本研究成果のポイント
- 材料合成の最終段階で置換基を導入すること(Late-stage官能基化)により、効率的に異なる官能基を有する半導体ポリマーの開発に成功
- 開発した半導体ポリマーを用いることで従来のポリマーを用いた有機薄膜太陽電池に比べて電圧損失が抑制
- エネルギー変換効率が約1.5ポイント向上
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格教授、斎藤慎彦助教(当時)、三木江翼助教、京都大学大学院工学研究科の大北英生教授らの共同研究チームは、材料合成の最終段階で官能基を導入するLate-stage官能基化[1]により、効率的に半導体ポリマー[2]を開発し、有機薄膜太陽電池(OPV)[3]のエネルギー変換効率を向上させることに成功しました。
塗布プロセスにより作製できるフィルム状太陽電池であるOPVは、持続可能な社会の実現に向けて重要な次世代型太陽光発電技術として注目され、盛んに研究開発が行われています。近年、発電材料である有機半導体の開発が進み、そのエネルギー変換効率は飛躍的に向上しています。しかし、新しい有機半導体の開発には、母体となる化学構造に様々な官能基を導入するなどのスクリーニングが必要ですが、有機半導体は複雑な化学構造を持つため、合成に多大な時間と労力を要することが開発のネックとなっていました。今回、共同研究チームは、創薬分野などでよく用いられるLate-stage官能基化(材料合成の最終段階で官能基を導入する手法)によって、効率的に異なる官能基を有する半導体ポリマーを開発することに成功しました。さらに、開発した半導体ポリマーを用いたOPVセルを作製したところ、従来のポリマーを用いたOPVセルに比べて電圧損失[4]が抑制され、その結果、エネルギー変換効率は約1.5ポイント向上し、世界水準に近い17.4%を示しました。本研究成果は、有機半導体の効率的な材料開発とOPVを含めた有機半導体デバイスの特性向上に向けた重要な指針となることが期待されます。
本研究成果は、2024年10月15日にWiley社が発刊するドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。
論文情報
- 論文のタイトル:“Efficient Derivatization of a Thienobenzobisthiazole-Based π-Conjugated Polymer Through Late-Stage Functionalization Towards High-Efficiency Organic Photovoltaic Cells”
- 著者: Hiroto Iwasaki, Kodai Yamanaka, Yuki Sato, Tsubasa Mikie, Masahiko Saito, Hideo Ohkita, Itaru Osaka.
- 掲載雑誌:Angewandte Chemie International Edition
- DOI:10.1002/202409814
背景
太陽光エネルギーを有効に利用することは、持続可能な社会の実現に向けて、喫緊の課題となっています。有機薄膜太陽電池(OPV)は、塗布プロセスを用いてプラスチック基板上に製造できるため、軽量かつフレキシブルといった特徴を有しています。そのため、一般的なシリコン太陽電池では設置が困難な建物の壁や窓などの垂直面や、テントやビニールハウスなどへの設置が可能となります。さらに、同様の特徴を有するペロブスカイト太陽電池とは異なり、OPVは発電層に有害な鉛等の重金属を用いておらず、環境にやさしいことも大きな利点です。近年、発電材料である有機半導体の開発が進み、OPVのエネルギー変換効率は飛躍的に向上しました。しかし、電圧損失が大きいため、これを抑制することが更なる高効率化に向けた課題となっています。そのためには、有機半導体のエネルギー準位を精密に制御することが必要です。そのためには、母体となる化学構造(母骨格)の探索に加えて母骨格に置換する官能基の最適化を行う必要があります。官能基の最適化には、母骨格に様々な官能基を導入した誘導体を合成し、その特性をスクリーニングしなければなりませんが、有機半導体は複雑な化学構造を持つため、合成に多大な時間と労力を要することが開発のネックとなっていました。
そこで、創薬分野などでよく用いられる、合成の最終段階で官能基を導入するLate-stage官能基化という手法に着目しました。この手法を用いれば、一つの合成中間体に対して種々の官能基を導入することで誘導体を効率的に合成することが可能となり、材料開発を加速させられます。このLate-stage官能基化の手法では、母骨格が複雑な分子ほどそのメリットは大きくなります。さらに、合成の初期段階で導入した場合には、その後の工程で反応してしまい導入が困難であった官能基も使用することが可能となることが期待されます。
研究成果の内容
本研究では、広島大学のグループが以前に開発したチエノベンゾビスチアゾール(TBTz)を母骨格とする半導体ポリマー(図1上)の誘導体開発に、Late-stage官能基化の手法を適用し、新しい合成ルートを考案しました。OPVの変換効率向上には、半導体ポリマーのHOMO準位[5]を低下させて電圧損失を抑制することが一つの鍵であるため、電子求引性を示すエステル基とアシル基を導入することにしました(図1下)。以前に開発したTBTzの合成法では、官能基を初期段階で導入し、その後、TBTz構造を形成していたため、異なる官能基を導入する場合、一から合成をやり直す必要がありました(図2上)。また、合成の途中段階で、エステル基やアシル基と反応性がある試薬を用いていたため、これらの官能基導入は困難でした。新しく考案した合成法では、官能基導入部位をシリル基によって保護した後にTBTz構造を形成し、これを共通中間体として様々な官能基を導入できるように工夫しました(図2下)。これにより、アルキル基だけでなくエステル基やアシル基も導入できるようになりました。さらに、これら3種類の官能基を有するモノマーを従来法(エステル基やアシル基も導入可能と仮定した場合)の2/3のステップ数で効率的に合成できるようになりました。このようにして合成したモノマーを用いて半導体ポリマーPTBTz2(アルキル基)、PTBTzE(エステル基)およびPTBTzA(アシル基)の合成に成功しました。
