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【研究成果】特発性肺線維症において急激な症状の悪化を予測するバイオマーカーの発見

本研究成果のポイント

  • 特発性肺線維症※1は肺に進行性の線維化※2を生じる原因不明の疾患で、本邦における有病率は10万人中23人程度と言われています。
  • 特発性肺線維症患者の平均的な生存期間は診断されてから3-5年と予後不良の疾患であり、その死因の40%程度が「急性増悪(きゅうせいぞうあく)※3」という急激な症状の悪化です。
  • 本研究ではⅠ型肺胞上皮細胞に生理的に高発現する膜受容体RAGE※4に着目し、そのRAGEを介した炎症を調整する可溶性sRAGE※5やRAGE SNP rs2070600※6が特発性肺線維症の急性増悪の発症におけるバイオマーカーとして有用であることを証明しました。

概要

広島大学病院呼吸器内科 北台英里佳氏 (大学院生) 、山口覚博助教、大下慎一郎准教授、岩本博志准教授、服部登教授らの研究グループは、ドイツ人と日本人の二つの異なる人種の特発性肺線維症患者において、安定期の血清sRAGE値が低い特発性肺線維症の患者は急性増悪の発症率が高いことを示しました。さらに、sRAGE値とSNPを組み合わせることにより、特発性肺線維症の急性増悪の発症リスクを層別化できる可能性があることも示しました。

本研究結果は、2024年11月11日に学術誌「Respiratory Research」でオンライン公開されました。

論文情報

論文情報:
掲載雑誌名:Respiratory Research
論文タイトル:Serum soluble isoform of receptor for advanced glycation end product is a predictive biomarker for acute exacerbation of idiopathic pulmonary fibrosis: A German and Japanese cohort study
著者名:Erika Kitadai1, Kakuhiro Yamaguchi1, Shinichiro Ohshimo2, Hiroshi Iwamoto1, Shinjiro Sakamoto1, Yasushi Horimasu1, Takeshi Masuda1, Taku Nakashima1, Hironobu Hamada3, Francesco Bonella4, Josune Guzman5, Ulrich Costabel4, Noboru Hattori1

1.    広島大学大学院医系科学研究科 分子内科学
2.    広島大学大学院医系科学研究科 救急集中治療医学
3.    広島大学大学院医系科学研究科 生体機能解析制御科学
4.    Center for Interstitial and Rare Lung Disease, Department of Pneumology, Ruhrlandklinik University Hospital, University of Duisburg-Essen, Essen, Germany
5.    General and Experimental Pathology, Ruhr-University, Bochum, Germany
DOI:10.1186/s12931-024-03014-7.
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39529063/

背景

特発性肺線維症は原因不明の進行性かつ不可逆的な肺の線維化を起こす疾患です。特発性肺線維症を背景に発症する急性肺障害を「特発性肺線維症の急性増悪」といい、患者の死因の約40%を占めます。しかし、急性増悪の発症機序は明らかではなく、その発症リスクを評価するための方法は確立されていません。
RAGEは肺に高発現する膜受容体であり、過剰なRAGEシグナルは炎症性シグナル伝達を促進し肺障害を悪化させることが知られています。RAGEシグナルは可溶性アイソフォーム (sRAGE)とRAGE SNP rs2070600により調整されています。これまでに白人および日本人の特発性肺線維症患者において、血中sRAGE低値とRAGE SNP rs2070600のマイナーアレルの存在はそれぞれ特発性肺線維症の生存率低下および疾患への罹患リスク増加と関連していることが示されています。しかしsRAGE値およびマイナーアレルが特発性肺線維症の急性増悪と関連しているかどうかは不明でした。

研究成果の内容

本研究は、特発性肺線維症患者171人 (ドイツ人69人、日本人102人) を対象とし、血清sRAGEが急性増悪の発症に関与しているか検討しました。患者全体および人種別で、sRAGE値低値が急性増悪の発症率の上昇と有意に関連していることを示しました。この関連性はドイツ人患者でも日本人患者でも再現性をもって確認でき、異なる人種の患者で急性増悪発症にかかわる血液バイオマーカーの再現性を示した初めての報告となりました。
さらに、DNA検体を有する患者135人 (ドイツ人51人、日本人84人) を対象にRAGE SNP rs2070600のマイナーアレルと急性増悪の発症の関連性を検討したところ、このSNPをsRAGEと組み合わせることで急性増悪の発症を層別化可能であり、sRAGE値高値かつマイナーアレルを有する特発性肺線維症患者で急性増悪の発症率が最も低いことも示しました。

今後の展開

特発性肺線維症の急性増悪は患者の主要な死因の一つですが、発症機序は現時点では不明です。RAGEを標的とした病態や発症機序の解明だけでなく、sRAGE・RAGE SNPを用いた急性増悪のハイリスク群の選別および早期に治療を導入すべき対象の選別につなげてけるよう研究を進めていく予定です。

参考資料

【参考資料】
RAGEはⅠ型肺胞上皮細胞で生理的に高発現する膜受容体です。酵素切断とRAGE遺伝子の選択的スプライシングにより細胞膜上で切断されることによりsRAGEが生成されます。RAGEにリガンドが結合すると細胞内シグナル伝達が活性化され、炎症促進作用を有します。sRAGEはdecoy receptorとして、RAGEとリガンドの結合を阻害することにより、細胞内シグナル伝達を抑制し抗炎症作用を有します。
 

Basta G. Receptor for advanced glycation endproducts and atherosclerosis: From basic mechanisms to clinical implications. Altherosclerosis. 2008;196:9-21.

Basta G. Receptor for advanced glycation endproducts and atherosclerosis: From basic mechanisms to clinical implications. Altherosclerosis. 2008;196:9-21

用語解説

特発性肺線維症※1(Idiopathic Pulmonary Fibrosis;IPF):肺胞壁に炎症や損傷がおこり、肺胞壁が厚く硬くなり(線維化)、ガス交換がうまくできなくなる病気です。

線維化※2:組織中の結合組織が異常増殖する現象のこと。 心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓など、脳以外のほぼ全身の主要な臓器で発生し、線維化を起こした臓器は、最終的に機能不全に陥る。

急性増悪(きゅうせいぞうあく)※3:急に症状が悪化すること

RAGE※4(Receptor for Advanced Glycation End product;RAGE):肺において、Ⅰ型肺胞上皮細胞に生理的に高発現する膜受容体

sRAGE※5:soluble RAGEのこと。RAGEの可溶性アイソフォームとして血液中を循環している。

SNP※6(Single nucleotide Polymorphism;SNP):スニップ、一塩基多型(いちえんきたけい)の訳です。SNPは生命の設計図ともいわれるゲノムDNAの塩基配列の中で1つだけ異なる塩基に置き換わったことを意味しています。SNPのたった1つの塩基配列の置き換わりにより、体質や病気のかかりやすさに影響することが注目されています。Rs2070600はRAGE遺伝子のSNPであり、RAGEの炎症性シグナル伝達の調整を担っています。

 

【お問い合わせ先】

 大学院医系科学研究科 分子内科学 助教 山口覚博
 Tel:082-257-5196 FAX:082-255-7360
 E-mail:yamakaku*hiroshima-u.ac.jp
 (*は半角@に置き換えてください)
 


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