<研究に関すること>
広島大学 大学院統合生命科学研究科 助教 信澤 岳
Tel:082-424-7548
E-mail:nobusawa@hiroshima-u.ac.jp
九州工業大学 大学院情報工学研究院 教授 岡本 卓
E-mail:okamoto@phys.kyutech.ac.jp
本研究成果のポイント
- ソテツ類の一種、ヒメオニソテツの葉が、「青色」に見える理由を解明しました。
- 青色に見えるのは、葉の表層に存在する直径0.1マイクロメートルほどの微細なワックス結晶による「構造色 (※1)」と、葉緑素を多く持つことによる濃緑色の光合成組織が存在することによる光の散乱抑制との相乗効果であることがわかりました。
- ヒメオニソテツが作り出すワックス結晶(※2)は、青色だけでなく紫外線も強く反射する特性を持つこともわかり、それらをヒントに新素材開発の一助になる期待もあります。
概要
広島大学 大学院統合生命科学研究科 信澤 岳 助教と草場 信 教授、九州工業大学 大学院情報工学研究院 岡本 卓 教授、高知大学 教育研究部自然科学系農学部門 中野 道治 准教授は、南アフリカ原産のソテツ類の一種、ヒメオニソテツの葉が「青色」に見える理由を実験的手法と光の挙動のコンピューターシミュレーションを用いて科学的に説明することに成功しました。生物学と物理工学との異分野融合的研究の成果でもあります。同ソテツの葉表面のワックス結晶は、青色のみならず紫外線も強く反射する特性を持つこともわかり、生物模倣的アプローチ(※3)による素材開発の一助になる期待もあります。
研究成果は、英国の科学誌Journal of Experimental Botanyに2025年5月14日(日本時間)、掲載されました。
論文情報
タイトル: Structural Coloration and Epicuticular Wax Properties of the Distinctive Glaucous Leaves of Encephalartos horridus
著者:信澤 岳(広島大学 大学院統合生命科学研究科、筆頭著者、責任著者)
岡本 卓(九州工業大学 大学院情報工学研究院)
中野 道治(高知大学 教育研究部自然科学系農学部門)
草場 信(広島大学 大学院統合生命科学研究科)
掲載誌:Journal of Experimental Botany
DOI: 10.1093/jxb/eraf115
背景
本研究で着目した南アフリカの乾燥地帯原産のヒメオニソテツ(Encephalartos horridus、右図)というソテツ類の一種は、特徴的な青色の葉を持つことで知られ、英語ではEastern Cape Blue Cycad(“東ケープ青ソテツ”の意味)とも呼ばれています。同種は乱獲により絶滅危惧種(レッドリストEN)(※4)として記載されるとともに、ワシントン条約により国際取引が規制されるなど貴重な植物種です。美しい青色の葉は愛好家のみならず目を奪われるものがありますが、その一方で、特に青色の色素を持っているわけでもない同種の葉が「なぜ青色に見えるのか?」という素朴な疑問に対する科学的な答えは、これまでになされていませんでした。
研究成果の内容
植物の地上部の表面は、表層脂質と呼ばれるバリア成分によってコーティングされており、乾燥をはじめとするさまざまな環境ストレスから守られています。さらに、植物種によっては結晶化した表層脂質である「ワックス結晶」を持ち、ヒメオニソテツ葉の表面にもワックス結晶が多量に存在しています。ヒメオニソテツのワックス結晶を指でかるくなぞって落とすと、青色が消えて濃い緑色が現れます(ページ下部「参考資料」黄色の矢頭部分)。
また、葉の反射スペクトル(※5)を取得したところ、ワックス結晶があるときにだけ、紫外から青色光を中心とした強い反射を持つことがわかりました。したがって、青色に見える手がかりのひとつは、葉の表面に多量に分泌されてくるワックス結晶にあると考えられます。
ヒメオニソテツのワックス結晶について脂質分析を入念に行ったところ、nonacosan-10-ol(※6)を主体としていることがわかりました。ワックス結晶を構成する脂質分子の種類ごとに生じる結晶の形状は異なりますが、nonacosan-10-olは直径0.1マイクロメートルほどの円柱状の結晶形状を取ることが知られている分子です。走査型電子顕微鏡(※7)を用いた観察からも、ヒメオニソテツの持つワックス結晶は0.1 マイクロメートル前後の微細形状を持つことが確かめられました。したがって、青色はワックス結晶の形状による「構造色(※1)」として説明することができます。
