広島大学大学院医系科学研究科 教授 内藤 真理子
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本研究成果のポイント
- 日本人歯科医師を対象とした横断研究の結果、65歳未満の男性において、歯が23 本未満であることと、腎透析を受けていることが関連していることが明らかとなりました。
- 医科と歯科の専門家の連携を強化し、腎機能が低下している患者や腎透析を受けている患者の口腔の健康を改善するための取り組みが必要であると考えられます。
概要
広島大学大学院医系科学研究科の近藤実南博士課程前期修了生、内藤真理子教授、名古屋大学の若井建志教授、福岡歯科大学の内藤徹教授、University of Shanghai for Science and Technologyの花田信弘教授らによる研究グループは、歯科医師を対象とした歯と全身の健康および栄養との関連に関するコホート研究(LEMONADE Study)の第二次調査データを用いて横断研究を行いました。その結果、65歳未満の男性において、歯が23本未満であることと、腎透析を受けていることとが関連していることが明らかになりました。
本研究成果は、「PLoS ONE」に令和6年8月16日付でオンライン掲載されました。
・論文タイトル
Association between the number of existing teeth and maintenance dialysis therapy: A cross-sectional study of adult male dentists
・著者
Minami Kondo1, Marin Ishigami2, Maho Omoda3, Moeno Takeshita1, Nishiki Arimoto4, Rumi Nishimura5, Tomoko Maehara6, Toru Naito7, Masaaki Kojima8, Osami Umemura8, Makoto Yokota9, Nobuhiro Hanada10, Kenji Wakai11, Mariko Naito5*
1. R&D, SUNSTAR Inc., Takatsuki, Osaka, Japan
2. Midori Health Center, Nagoya, Aichi, Japan
3. Aoba Ward Welfare and Health Center, Yokohama City, Kanagawa, Japan
4. Department of Oral Health Sciences, Otemae College, Nishinomiya, Hyogo, Japan
5. Department of Oral Epidemiology, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
6. Department of Public Oral Health, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
7. Department of General Dentistry, Fukuoka Dental College, Fukuoka, Japan
8. Aichi Dental Association, Nagoya, Aichi, Japan
9. Yokota Makoto Dental Clinic, Fukuoka, Japan
10. Institute of Photochemistry and Photocatalyst, University of Shanghai for Science and Technology, Shanghai, China
11. Department of Preventive Medicine, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, Japan
*Corresponding author
・掲載雑誌
PLoS ONE (Q1)
・DOI 番号
10.1371/journal.pone.0309012.
背景
腎疾患患者は世界中で増加しており、慢性腎臓病は2040年までに世界で5番目に多い非感染性疾患になると予測されています。慢性腎臓病とは、2002年に Kidney Disease Outcome Quality Initiativeにて提唱された疾患概念であり、腎障害もしくは腎機能の低下が持続している状態の総称を指します。日本人の慢性腎臓病患者数は、2023年時点で約1,480万人と推計されており、成人の約7~8人に1人が慢性腎臓病患者とされています。慢性腎臓病が進行すると末期腎臓病に至り、腎透析などの腎代替療法が必要となります。先行研究では、腎機能の低下が進行していくと、死亡や心疾患、入院のリスクが高まることが報告されており、末期腎臓病は有害な結果をもたらす可能性が高いと考えられます。
腎透析患者は、健康な者と比較して未治療のむし歯や重度のむし歯が多く、同様に、歯周病の発症率と重症度も高いことが報告されています。むし歯と歯周病は歯垢によって引き起こされ、どちらの状態も生活習慣の改善や歯科治療によって修正が可能です。むし歯と歯周病は、歯の喪失の主な原因とされており、歯の数は腎疾患患者の口腔の健康状態を示す指標となります。
歯の数と腎透析受療との関連を調査することで、腎機能が低下している患者や腎透析を受けている患者の口腔内を適切に管理することの重要性を裏付ける貴重な知見となる可能性があります。
研究成果の内容
- 本研究は、2016年8月から2017年7月にかけて実施されました、歯科医師を対象とした歯と全身の健康および栄養との関連に関するコホート研究(LEMONADE Study)の第2次調査のデータを解析しました。
- 自記式アンケートに回答した8,722人のうち、年齢、歯の数、腎透析受療の有無のデータが揃っていた39歳~100歳の7,479人の男性のデータを解析しました。
- 解析対象者7,479人の平均年齢は62±9歳でした。そのうち、腎透析を受けている者は全体の0.4%(32人)でした。
- 対象者の背景(年齢、肥満度、喫煙習慣、糖尿病の有無、高血圧の有無)の差を調整後、歯の数と腎透析受療との関連を解析したところ、全ての対象者では、歯の数が23本未満であることと、腎透析を受けていることとの間に有意な関連は認められませんでした(オッズ比:1.5、95%信頼区間:0.6-3.5)。
- 65歳未満と65歳以上の年齢で分けて解析したところ、65歳以上の対象者では、歯の数が23本未満であることと、腎透析を受けていることとの間に有意な関連は認められませんでしたが(同 0.9、0.3-2.6)、65歳未満の対象者では有意な関連が認められました(同 4.4、1.3-15.3)。
- 歯の数と腎透析受療との関連は双方向の関係が考えられます。先行研究では、歯周病により産生された炎症性物質が血液を介して全身を巡り、腎機能の悪化の一因となることが示唆されています。また、腎透析患者には口腔乾燥症が多く認められ、口腔乾燥症はむし歯の発症に関与していることが報告されています。
- 腎機能が低下している患者や腎透析を受けている患者に対して、早期の歯科治療や予防的な介入を行い、むし歯や歯周病の予防や進行を抑制するための取り組みが必要であると考えられます。
今後の展開
本研究の結果、65歳未満の男性において、歯の数が23本未満であることと、腎透析を受けていることとの間に有意な関連が認められました。
より若い年齢での末期腎臓病の発症は遺伝的要因が関与している可能性があることが報告されています。先行研究では、歯の喪失と末期腎臓病の進行の両方に影響する遺伝子多型が存在することが明らかとなっており、今後、遺伝的要因を含めたさらなる研究が必要であると考えられます。
本研究の結果は、腎機能が低下した患者や腎透析を受けている患者に対して早期の歯科介入を行うために、医科と歯科の連携を強化することの必要性を示すエビデンスとなると考えられます。