骨格筋のリン脂質内の脂肪酸の種類が与える身体への影響が注目される中、Gpcpd1欠損マウスは運動や筋肉の再生などにおけるDHAの重要性を解明することに利用可能であると考えられます。
 

用語説明

※1:骨格筋
 骨格筋は身体を動かすために必要な筋肉の一つである。他の筋肉には、心筋(心臓を構成する筋肉)や平滑筋(内臓や血管壁を構成する筋肉)がある。

※2:ホスファチジルコリン(PC)
 リン脂質の一種で、卵(卵黄)や大豆に多く含まれる。リン脂質は、グリセリンにリン酸と2つの脂肪酸が結合した構造を持ち(図1参照)、結合する2つの脂肪酸の種類によって、細胞膜の性質に大きな影響を与える。
 リン脂質は主に細胞膜を形成しており、PCはその主要成分として、細胞膜の正常な働きを保つために重要である。
 なお、PCなど、リン脂質を含む食品素材をレシチンと呼ぶ場合がある。

※3:ドコサヘキサエン酸(DHA) 
 魚油に多く含まれる脂肪酸であり、中性脂肪の低下などの摂取効果が明らかにされている。

※4:代謝酵素 体内で栄養素などを分解し、エネルギーなどの細胞の活動に必要な物質を生成する。

※5:Gpcpd1(別名GDE5) 
 本研究によって明らかとなった、ホルファチジルコリンの代謝産物であるグリセロホスホコリンをコリンへと分解するリン脂質代謝酵素(図1参照)。

※6:リポクオリティ 
 リポクオリティは、「脂質」を意味するリピッドと「質」を意味するクオリティを組み合わせた言葉で、リン脂質などの組成の変化で細胞膜の性質(流動性など)が大きく変化することが注目されている。

※7:骨格筋萎縮
 加齢や寝たきりに伴い骨格筋の筋肉量および筋力は低下し、生活の質(QOL)に影響を与える。特に加齢に伴って骨格筋が萎縮することを「サルコペニア」と呼ぶ場合もある。

※8:スキンドファイバー 
 スキンドファイバーとは、細胞膜を機械的に除去した筋細胞を指す。スキンドファイバーを用いることで、筋小胞体のカルシウムイオンの制御機能や収縮タンパク質の収縮機能を生体内に近い環境下で解析することが可能になる。

※9:リアノジン受容体 
 骨格筋の筋小胞体膜上のリアノジン受容体が開口することにより、筋小胞体から大量のカルシウムイオンが放出され、骨格筋が収縮する。

※10:コリン 
 コリンはPCの再合成やアセチルコリンの合成などの重要な細胞の機能を担うことが示されている。
 代謝経路:(図1)参照
 

【お問い合わせ先】

広島大学大学院統合生命科学研究科 教授 矢中 規之
Tel:082-424-7979 FAX:082-424-7916
E-mail:yanaka*hiroshima-u.ac.jp
 (注: *は半角@に置き換えてください)

 


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