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【研究成果】宇宙の結び目が物質の起源?:トポロジーと宇宙誕生の謎

本研究成果のポイント

  • 我々の宇宙では物質が反物質よりも多いことがわかっているが、その理由は不明
  • 宇宙創生期の高温の宇宙において、温度が下がると対称性が失われ宇宙ひもと呼ばれるひも状の欠陥構造の結び目が形成されることを世界で初めて示した
  • この結び目の崩壊により物質が反物質よりも多く生成され得ること、また将来の重力波観測により検証できることを解明した
     

概要

 我々の宇宙は物質が占めていて、反物質がほとんど存在しないということが知られています。物質と反物質は電荷以外の性質がすべて同じで、宇宙創生のビッグバンで生じる両者の量に違いはないはずなので、なぜ反物質が消えてしまったのかは長い間謎でした。素粒子物理学では、138億年前に誕生して間もない高温の火の玉宇宙が膨張し冷えていく過程で、対称性の自発的破れ解説1と呼ばれる現象が何度も起こったと考えられています。その際、宇宙ひも解説2と呼ばれるひも状の欠陥構造とそれらが複雑に絡み合ったネットワークが形成された可能性が指摘されています。広島大学持続可能性に寄与するキラルノット超物質拠点(WPI-SKCM2)の新田宗土特任教授(慶應義塾大学教授)、衛藤稔Affiliate member(山形大学教授)の研究チームは、ドイツ電子シンクロトロンの濱田佑博士との共同研究で、素粒子物理学における仮説上の素粒子(アクシオン解説3と右巻きニュートリノ解説4)の存在を考えることで、宇宙ひもが非自明なトポロジー解説5を持った結び目解説6を形成し、それが量子異常解説7と呼ばれる効果により安定して存在することを初めて発見しました。結び目は2種類のひもが絡まってできた安定な物体ですが、量子力学的トンネル効果解説8によって崩壊してしまいます。このとき物質と反物質の両方が生成されますが、物質の方が反物質よりもわずかに多く生成され、現在の宇宙の物質-反物質の非対称性を説明できることを示しました。また、結び目の存在が宇宙初期からやってきた重力波解説9の波形に影響するため、このシナリオが重力波観測を用いて間接的に検証できることも明らかにしました。

掲載論文:Tying Knots in Particle Physics, Minoru Eto, Yu Hamada, Muneto Nitta, Physical Review Letters 135, 091603 (2025), https://doi.org/10.1103/s3vd-brsn(2025年8月29日掲載)

 

背景

 19世紀の物理学者ケルヴィン卿(Lord Kelvin)は、当時仮定されていた「エーテル」という媒質の中にできる渦の結び目こそが原子の正体であるという、「結び目原子説」を唱えました。後にエーテルの存在は実験的に否定され、原子は素粒子から成ることが明らかになりましたが、「結び目(ノット)というトポロジー的構造が自然界で重要な役割を果たし得る」という着想は、現代数学におけるトポロジーの一分野である、結び目理論の誕生につながり、現代物理学においても様々な分野(流体・凝縮系・物理数学など)で発展してきました。
 現代の素粒子物理学では、物質を構成する基本粒子や相互作用は「標準理論」により高い精度で記述されていますが、それでも暗黒物質の正体、ニュートリノの質量、インフレーションの起源、そして物質・反物質の非対称性といった重要な謎には答えることができません。とりわけ、物質と反物質が完全に対称に生成されていたならば、互いに対消滅し、星も銀河も存在し得なかったと考えられています。したがってこの非対称性は、私たちの宇宙が“なぜ存在するのか”という根本的な問いと直結しています。これらのような根本的問題に取り組むために、標準理論を拡張するさまざまな理論が提案されてきました。なかには、宇宙初期の極めて高温な環境で、物理法則の“対称性”が自発的に破れることで、「宇宙ひも」と呼ばれるひも状の構造が形成される可能性が示されています。
 本研究では、こうした理論的背景に基づき、宇宙ひもが複雑に絡まりあって「結び目」を形成し、それが宇宙に長時間存在し続けること、さらに我々の宇宙の物質の起源となる可能性に着目しました。
 

