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【研究成果】液体の水の比熱異常の起源を実験で初めて特定~広範囲の温度圧力領域に存在していた「ゆらぎ」~

本研究成果のポイント

  • 1:液体の水は融点近傍で異常に大きな比熱を有するが、その起源やメカニズムはよく分かっていない。
  • 2:液体中の「ゆらぎ」(※1)の強度を測定する新たな実験コンセプトを考案し、液体の水のゆらぎ測定を行った。測定されたゆらぎ強度は常温常圧付近で比熱の変化と連動しており、このゆらぎが水の比熱異常の起源であることが特定された。
  • 3:測定されたゆらぎは、過冷却域に存在するとされている液体-液体相転移(※2)に伴う臨界ゆらぎと判断できる。その影響は過冷却域のみに限定されていると考えられてきたが、非常に広範囲の温度圧力領域に存在していることが明らかになった。

 

概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科の梶原行夫助教は、同研究科の乾雅祝教授、熊本大学大学院先端科学研究部の松田和博教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の筒井智嗣主幹研究員、理研放射光科学センター/JASRIの石川大介研究員、アルフレッド=バロン・グループディレクターらと共同で、音波を利用して液体中の「ゆらぎ」(※1)の強度を測定する新たな実験コンセプトを考案し(図1)、液体の水のゆらぎ測定を大型放射光施設SPring-8(※3)で行いました。その結果、水のゆらぎは実に広範囲の温度圧力領域に存在していることが初めて明らかになりました。特に常温常圧付近でこのゆらぎ強度は比熱の変化と連動しており、今回観測されたゆらぎが比熱異常の起源であることが初めて実験的に特定できました。水の異常性を説明する仮説として、過冷却域に液体-液体相転移(LLT)(※2)の存在を仮定するLLTシナリオ[1,2]が提唱されていますが、観測された今回のゆらぎはこれに対応する臨界ゆらぎと考えられ、シナリオを強く支持する実験結果と言えます。
 最も普遍的な液体である水の比熱が基礎・応用の両面で重要であることは言うまでもなく、その起源が特定されたことは非常に価値が高いと言えます。またこのゆらぎ測定を利用することで、今後水以外の液体研究にも新たな展開が期待できます。
 本研究成果は、2023年2月16日に、「Physical Review Research」に掲載されました。

 

発表内容

【背景】
 水はもっとも身近にある普通の液体です。しかし研究的な観点からすると、氷が水に浮く(固体の方が液体より軽い)、比熱が異常に大きい、温度変化に対して密度や音速がそれぞれ4℃、80℃で極大を示すなど、他の液体とは大きく異なる熱力学的性質を有した特異な液体です。このような水の異常性を説明する仮説の中で現在最も有力なものはLLTシナリオです。過冷却域にLLTが存在し、それに伴う臨界ゆらぎが常温常圧付近の熱力学的性質に影響を与えているというものです。近年になり、このLLT由来と考えられる「密度ゆらぎ」の存在が実験によって明らかにされました[3]が、その影響が過冷却域にしか見られないことが問題となっています。
 このような状況で我々は、音波で検知できる別の「ゆらぎ」に着目しました。そして周波数の大きく異なる二つの音速測定手法(ここでは非弾性X線散乱法(IXS)と超音波法(US))を組み合わせることで、液体中に存在するゆらぎの強度を測定する実験コンセプトを考案しました(図1)。密度ゆらぎだけではなく、音波で検知できるゆらぎの観点から水の異常性の議論を深めることを目指し、広範囲の温度圧力領域の水のIXS測定をSPring-8で行うことにしました。

【研究成果の内容】
 常温常圧付近から500℃、600気圧までの温度圧力領域(図2)で水のIXS測定をSPring-8のBL35XUで行いました。本実験から得られた高周波音速を、US測定から得られた低周波音速(文献値)と比較することで、ゆらぎ強度Sfが抽出できます(図3)。Sfは顕著な2つの増大を見せ、ゆらぎの起源が二つ存在することが判明しました。高温域(300度以上)のものは液体-気体相転移(LGT)臨界密度線(~420度)で極大を示しており、LGT臨界ゆらぎであることが分かります。またSfの変化は定積比熱CVの変化と連動しており、この領域における比熱増大の起源がLGT臨界ゆらぎであることも検証できています。なおLGT臨界ゆらぎが比熱を増大させることは、統計力学の教科書にも記述されている基本的な概念です。一方低温域(300度以下)のSfの変化もCVの変化と連動しており、融点近傍の異常に大きな比熱の起源が、今回測定された「ゆらぎ」であることが特定されました。このゆらぎは、過冷却域に存在するとされているLLTに由来するものと判断してよいと言えます。これまで密度ゆらぎの測定結果などを元に、LLT臨界ゆらぎの影響は過冷却域に限定されていると考えられてきましたが、300℃付近の高温域にまで広がっていることが初めて明らかになりました。実はLLTに伴う密度ゆらぎは非常に小さく、LLT臨界ゆらぎの影響を理解するには必ずしもよいパラメータではなかったことが判明しました。

