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【研究成果】詳しいことがわからない状況で次にやるべきことを自分で考えて実行する自律式天体観測システム「スマートかなた」を開発

本研究成果のポイント

  • 広島大学「かなた望遠鏡」に、自律的に観測計画を決定・実行するシステム「スマートかなた」を実装。
  • 機械学習や人工知能(AI)の技術を活用して専門家に匹敵する判断を実現。

概要

 広島大学宇宙科学センターの植村誠准教授、統計数理研究所の池田思朗教授らを中心とする研究チームは、観測すべきデータを自分で判断し実行する、自律式天体観測システム「スマートかなた」を開発しました。
 宇宙には突然爆発的に明るくなる超新星や激変星などの天体現象が存在します。星の爆発が発見された直後は、その正体がよくわからず、追跡観測が重要となります。従来は限られた情報をもとに、どのようなデータを取得するべきか専門家が判断していました。しかし、専門家が毎晩天文台にいるわけではなく、観測のチャンスを逃すこともありました。
 本研究で開発した「スマートかなた」は機械学習や人工知能の様々な技術を活用し、専門家の代わりに考えて意思決定するシステムです。このシステムは広島大学宇宙科学センターが運用する口径1.5mの「かなた望遠鏡」に実装されました。約1年間の運用で、新星の爆発初期の観測やマイクロレンズ現象の観測に成功し、「スマートかなた」の専門家に匹敵する意思決定能力が実証されました。

以上の研究成果は、日本天文学会の科学誌Publications of the Astronomical Society of Japan (PASJ)に掲載されました。

発表論文

  • 掲載雑誌:Publications of the Astronomical Society of Japan
  • 論文タイトル:
    Smart Kanata: A Framework for Autonomous Decision Making in Rapid Follow-up Observations of Cataclysmic Variables
  • 著者名:
    Makoto Uemura1*, Yuzuki Koga1, Ryosuke Sazaki1, Tomoya Yukino2, Tatsuya Nakaoka1, Ryo Imazawa1, Taichi Kato3, Daisaku Nogami3,   Keisuke Isogai3, Naoto Kojiguchi3, Kenta Taguchi3, Yusuke Tampo4, Hiroyuki Maehara5 and Shiro Ikeda6
    1広島大学, 2東京大学, 3京都大学, 4 South African Astronomical Observatory/University of Cape Town, 5国立天文台, 6統計数理研究所
    *責任著者
  • DOI : 10.1093/pasj/psae112

背景

 宇宙には突然爆発的に明るくなる星「突発天体現象」がたくさんあります。私たちはその中でも激変星と呼ばれる天体を広島大学宇宙科学センターの口径1.5-m「かなた望遠鏡」(図1)を使って研究しています。いつ、どこで発生するかわからず、時事刻々と状態が変化する激変星の爆発を発生直後から観測することが、その正体を解明するために重要です。
 突発天体現象の発見件数は世界的な観測プロジェクトの発展により急増しており、発見情報(アラート)は毎晩数十〜数百件、通報されています。通常、アラートには天体の位置と明るさといった基本的な情報しか含まれないため、追跡観測がその正体を明らかにする鍵となります。
 しかし、かなた望遠鏡で取れるデータには天体の「色」「時間変動」「スペクトル」など複数の選択肢があり、取るべきデータはケースバイケースで変わります。従来、どのようなデータを取るべきか、という問題は、天文台にいる専門家が経験と勘に基づいて意思決定していました。この方法では熟練した専門家が天文台に不在の場合は、せっかく貴重な機会を逃してしまいます(図2上)。

研究成果の内容

 そこで私たちは取るべきデータを自分で考えて実行する観測システム「スマートかなた」を開発しました(図2下)。従来の意思決定のプロセスを、1)発見直後の限られた情報から暫定的に天体を分類するステップ、2)その結果から適切な観測モードを意思決定するステップ、3)天候などを判断して自動観測を実行するステップ、に分解し、1)は機械学習の技術を用いて、2)は情報理論の枠組みで、3)には人工知能でも使われる深層学習を利用して、システムを構築しました。
 決められた観測作業を「自動的」に実行するロボット望遠鏡は既に世界中で稼働していますが、起こった現象の詳しいことがよくわからない状況で、確率論的に適切な判断を下して次のアクションの意思決定ができる「自律式」天体観測システムは「スマートかなた」が世界初となります。
 本研究は2019年に着想を得て意思決定の自動化に関する実験を開始した後、2020年からシステム開発とかなた望遠鏡での試験観測を並行して行い、2023年12月からシステムの運用を開始しました。
 2024年3月11日、日本のアマチュア天文家である小嶋正氏は午前3時36分にへびつかい座の方向を撮影した画像に新しい天体を発見、天文電報中央局に通報しました。スマートかなたは同日午前5時頃にこの通報を受け、この現象を激変星の一種である「新星」と判断、自動で天体のスペクトルデータを取得しました(図3)。この観測は発見からわずか1時間30分後に開始され、爆発初期の貴重データの取得に成功しました。スマートかなたの観測からこの天体は新星であることが確認され、この天体には「へびつかい座V4370」という正式名称がつけられました。得られたデータにはスペクトルが短時間で変化する興味深い現象も捉えられていました。
 この新星の他にも2024年8月11日にはマイクロレンズ現象の観測に成功しました。悪天候などで観測できなかった天体も含めて、これらの成果から、「スマートかなた」は従来、専門家が担っていた観測計画の意思決定を的確に代替できることが明らかになりました。

今後の展開

 「スマートかなた」の運用は始まったばかりです。今後も運用を続け、従来は観測が難しかった激変星の爆発初期の状態を明らかにしていきます。また、他機関の望遠鏡とも連携し、天体観測のシステムを新しい時代のものへと進化させることを目指します。

参考資料

図1 かなた望遠鏡

図2 星の爆発が発見されてから、かなた望遠鏡でデータが取得されるまで。上:従来は夜間、天文台で観測している専門家が情報収集から意思決定、観測作業の実行までを行うため時間が掛かり、専門家が不在の時は貴重なデータを取り逃がす。下:本研究で開発した「スマートかなた」は一連の作業を自動化し、特に取るべきデータの意思決定プロセスまで自動化したことで「考える望遠鏡」を実現した。
 

図3 新星「へびつかい座V4370」の画像。
左:爆発前。右:スマートかなたが撮影した爆発直後の画像。左には存在しない明るい星が新星。
(画像提供: Pan-STARRS1サーベイ)

スマートかなたのデモ動画:
https://vimeo.com/830418416?share=copy

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
 広島大学宇宙科学センター 准教授 植村誠
 Tel:082-424-5765 FAX:082-424-5765
 E-mail:uemuram*hiroshima-u.ac.jp

 統計数理研究所 教授 池田思朗
 E-mail : shiro*ism.ac.jp

<報道に関すること>
 広島大学 広報室
 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp

 統計数理研究所 広報室
 E-mail : kouhousec*ism.ac.jp

 (*は半角@に置き換えてください)
 


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