研究成果の内容

 本研究では、素粒子物理の拡張理論に基づいて、宇宙初期の極限的な環境下で対称性が自発的に破れることにより、「宇宙ひも」と呼ばれる一次元的な欠陥構造が形成され、それらが絡まり合ってトポロジー的に非自明な“結び目”構造を自然に生じることを、世界で初めて理論的に明らかにしました。
 この結び目は、形成された直後には宇宙全体のエネルギーに対してごくわずかしか存在しませんが、安定に存在し得る構造であるため宇宙に長時間残り続けます。すると、宇宙の温度が冷えていくにつれて結び目のエネルギーが相対的に多くなるので、どこかのタイミングで結び目が宇宙の主要な成分となってしまいます。これを我々は「結び目優勢期」と呼んでいます(図1、2)。
 諸行無常、いずれ結び目は量子力学的なトンネル効果により崩壊し、「結び目優勢期」は終わりを迎えます。私たちは、この結び目の崩壊過程において物質が反物質より多く生成されることを示しました。これは、現代宇宙において物質が圧倒的に優勢である理由を自然に説明する新しいメカニズムとなり得ます。
 さらに、こうした「結び目優勢期」の存在は、宇宙初期に放たれた「重力波」の波形に痕跡を残している可能性があります。特に本研究では、宇宙ひもそのものが放射する重力波のスペクトラム(波形)が、結び目の存在によって傾くことを理論的に示し、これが欧州宇宙機関が推進するLaser Interferometer Space Antenna(LISA)や米国のCosmic Explorer、国内のDECIGO計画といった将来の重力波観測計画によって検証可能であることを明らかにしました(図3)。
 このように、19世紀の結び目原子説が描いた“トポロジー構造としての物質”という思想は、現代の素粒子物理と宇宙論の交差点で新たな物理的意味を持ちつつあります。
 

今後の展開

 本研究は、素粒子物理、宇宙論、数学という異なる分野を融合し、宇宙の物質の起源に対して全く新しい視点を提供するものです。今後は、より現実的な理論モデルの構築と数値シミュレーションを通じて、結び目構造の形成確率や崩壊過程の詳細、さらには重力波信号の予測精度を高める研究が進むことが期待されます。
 また、近い将来に予定されているLISA、Cosmic Explorer、DECIGO計画の重力波観測計画が稼働すれば、こうした理論が実際の観測データによって検証される日も近いと考えられます。結び目というトポロジー的な構造が、宇宙の成り立ちに本質的に関与していたという可能性は、私たちの宇宙観に新たな一章を加えることになるでしょう。
 

発表者・研究者等情報

広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)
 衛藤 稔 Affiliate Member  
  山形大学 理学部・教授
  慶應義塾大学 自然科学研究教育センター・訪問研究員
ドイツ電子シンクロトロン(DESY)
 濱田 佑 日本学術振興会海外特別研究員
  慶應義塾大学 自然科学研究教育センター・訪問研究員
広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2)
 新田 宗土 Visiting Professor
  慶應義塾大学 日吉物理学教室(商学部)・教授、自然科学研究教育センター・所員
  広島大学・特任教授
 

参考資料

図1:結び目優勢期を伴った宇宙の歴史の概略図。

図2:本研究で発見した結び目のパターンの3次元図

図3:宇宙ひもから放射された重力波スペクトラム。結び目が無い場合のスペクトラム(赤点線)が結び目の存在により影響を受ける(青・オレンジ・緑の実線)。

用語解説

解説1対称性の自発的破れ:ノーベル賞受賞者の南部陽一郎博士らが明らかにした現象で、物理的対象がもともと持っていた対称性が、エネルギーが下がるにつれて失われてしまうことです。例えばあなたが無限に広いプールの水に入ってどの方向を向いても違いが存在しませんが、これは360°の回転対称性がある状態といえます。一方で、温度が冷えてできた完璧な氷の結晶は特定の向きと形を持つため、回転対称性が破れて(存在しなくなって)います。138億年前の超高温だった火の玉宇宙でも、温度が徐々に冷えていくにつれて素粒子の性質に関連した対称性の自発的破れが起きたと考えられています。

解説2宇宙ひも:宇宙ひもは、初期宇宙における相転移の際に形成されたと考えられる一次元のトポロジカル欠陥です。これは対称性の自発的破れに伴って生じる位相欠陥の一種で、先程の氷の例で言うと、綺麗に結晶にならなかった際に生じる割れ目(ひずみ)に相当し、トポロジーの性質をもつために安定に存在することができます。とても細いにもかかわらず非常に大きなエネルギー密度をもっており、独特の重力レンズ効果を引き起こしたり、振動により重力波を放出すると予測されており、観測的検証の対象となっています。素粒子物理における対称性の破れと密接に結びつき、宇宙初期の物理や新しい理論の検証手段として重要な役割を担っています。