【今後の展開】
 比熱の起源が特定できたことにより、これまで未解明であった液体の水の理解が大幅に進展することになります。またこのようなゆらぎに着目することで、今後液体の熱力学研究に新たな展開が拓けると期待できます。

論文情報

  • 掲載誌:Physical Review Research(米国物理学会)
  • 論文タイトル:”Experimental observation of mesoscopic fluctuations to identify origin of thermodynamic anomalies of ambient liquid water”
  • (「液体の水の熱力学異常の起源を特定するメゾスコピックゆらぎの実験的観測」)
  • 著者:Yukio Kajihara, Masanori Inui, Kazuhiro Matsuda, Daisuke Ishikawa, Satoshi Tsutsui, A.Q.R. Baron
    DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevResearch.5.013120

語句解説

(※1)「ゆらぎ」
 なんらかの物理量が、時間空間的に変動している状態を「ゆらぎ」と呼ぶ。一般的に相転移が存在する場合、その近傍の温度圧力領域ではメゾスコピックレベル(原子・分子よりも大きな時間空間サイズ)の「臨界ゆらぎ」が発生するとされている。例えば液体-気体相転移の近傍領域では、密度ゆらぎ(粒子の空間的な不均質性)が非常に大きくなることが知られており、小角散乱法で測定できる。だがこれは「静的ゆらぎ」であり、そのような粒子が集団的にどのように動いているかという「動的ゆらぎ」も重要である。今回音波を利用してこの強度を測定する実験コンセプトを考案。

(※2)液体-液体相転移(LLT)
 液体が気体に相転移(変化)するように、ある液体構造相が別の液体構造相へと相転移を起こすという概念。概念自体は古くから存在するが、1990年代に水の異常性を説明する仮説で使用されたこと、また2000年代初めに液体のリンで不連続なLLTが起こることが実験的に立証されたことで、注目を浴びている。液体の水の場合、不連続なLLTは実験的に観測されておらず、仮説の立証には至っていない。

(※3)大型放射光施設SPring-8
 強力なX線を発生する第3世代放射光施設で、兵庫県にある。1997年から利用開始。IXSはこの「第3世代」で初めて可能になった実験手法。

【参考資料】日本語の解説記事

[1] 三島修、高圧力の科学と技術17 (2007) 352
[2] 梶原行夫、高圧力の科学と技術26 (2016) 288
[3] SPring-8/SACLAプレスリリース:
「水に特有の物理的特性の起源を解明 -液-液相転移の臨界点を実証-」
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2018/180110/

研究サポート

科研費:20244061, 20K03789、SPring-8実験課題番号:2008B1108

【図1】「ゆらぎ」強度測定法の原理図。超音波(US)のように十分遅い周波数とIXSのように十分高い周波数とを組み合わせ、ゆらぎの強度Sfを抽出する。

【図2(左)】水のゆらぎ(IXS)測定の温度圧力条件とLGT、LLT臨界ゆらぎの広がりの概念図。

【図3(右)】今回測定した(a)ゆらぎ強度Sfと、文献値の(b)比熱Cv、(c)密度ゆらぎ強度S(0)の温度依存性。高温域(>300度)ではLGT臨界ゆらぎの影響でSf、Cv、S(0)が全て極大を示す。一方低温域(<300度)ではLLT臨界ゆらぎの影響でSfとCvが連動して増大している。ただしLLTのS(0)への影響は小さく、LGTの約100分の1しかない。

【お問い合わせ先】

 大学院先進理工系科学研究科/総合科学部 助教 梶原行夫
 Tel:082-424-6555 FAX:082-424-0757
 E-mail:kajihara*hiroshima-u.ac.jp

 (注: *は半角@に置き換えてください)


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