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【研究成果】火星の地下には現在も液体の水が存在する可能性〜火星探査機がとらえた地震波速度からの検証〜

ポイント

  • 火星探査機によって検出された火星地下での地震波速度の特徴は、水で満たされた割れ目で説明できることがわかった。
  • 地下に液体の水が存在するのであれば、ハビタブル(生命存在可能)な環境が火星にある可能性も考えられる。
     

概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科の片山郁夫教授と海洋研究開発機構の赤松祐哉研究員は、岩石中を伝わる地震波速度が水の存在や形態によって変化するモデルを応用し、火星探査機InSightが検出した火星地下の地震波不連続面は、水で満たされた割れ目が存在することで説明できると発表しました。火星探査機によって得られた情報は、現在の火星内部の環境を反映するため、火星地下には現在も液体の水が存在している可能性があります。地球では、光の届かない地下の隙間にも、水や化学反応をエネルギー源とする微生物が生息するように、火星地下にはハビタブルな環境が存在している可能性が考えられます。
 この成果は、日本時間で9月26日、米国地質学会の科学雑誌「Geology」(オンライン版)に掲載されました。

論文情報

  • 論文タイトル:Seismic discontinuity in the Martian crust possibly caused by water-filled cracks
  • 著 者 名:片山郁夫1、赤松祐哉2
  • 所   属:1. 広島大学大学院先進理工系科学研究科、2. 海洋研究開発機構
  • DOI:https://doi.org/10.1130/G52369.1 

背景

 太古の火星には液体の海が存在していたことが、火星の表面地形や鉱物分布から示唆されています。しかし、現在の火星表面は乾燥していることから、過去にあった水がどこに行ってしまったのか問題となっています。その一つの候補は、火星の内部に水が取り込まれたとの考えです。2018年に火星に着陸した探査機InSight(*1)は、この火星内部の構造を調べることを目的としました。

 火星探査機InSightは地震計を備え、火星の地殻には地震波速度の不連続面があることを明らかにしました。これまでのところ、その原因として、火星地殻の岩石種が異なることや空隙率が変化することが提案されています。一方、私たちは様々な地球の岩石の地震波速度を測るなかで、地震波速度は岩石に含まれる水やその形態によって変化することを見出していました。そこで、そのモデルを火星の内部構造に応用することで、火星地殻に検出された地震波速度の不連続面が水の有無によって説明できるのではないかと考えました。

研究成果の内容

 火星地殻を模擬した物質の地震波速度を実験室で測ることで、地震波速度は岩石中の割れ目を満たす物質(水、空気、氷)によって大きく変化することがわかりました。また、岩石中の割れ目が増えることによって地震波速度が低下する傾向もみられました。これらの実験結果は、理論的なモデルとも整合的であり、そのモデルを用いて火星地殻での地震波速度を計算しました。
 その結果、火星の深さ約10-20kmの層に水で満たされた割れ目が存在することで、探査機InSightが検出した地震波速度の不連続構造を説明できることがわかりました(図1)。また、縦波と横波の比であるVp/Vsがその領域で上昇していることも、水で満たされた割れ目が存在するモデルと調和的です。
 なお、先月にアメリカの研究グループが、「探査機InSightが検出した速度構造から地殻内部に水が存在する」という我々と似ているモデルを発表し、BBCなど世界的なマスメディアで取り上げられました(Wright et al. 2024)。異なるアプローチから同じような結果が得られたことは重要ですが、彼らと私たちのモデルでは、割れ目の形状や空隙率が大きく異なります(*2)。そのため、地下での水の分布やその存在量はこれら2つのモデルでかなり違うことになります。

図1 火星内部の地震波速度構造と私たちのモデル計算の比較

今後の展開

 今回の研究成果は、火星表面は乾燥していても、火星地下では液体の水が存在することを示唆しています。それは太古の火星にあった海水が地下に閉じ込められたものなのかもしれません。今後のミッションで、地震波の速度構造に加え、液体の水やその塩分に敏感な電気伝導度を観測することで、火星内部での水の存在や起源が明らかになると期待されます。


 また、現在の火星地下に液体の水があるのであれば、そこには生命が生息する可能性があります。地球では、地下の岩石の隙間にも、水や化学反応をエネルギー源とする微生物が生息しています。それらの微生物の多くは、化学合成独立栄養生物(*3)であり、光の届かない地中であっても生きていけます。火星内部にはハビタブルな環境があり、私たちのまだ知らない地下生命圏が広がっているのかもしれません。

用語説明

(*1)火星探査機InSight
米国NASAが中心となって開発された火星探査機InSightは、2018年5月に打ち上げられ、2018年11月に火星に着陸、その後、2022年12月まで火星での探査を実施しました(図2)。この探査機は地震計を搭載し、火星内部構造の解明を主なターゲットにしました。その結果、火星地殻での地震波不連続面を検出した他、火星マントルの速度構造やマントルコア境界などを明らかにしました。

図2 火星探査機InSightの概要と火星表面で撮影された写真

(*2)割れ目の形状と空隙率
割れ目の形状は、楕円体の短軸と長軸の比であるアスペクト比で表されます。また、岩石中の割れ目の体積比は空隙率で示されます。先行研究のWrightのモデルは、アスペクト比の大きい球体に近い割れ目を想定し、空隙率は17%とかなり高い必要があるのに対し、私たちのモデルは、アスペクト比の小さな扁平な割れ目で、空隙率は1%ほどになります(図3)。

図3 Wrightと私たちのモデルの相違点

(*3)化学合成独立栄養生物
地球では光の届かない地中にも、熱水に含まれる水素や硫化水素などの化学反応をエネルギー源として利用している微生物(メタン菌など)が存在します。それらは、化学合成独立栄養生物と呼ばれ、地球での始源的な生命であると考えられています。

研究費

本研究は、日本学術振興会・文部科学省科研費基盤研究(A)(JP20H00200) (代表:片山郁夫)、日本学術振興会・文部科学省科研費新学術領域研究「水惑星の創成」(JP2901) (代表:関根康人)の支援を受けて実施した成果になります。 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学大学院先進理工系科学研究科 地球惑星システム学
 教授 片山 郁夫(かたやま いくお)
 Tel:082-424-7468 FAX:082-424-0735
 E-mail:katayama*hiroshima-u.ac.jp

 海洋研究開発機構海域地震火山部門火山・地球内部研究センター
 研究員 赤松 祐哉(あかまつ ゆうや)
 Tel:046-867-9667
 E-mail:akamatsuy*jamstec.go.jp

<広報に関すること>
 広島大学広報室
 E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

(*は半角@に置き換えてください)

 


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