本研究成果のポイント
- 植物を原料とするβ-ピネンの重合体は、約75年前に初めて合成されて以来、正確な構造が未決定であった。
- 独自の触媒技術を用いた重合体の合成と極低温プローブNMRを用いた解析により、ポリ(β-ピネン)の2種類の主構造の決定に成功した。
- 2種類の主構造の比率と熱物性の関連も明らかになったため、ポリ(β-ピネン)の高機能化・用途拡大、化石燃料由来の材料の代替が加速することが期待できる。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科の田中亮准教授、中山祐正准教授、塩野毅名誉教授、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(工)の押木俊之講師らの研究グループは、約75年にわたり知られていなかった、ポリ(β-ピネン)の正確な化学構造の決定に成功しました。
β-ピネンを重合して得られるポリ(β-ピネン)は、植物由来の炭化水素樹脂として良く知られている高分子化合物で、工業的には粘着剤等に用いられる他、近年では透明樹脂材料などへの応用も期待されています。この化合物は複数種の繰り返し構造から構成されることが、さまざまな実験結果から明らかであったにもかかわらず、その正確な構造決定は行われておらず、これまでの文献には約75年前に提案された推定構造がそのまま記載され続けていました。
本研究では、我々が開発した触媒を用いて得られたさまざまな組成のポリ(β-ピネン)を、極低温プローブNMRを駆使して構造決定することで、ポリ(β-ピネン)が1,4-シクロヘキセニル構造と1,3-シクロヘキセニル構造の2種類の繰り返し構造を持つことを明らかにしました。構造情報を元にあらためて組成と物性の関連を整理し、樹脂の耐熱性は1,4-構造の割合が大きいほど高くなることや、1,4-構造の割合を上昇させるのに必要な触媒の性質も明らかにしました。これらの知見は、循環可能な資源を原料として得られるポリ(β-ピネン)の高機能化・用途拡大に役立つものです。また、本知見を元にポリ(β-ピネン)のさらなる精密合成が達成できれば、化石資源から作られる炭化水素樹脂を用いたコーディング剤・塗料・透明フィルム・レンズなど、あらゆる製品の代替も可能になると期待できます。
本研究成果は、2024年9月25日にアメリカ化学会が発行する学術誌「Macromolecules」でオンライン公開されました。
論文情報
- 著者:Oluwaseyi Aderemi Ajala1), Shogo Nakaichi1), Toshiyuki Oshiki2), Yuushou Nakayama1), Takeshi Shiono1), Ryo Tanaka1)*
*Corresponding author (責任著者)
1) 広島大学大学院先進理工系科学研究科
2) 岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域(工)
- 論文タイトル:Origin of the Two Major Types of Repeating Units in Poly(β-pinene) Obtained by Cationic Polymerization
- 掲載誌:Macromolecules
- DOI: https://doi.org/10.1021/acs.macromol.4c01663
背景
β-ピネンは多くの針葉樹から得られる、炭素と水素のみからなる化合物です。これを重合して得られるポリ(β-ピネン)は、75年以上前から知られている化合物であり、粘着剤として工業利用されている他、重合方法を工夫することで高性能レンズや医療用プラスチックなどに適用できる透明樹脂材料などへの応用可能性が期待されています。炭素と水素のみからなる樹脂材料は、現状では化石燃料から生産することが多いため、ポリ(β-ピネン)はそれらを代替できる植物由来の材料として、資源循環の観点から注目に値する高分子化合物です。
ポリ(β-ピネン)を高性能材料として使うためには、化学構造の正確な理解に基づいた合成方法の開発が必須です。しかし、ポリ(β-ピネン)の構造については、複数種の繰り返し構造が存在していることは知られていたものの、その全てについて正確な構造決定が行われているわけではありませんでした。
研究成果の内容
本研究では、広島大学側で独自に開発したホウ素触媒を含む複数の触媒を用いてβ-ピネンのカチオン重合をおこない、さまざまな組成を持つポリ(β-ピネン)を合成しました。得られたこれらのポリマーについて、岡山大学側が豊富な測定ノウハウを有している極低温プローブNMRを用いて構造解析し、主となる繰り返し構造を決定しました。その結果、ポリ(β-ピネン)には、従来正しいと考えられてきた1,4-シクロヘキセニル構造に加えて、1,3-シクロヘキセニル構造が存在することを明らかにしました。
さらに、これらの構造情報を元に、重合条件と得られるポリマー構造の関連、ポリマー構造と物性の関連について調べました。その結果、我々のホウ素触媒を用いて低温で重合をおこなうと、最も1,4-構造の割合が高くなることや、1,4-構造の割合が大きくなると耐熱性が大幅に上昇することがわかりました。
今後の展開
ポリ(β-ピネン)を樹脂材料として応用するためには、耐熱性の向上が不可欠です。今回の研究で化学構造が決定できたことで、望みの組成を与える重合方法の開発が容易になると期待でき、それに伴ってポリ(β-ピネン)の用途拡大、化石燃料由来の材料の代替が加速すると期待できます。
参考資料
用語説明
- NMR
磁場中に置かれた原子核が、それぞれの化学的環境に応じた特定の周波数の電磁波を吸収することを利用して、化合物の構造を推定する測定手法。今回利用した極低温プローブを用いることで、測定感度が大幅に上昇し、複雑な構造の解析が容易になる。
- カチオン重合
炭素に正電荷を有する化学種をモノマーと反応させることで繰り返し構造を生成す
る重合機構。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科 准教授 田中 亮
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(注:*は半角@に置き換えてください。)