今回開発した半導体ポリマーのHOMO準位は、PTBTz2において−5.09 eVだったのに対し、PTBTzEおよびPTBTzAではそれぞれ−5.18および−5.22 eVと、官能基の電子求引性に対応して、より低い値であることが分かりました。これらの半導体ポリマーを発電層に用いたOPVセルを作製したところ、開放電圧[6]はPTBTz2では0.86 Vだったのに対し、PTBTzEでは0.92 V、PTBTzAでは0.93 Vと大きく向上しました(図3)。また、京都大学のグループによりOPVセルの解析を行ったところ、開放電圧向上の要因は電圧損失が抑制されたことにあることが明らかとなりました。その結果、PTBTzEはPTBTz2よりも1.5ポイント高い17.4%のエネルギー変換効率を示しました。これは、OPVの世界最高水準に匹敵する値です。
今回、創薬分野などで用いられるLate-stage官能基化を半導体ポリマーの開発に取り入れることで、効率的に誘導体を合成しOPVの性能を向上させることに成功しました。本研究成果は、有機半導体の効率的な材料開発とOPVを含めた有機半導体デバイスの特性向上に向けた重要な指針となることが期待されます。
本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、斎藤慎彦 助教(当時)、三木江翼 助教、山中滉大 氏(大学院博士課程後期3年)、岩崎洋斗 氏(大学院博士課程前期2年)、京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授、佐藤友揮 氏(大学院博士後期課程2年)らの共同研究によるものです。本研究成果は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業(研究開発課題名:「革新的有機半導体の開発と有機太陽電池効率20%への挑戦」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和2年11月~令和7年3月)および新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)太陽光発電主力電源化技術開発事業(研究開発課題名:「シースルー型有機薄膜太陽電池の高効率化およびモジュール化技術開発」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和5年7月~令和7年3月)の支援を受けて行われました。
今後の展開
今後は、本知見をもとにより高性能な半導体ポリマーの開発を進めます。さらに、Late-stage官能基化の手法を種々の分子骨格にも応用することで材料開発を加速し、OPVのさらなる高効率化を目指します。
参考資料
図1. (上)本研究で開発したTBTzを有する半導体ポリマーの分子構造。(下)電子求引性官能基のエステル基、アシル基の導入により、HOMO準位が低くなるため、アクセプターのHOMO準位との差が小さくなり、電圧損失が抑制される。
図2. 従来のモノマー合成法(上)と本研究で開発したLate-stage官能基化による新しいモノマー合成法(下)。
図3. OPVセルの電流–電圧特性。PTBTzEはPTBTz2に比べて開放電圧が増大し、エネルギー変換効率が向上した。
用語解説
[1] Late-stage官能基化
材料合成の最終段階で官能基を導入する手法。母骨格を形成した後に、共通中間体を介して様々な官能基を導入することで、効率的に誘導体を合成することができ、材料のスクリーニングが簡便にできる。特に創薬分野において重要な手法とされてきた。
[2] 半導体ポリマー
炭素-炭素の二重結合と単結合が繰り返した構造であるπ共役構造を基本構造とする半導体性を示す高分子化合物の総称。ベンゼン環やチオフェン環、あるいはこれらが縮合した複素芳香環が連結した半導体ポリマーが多数報告されている。
[3] 有機薄膜太陽電池(OPV: Organic Photovoltaics)
有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、正孔を輸送するp型半導体(ドナーとも呼ぶ)である半導体ポリマーと電子を輸送するn型半導体(アクセプターとも呼ぶ)であるフラーレン誘導体やπ共役分子(非フラーレンアクセプター)が一般的に用いられる。
[4] 電圧損失
吸収した光エネルギーのうち、電力に変換される過程で失われるエネルギーを電圧に換算したもの。輻射再結合や無輻射再結合などが原因となる。一般的にOPVでは、無機系太陽電池に比べて電圧損失が大きい。ドナーとアクセプターのHOMO準位またはLUMO準位(用語解説[5]参照)の差も電圧損失の要因の一つとなる。
[5] HOMO(Highest Occupied Molecular Orbital)準位
最高被占軌道とも呼ばれ、電子に占有されている分子軌道のうち最もエネルギーが高い軌道のこと。また、電子に占有されていない分子軌道のうち最もエネルギーの低いものをLUMO(Lowest Unoccupied Molecular Orbital)または最低空軌道と呼ぶ。
[6] 開放電圧
太陽電池の電流−電圧特性において、電流がゼロのときの電圧。電圧がゼロのときの電流を短絡電流とよび、エネルギー変換効率は、短絡電流、開放電圧および曲線因子の積を太陽電池の面積で割ることで求められる。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学大学院先進理工系科学研究科 教授 尾坂 格
Tel:082-424-7744 FAX:082-424-5494
E-mail:iosaka*hiroshima-u.ac.jp
<報道に関すること>
広島大学 広報室
Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
京都大学 渉外・産官学連携部広報課国際広報室
Tel:075-753-5729 FAX:075-753-2094
E-mail:comms*mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください。)