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【研究成果】広島県世羅郡世羅町において実施した高齢住民対象の肺炎球菌ワクチン接種支援事業を評価し、肺炎死亡率25%低下と罹患率の実態を明らかにしました

本研究成果のポイント

  • 本研究では、国の定期接種化に先駆けて2010年から2015年に実施された、広島県世羅郡世羅町における65歳以上の全住民を対象とした肺炎球菌ワクチン(PPSV23)(※1)接種支援事業の効果を評価しました。
  • ワクチンを接種した高齢者3,422人の大規模コホートを5年間追跡調査した結果、肺炎発生率は1,000人年あたり20.3件(※2)でした。
  • 分割時系列解析(※3)の結果、この接種支援事業は、増加傾向にあった世羅町の肺炎死亡率を減少傾向に転じさせ、肺炎死亡率を25%低下させる効果を示しました。

概要

  • 広島大学 大学院医系科学研究科 分子内科学 服部登教授および、同研究科 疫学・疾病制御学 田中純子前教授(現 広島大学理事・副学長、特任教授)は、公立世羅中央病院、世羅郡医師会と共同で、広島県世羅郡世羅町の65歳以上の全住民を対象とした肺炎球菌ワクチン接種支援ならびに接種後5年間の追跡調査を実施しました。
  • 2010年10月~2015年3月の期間に、町内65歳以上人口の43%に相当する3,422人が肺炎球菌ワクチンを接種しました。接種者の追跡調査では、肺炎発生率が1,000人年あたり20.3件(年2%)と算出されました。
  • 一方、肺炎死亡率については、個人レベルでの分析が困難であったため、人口動態統計年表を用いて評価を実施しました。その結果、増加傾向にあった世羅町の肺炎死亡率は接種支援事業後に減少へ転じ、25%の低下が確認されました。
  • 本研究は、地域社会を基盤として得られた貴重なデータに基づき、高齢者への肺炎球菌ワクチン接種効果に関する疫学的知見を提供するものであり、今後のワクチン政策への貢献が期待されます。
  • この研究成果は「Journal of Epidemiology」誌に掲載されました(2025年5月7日)。
  • 本研究は広島大学から論文掲載料について一部支援を受けています。

発表論文

〇掲載誌:Journal of Epidemiology (Q1. IF: 3.7)

〇論文タイトル:
Association Between Introduction of the 23-valent Pneumococcal Polysaccharide Vaccine (PPSV23) and Pneumonia Incidence and Mortality Among General Older Population in Japan: A Community-Based Study

〇著者名:
Aya Sugiyama,1, 2 Masaaki Kataoka, 3 Kentaro Tokumo,3,4,5 Kanon Abe, 1, 2 Hirohito Imada, 1, 2 Bunlorn Sun,1, 2 Golda Ataa Akuffo,1, 2 Tomoyuki Akita,1, 2 Shingo Fukuma,1, 2 Noboru Hattori,4 and Junko Tanaka1, 2*
1 Department of Epidemiology, Infectious Disease Control and Prevention, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
2 Project Research Center For Epidemiological & Mega-Data Analysis of New Research Area, Hiroshima University, Hiroshima, Japan
3 Sera Central Public Hospital
4 Department of Molecular and Internal Medicine, Graduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University, Hiroshima, Japan 
5 Hiroshima University Hospital, Department of Clinical Oncology
* 責任著者

〇DOI: 10.2188/jea.JE20240285

 

背景

  • 肺炎は、肺に炎症が起きて肺胞(肺の中で酸素と二酸化炭素を交換する部分)に膿や液体がたまる病気で、咳や発熱、呼吸困難などさまざまな症状があります。日本人の死因の第5位であり、年間約7万4,000人が亡くなっており、その約98%は65歳以上の高齢者です(人口動態統計2022より)。肺炎の主な原因は「肺炎球菌」という細菌で、高齢者への肺炎球菌ワクチン接種は、肺炎の予防や死亡率の低下に効果があると期待されています。
  • こうした背景から、日本では2014年に高齢者を対象とした肺炎球菌ワクチンの定期接種制度が始まりましたが、広島県世羅郡世羅町(人口約1万7,000人、高齢化率40%、2015年)では、全国に先駆けて2010年から65歳以上の全住民を対象とした肺炎球菌ワクチン接種支援事業を実施しており、本研究ではその効果を検証しました。