ところが、ワックス結晶を壊さずに葉の表面のみをそっと剥がしとっても、青色に見えなくなってしまいます。その一方で、その剥がし取った表面をもう一度濃い緑色の背景に密着させると、再び元の青色が現れます。ただし、薄い黄緑色の背景に密着させても、青色にはなりません。そこで、この現象をモンテカルロ・マルチレイヤー・シミュレーション(※8)を用いて検証したところ、青色に見えるのは、葉の表層に存在する直径0.1マイクロメートルほどの微細なワックス結晶による「構造色」が存在することに加えて、葉緑素を多く持つことによる濃緑色の光合成組織が下地として存在することによる「光の散乱抑制」との相乗効果であることがわかりました。
今後の展開
今回「なぜヒメオニソテツの葉は青色に見えるのか?」という、素朴ですが誰も説明できていなかった疑問への答えを科学的に与えることができました。生物学と物理工学分野の異分野共同研究の成果でもあり、生物模倣(バイオミメティクス)(※3)による新規素材開発を進める上での一助となる期待もあります。
また、ソテツ(裸子植物)の表層脂質は、多くの被子植物のものとは異なる分子組成を持っていることがはっきりとしました。今回の研究では青色に見える理由に加えて、同ソテツが多量の表層脂質を合成して分泌するのにかかわる遺伝子セットも特定できています。nonacosan-10-olの生合成経路はまだ明らかになっていないため、研究を進めていきたいと考えています。
用語解説
※1 構造色
色素がなくても物体の微細な構造によって生じる色のことです。例えば、モルフォ蝶の羽の青色やシャボン玉の虹色が挙げられます。光が物体の表面の極小構造と相互作用することで一部の色が強調され、特定の色として見えることになります。
※2 ワックス結晶
植物種によっては、表面に表層脂質(ワックス)が結晶化したものを持ちます。植物表
面に撥水性を生じさせるなどの役割があります。
※3 生物模倣(バイオミメティクス)
生物が持つ優れた構造や機能をヒントに、新しい技術や製品を開発することを指します。
例えば、モルフォ蝶の羽が持つ微細なナノ構造に着想を得て、色素を使わずにナノ構造で色を作り出す技術が生まれました。この技術により、色が長持ちし、環境負担を削減できる新しい印刷方法が実現するなどの例があります。
※4 レッドリスト
国際自然保護連合(IUCN)が作成する「レッドリスト」は、生物の絶滅リスクを評価したリストです。EN(Endangered)はその中でも「危急種」とされるカテゴリで、野生での個体数が大幅に減少して絶滅の危険性が高いと判断された生物が分類されます。例えばENにはマウンテンゴリラが含まれます。
※5 反射スペクトル
物体ごとにどの色の光(波長)を効率的に吸収・反射するかが異なります。測定対象に異なる波長の光を順に照射し、どの波長の光をどのくらい反射するかを細かく調べることで、反射スペクトルが取得できます。
※6 nonacosan-10-ol
植物の表面に存在するワックス成分の一種であり、特にソテツ類など一部の植物において見られます。微細な結晶形状をつくることが知られている分子ですが、どのように合成されるかはまだわかっていません。
※7 走査型電子顕微鏡
電子を使って試料の表面を高倍率・高解像度で観察する装置です。
※8 モンテカルロ・マルチレイヤー・シミュレーション
(MCML: Monte Carlo Multi-Layer simulation)
光が層構造を持つ物質(皮膚など)に当たったとき、どのように反射・吸収されるかを計算する方法です。例えば、皮膚に化粧品を塗ったときの色の変化をパラメーターを変えてシミュレーションできます。本研究では植物の葉で利用し、青色がどのように生まれるかを20億個の光子をコンピュータ上で追跡することで再現しました。
補足情報
ヒメオニソテツは、株式会社サタケ 佐竹 利彦 博士より寄贈いただいた株を用いました。また、関連する研究助成は次のとおりです。科学研究費補助金:21K06231、24K09489;中辻創智社 研究助成金。
参考資料

ヒメオニソテツ。隣に見える別のソテツ類(Dioonedule)の葉は一般的な植物同様に緑色に見える。
また、中央部に見える新しい葉は、まだ青く見えない。

ヒメオニソテツのワックス結晶を指でかるくなぞって落とすと、青色が消えて濃い緑色が現れます(黄色の矢頭部分)