解説3アクシオン:アクシオンは、宇宙の謎を解くかもしれない仮想的な粒子です。もともとは素粒子標準理論における「強い相互作用でCP対称性が破れないのはなぜか」という問題を説明するために提案されました。興味深いことに、アクシオンが存在すれば、宇宙の大部分を占める「ダークマター」の正体になり得ると考えられています。非常に軽く、普通の物質とほとんど相互作用しないため、まだ直接観測されていませんが、世界中の研究者が特殊な実験装置や宇宙観測を通じて探索を続けています。アクシオンの発見は、宇宙の成り立ちや未解決の物理法則を理解する大きな手がかりとなる可能性があります。

解説4右巻きニュートリノ:右巻きというのは粒子が持つスピンの向きを表します。素粒子標準理論には左巻きのニュートリノが存在しますが、これらは理論上では質量を持たないはずなのにニュートリノ振動(2015年梶田隆章教授らがノーベル物理学賞)により質量を持つことが明らかにされています。右巻きニュートリノは左巻きのニュートリノのパートナーとなる仮想的な粒子で、左巻きのニュートリノに自然に質量を与える役割を担っています。特に、シーソー機構と呼ばれる機構により、右巻きニュートリノが重ければ重いほど左巻きのニュートリノが軽くなることが知られていて、1 eV以下(電子の10の6乗分の1)という極めて軽い質量を自然に説明することができます。また右巻きニュートリノは大統一理論の枠組みで自然に現れることや、物質と反物質の非対称性を説明するのに有用であることなどから、多くの素粒子物理学者によってさかんに研究されています。本研究では特に対称性の自発的破れによって右巻きニュートリノが重い質量を獲得する場合を考えています。

解説5トポロジー:数学で発見された概念で、トポロジーは空間や物体が連続的に変形しても変わらない性質を表します。トポロジーを表す有名な例として、「穴の空いたドーナツ」と「持ち手のついたマグカップ」の形状がトポロジーとして同じものであることが知られています。飲む・食べるといった機能性を忘れて、ドーナツとマグカップはひもで吊るせるという同じ性質を持っています。つまり「形状」だけに着目すると、ドーナツを連続的に変形していってマグカップに変えることができるし、逆方向の変形も可能なので、両者は穴がひとつ空いているという意味で同じです。

解説6結び目:結び目理論でいう「結び目」とは、ひもを切らずに空間の中で輪を作り、絡ませた形のことです。日常のひもの結び目と違い、端がない輪なのでほどけるかどうかは形そのものに依存します。この形を数学的に分類・研究するのが結び目理論です。ここでは宇宙ひもと呼ばれる紐状の物体が非自明に絡まり合ったりしてできた配位を指します。

解説7量子異常:ミクロな世界で粒子は点としての性質だけではなく波の性質もあわせもちます。これらは量子力学という法則に従うことが知られています。量子異常とは、古典物理学に存在する対称性が、量子力学の世界では対称性ではなくなってしまう現象で、素粒子物理学や宇宙論の基礎に深く関わり、現代物理学の重要な柱の一つとなっています。クォークやレプトンなどのフェルミオンと呼ばれる素粒子の存在に深く関係する現象で、実験的にも確認されています。代表的な例は「π⁰中間子の崩壊」で、これは量子異常がなければ説明できません。

解説8量子力学的トンネル効果:量子力学においては、全てのものは位置が定まらず確率的に揺らいでいるとみなされます。これにより、本来なら通り抜けることができない場所も、ある確率で通り抜けることができます。これをトンネル効果と呼びます。

解説9重力波:アインシュタインが提唱した相対性理論においては重力とは時空のゆがみとして解釈されます。この時空のゆがみがさざ波のように伝わっていく現象を重力波と呼びます。重力波はブラックホールなど重い天体の運動から発生することが知られていますが、遥か昔の宇宙においても様々な現象が重力波を発生させると考えられています。重力波は物質などで遮られることなく現在の我々に届くので、昔の宇宙について知ることができる強力な手がかりとなります。欧州宇宙機関が2030年代に打ち上げを予定しているLaser Interferometer Space Antenna (LISA)では重力波観測によって我々の宇宙の謎に迫ることができると大いに期待されています。

 

【お問い合わせ先】

<研究に関すること>
広島大学 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所(WPI-SKCM2
特任教授 新田 宗土
TEL:045-566-1321
E-mail:nitta*phys-h.keio.ac.jp

ドイツ電子シンクロトロン(DESY)
日本学術振興会 海外特別研究員 濱田佑
E-mail:yu.hamada*desy.de

山形大学 理学部
教授 衛藤 稔
E-mail:meto*sci.kj.yamagata-u.ac.jp

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山形大学 秘書広報室
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