広島大学 医系科学研究科 脳神経内科学
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助教 内藤 裕之
助教 中森 正博
E-mail:naitohi6*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください)
本研究成果のポイント
- ALS患者に対する90日間のL-アルギニン塩酸塩(※1)を経口投与し、安全性と忍容性を世界で初めて臨床評価しました。
- L-アルギニン塩酸塩経口投与による重篤な有害事象は発生せず、高い薬剤遵守率(99.7%)が確認されました。
- ALS患者はたとえしっかり食べていても体重が減少し、体重減少が疾患の進行と関連することが問題となっていますが、今回の検証で体重維持とL-アルギニンの血中・尿中濃度に関連があることが分かり、ALSの栄養管理における新たな可能性を示唆しました。
概要
- ALS患者において栄養管理は生命予後に大きな影響を及ぼします。体重減少は疾患の進行と関連し、高カロリー・高脂肪食の有効性が検討されていますが、一貫した治療効果は確立されていません。本研究では、L-アルギニン塩酸塩の経口投与がALS患者の安全性および栄養状態に与える影響を検証しました。
- 広島大学において、単一施設・単一群・前向きオープンラベル試験を実施し、20人のALS患者(平均年齢62.0歳、病歴中央値1.9年)に対し、90日間にわたり1日15gのL-アルギニン塩酸塩を投与しました。
- 研究期間中、6人(31.6%)に治療関連有害事象(TEAE)(※2)が発生しましたが(高クレアチンキナーゼ血症、肝機能異常、食欲不振など)、重篤な有害事象や死亡例は認められませんでした。また、ALS患者の予後不良と関連するBMIや体重減少の進行は抑えられ、体重維持とL-アルギニンの血中・尿中濃度に関連があることが示唆されました。
- これらの結果から、L-アルギニン塩酸塩がALS患者の栄養管理における新たな選択肢となる可能性が示され、さらなる臨床研究の必要性が明らかになりました。
発表論文
掲載誌: Scientific Reports (2025) 15:1120
◼ 研究タイトル: A single-center, single-arm, prospective, open-label, and comparative trial to evaluate the safety and tolerability profile of a 90-day oral L-arginine hydrochloride intervention for patients with amyotrophic lateral sclerosis
◼ 著者: Hiroyuki Naito, Masahiro Nakamori, Megumi Toko, Yuki Hayashi, Taku Tazuma, Tomoaki Watanabe, Keito Ishihara, Keisuke Tachiyama, Yu Yamazaki & Hirofumi Maruyama
◼ DOI: 10.1038/s41598-024-84944-6
試験登録番号: Japan Registry of Clinical Trials (jRCTs061230001)
【研究成果の内容】
本試験では、ALS患者20人に対し、1日15gのL-アルギニン塩酸塩を連日投与し、安全性および忍容性を評価しました。その結果、以下の点が確認されました。
- 90日間の試験を19人が完了し、1人はALS関連症状の進行により75日目に試験を中止しました(中止率5%)。
- TEAEの発生率は、45日以内に4人(25%)、90日以内に6人(31.6%)でした(高クレアチンキナーゼ血症 3例、肝機能異常 1例、耐糖能異常 1例、高アンモニア血症 1例、血管炎 1例、食欲不振 1例、味覚異常 1例)。いずれのTEAEも重篤ではなく、本試験の中止や死亡に至りませんでした。
- 臨床イベントとして、試験期間中に1人が非侵襲的陽圧換気を導入しましたが、肺炎や胃瘻造設、気管切開下陽圧換気、死亡例はありませんでした。
- L-アルギニン塩酸塩の服薬遵守率は99.7%と高い結果となりました。
- L-アルギニン塩酸塩の投与開始から試験終了までの90日間で、体重やBMIの平均変化は-0.37kg、-0.11kg/m²でした。ALS機能評価スケール(ALSFRS-R)スコア(※3)は平均-1.7ポイント低下しました。体重の変化は筋肉量(p = 0.036)、体脂肪量(p = 0.016)、Mini Nutritional Assessmentスコア(※4)(p = 0.033)と有意に相関しました。介入90日後の血漿および尿中アルギニン濃度、および尿中アルギニン比(90日目/ベースライン)の増加は、体重増加群で体重減少群と比べて有意に高い結果でした(p = 0.020, p = 0.020, p = 0.019)。
今後の展開
本研究の結果を踏まえ、L-アルギニン塩酸塩のALS患者に対する有効性をより詳細に検討するため、大規模な無作為化比較試験(RCT)の実施が求められます。また、栄養状態と神経変性の関係を明らかにするため、バイオマーカーの解析も進める予定です。
参考資料
図:本研究の試験デザイン

用語解説
(※1) L-アルギニン塩酸塩:タンパク質を構成するアミノ酸の一つで、血管拡張や免疫調整、神経保護など多岐にわたる生理的機能を担います。サプリメントや医薬品として利用されます。
(※2) 治療関連有害事象(TEAE): 薬剤や治療の開始後に新たに発生する、または悪化する健康上の問題や副作用を指します。これは、必ずしも治療薬そのものが直接の原因とは限らず、患者の病状の進行や個々の体質、他の薬との相互作用など、さまざまな要因によって引き起こされる可能性があります。
(※3) ALS機能評価スケール(ALSFRS-R)スコア
ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の身体機能を評価する国際的に標準化された指標です。ALSの進行による機能低下を測定し、患者の運動機能や日常生活能力を客観的に数値化するために使用されます。このスコアは、12項目(運動・呼吸・嚥下機能など)で構成され、それぞれ0~4点の5段階で評価されます。
(※4) Mini Nutritional Assessmentスコア
高齢者や慢性疾患の患者の栄養状態を評価するための国際的なスクリーニングツールです。18項目(食事摂取量、体重変化、BMI、身体活動レベルなど)から構成され、スコアによって栄養状態が分類されます(24点以上: 正常な栄養状態、17~23.5点: 栄養不良のリスクあり、17点未満: 栄養不良)。
この研究成果は、日本学術振興会 科学研究費助成事業、日本ALS協会ALS基金による支援および広島大学から論文掲載料の助成を受けて得られたものです。