研究成果の内容

  • 世羅町は、2010年10月から2015年3月までの間、肺炎球菌ワクチンを希望する高齢者を募集し、費用の一部を助成する接種支援事業を行いました。接種した人には、接種時とその後5年間にわたり毎年アンケート調査を行い、肺炎にかかったかどうかを確認しました。
  • この事業には、町内の65歳以上のおよそ43%にあたる3,422人(年齢中央値84歳、範囲:70-114歳、女性56.7%)が参加しました。5年間の調査で合計14,559人年の観察を行い、295人が肺炎を発症したことから、接種後の肺炎発生率は、1,000人年あたり20.3件でした。
  • また、人口動態統計を用いて、肺炎による死亡率を分析した結果、世羅町ではワクチン接種支援事業の開始後、肺炎死亡率は25%低下し、それまで増加傾向だった死亡率が減少に転じていることがわかりました。一方、広島県全体や全国では同様の傾向はみられなかったことから、世羅町におけるワクチン導入が肺炎による死亡率の低下に寄与した可能性が示唆されました。
  • 現在、日本の高齢者における肺炎球菌ワクチン接種率は約2割にとどまっています。本研究は、高齢化率40%超の世羅町で約4割の高齢者がワクチンを接種したことによる死亡抑制効果を示した貴重な報告であり、今後、世界的に進む高齢化社会での肺炎対策の参考になることが期待されます。

今後の展開

  • 本接種支援事業は2015年に終了しており、今回の効果検証をもって事業の評価を完了しました。本研究の成果は、高齢者の肺炎対策を模索する世界各国・地域において、今後の政策立案や効果的な介入策の検討に役立つ重要な知見となることが期待されます。

図1.年齢・性別・BMI(Body Mass Index:体格の指標)・喫煙歴・呼吸器疾患有無・PS(Performance status: 日常生活の自立度)別にみた肺炎球菌ワクチン接種後の肺炎罹患率

図2.世羅町、広島県、全国における全死因死亡率と肺炎死亡率の推移
2000-2009年(ワクチン導入前)のデータに基づく将来予測値と実測値との比較

図3.肺炎球菌ワクチン接種支援事業が肺炎死亡率に与えたインパクトについて
分割時系列解析を用いて定量的に評価
 

用語解説

  1. 肺炎球菌ワクチン(PPSV23)
    肺炎の原因となる細菌「肺炎球菌」による感染を防ぐためのワクチンです。特に高齢者では肺炎が重症化しやすいため、予防が重要とされています。「PPSV23」は、23種類の肺炎球菌に対応しているワクチンで、日本では主に65歳以上の方が接種の対象となっています。
     
  2. 1,000人年あたり20.3件
    人×年の合計が1,000となる単位を「1,000人年あたり」をいいます。本研究では人によって観察期間が異なるため、この単位を使用しています。
     
  3. 分割時系列解析
    ある出来事や対策の前後で、時間の経過とともにデータがどのように変化したかを調べる方法です。今回の研究では、肺炎球菌ワクチンの接種支援事業が始まる前と後で、肺炎による死亡率がどう変わったかを分析するために用いました。

 

※広島県世羅郡世羅町:広島県の中東部に位置する人口17,000人の町。豊かな自然を活かした農業が盛んで、季節ごとに果物狩りが楽しめる観光農園やワイナリーが人気を集めている。

【お問い合わせ先】

広島県世羅郡世羅町における65歳以上の全住民を対象とした肺炎球菌ワクチン接種支援事業に関するお問い合わせ:
大学院医系科学研究科 分子内科学 服部登教授
Tel:082-257-5195 FAX:082-255-7360
E-mail:nhattori@hiroshima-u.ac.jp

解析結果に関するお問い合わせ:
大学院医系科学研究科 疫学・疾病制御学 杉山文講師
Tel:082-257-5162 FAX:082-257-5164
E-mail:epi@hiroshima-u.ac.jp


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