広島大学 大学院先進理工系科学研究科 助教 湊 拓生(みなと たくお)
Tel:082-424-7605
E-mail:tminato*hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き換えてください。)
本研究成果のポイント
- 前駆体(1)(出発点)の構造を保ったまま、「分子→棒→シート」という段階的な酸化物の合成(2)が可能に
- 従来のα-MoO3(3)と異なり、反応性の高い(100)面(4)が主な面となるα-MoO3
- 世界で初めてミクロ孔(5)を持つα-MoO3の合成に成功
- 大きな比表面積(6)や配位不飽和点(7)を利用した高い酸触媒(8)特性
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科の湊拓生助教と定金正洋教授を中心とする研究グループは、前駆体構造を保持したまま0次元の分子を繋げて1次元棒状構造を作り、棒を並べて2次元シート状酸化物を作る、という新しい酸化物逐次合成法の開発に成功しました(図1)。本研究成果を応用することによって準安定な酸化物を設計することが可能となるため、細孔構造や露出面などを精密に制御した材料開発を行うことが期待されます。本論文はAngewandte Chemie International Edition誌のHot Paperに選ばれ、Wiley-VCH社のHot Topic: Crystal Engineeringでも紹介されました。

図1:前駆体構造を保持したまま酸化物の次元性を増加させる合成手法の模式図。灰色の球は、0次元の分子やクラスターの前駆体構造を示す。
背景
0次元の金属塩やクラスターを用いて、水熱反応や固相反応により2次元や3次元構造を持つ酸化物を合成する場合、前駆体の分解/再構築反応が起きるため、前駆体の構造を保持したまま生成物の次元性を制御することはこれまで極めて困難でした。Mo酸化物の構造は多様な次元性を持つことが知られており、α-MoO3は2次元シート状構造を有しています。α-MoO3の合成においても前駆体構造は保持できないため、一般的に熱力学的に安定な(010)面が主な面となる構造が生成します。また、従来のα-MoO3は低比表面積でミクロ孔はもたず、触媒として重量当たりの活性が低いことが問題でした。
研究成果の内容
本研究では0次元と見做せる[Mo2O5(H2O)6]2+に着目し、分子の端に有機小分子をキャップさせて縮合(9)させることにより分子構造を保持したまま1次元鎖状構造[Mo2O6(C3H7NO)]nを合成することに成功しました(図2)。さらに1次元鎖状化合物を空気中で焼成(10)することで有機小分子が脱離し、鎖状構造を保持したまま縮合反応を行うことが可能となりました。結果的に得られた2次元シート状酸化物α-MoO3は従来のα-MoO3とは異なり、反応性の高い(100)面が多く露出している構造であることを見出しました(図2)。本研究で合成したα-MoO3はミクロ孔や大きな比表面積を有し、酸触媒として高い活性を示すことも明らかにしました。

図2:本研究における前駆体構造を保持した逐次的なα-MoO3合成。
今後の展開
合成前駆体の構造設計により酸化物の次元性や構造、露出面を制御可能という新しい合成戦略を様々な酸化物合成に応用することにより、高性能・高機能な触媒材料や電極材料の創製が可能になると期待されます。また、膨大な研究例があるシンプルな構造の酸化物(本研究ではα-MoO3)においても、構造の次元性に着目して合成戦略を見直すことにより、新しい物性・機能が見出されることを実証することができました。したがって、酸化物合成の基礎研究としても重要な視点を提供できると考えられます。
論文情報
論文題目:A Structure-Preserving, Dimensionality-Increasing Strategy for the Stepwise Synthesis of Microporous α-MoO3 with a Broad (100) Surface
著者名:Takuo Minato,1* Misato Miyamoto,1 Satoshi Ishikawa,2 Norihito Hiyoshi,3 Makoto Maeda,4 Kenji Komaguchi,1 Masahiro Sadakane1
1. 広島大学大学院先進理工系科学研究科
2. 神奈川大学工学部(現在の所属は東京科学大学総合研究院フロンティア材料研究所)
3. 産業技術総合研究所化学プロセス研究部門
4. 広島大学自然科学研究支援開発センター
* 責任著者
掲載誌:Angewandte Chemie International Edition
DOI:10.1002/anie.202506758
※ 論文は6月18日に公開されました。オープンアクセスとなっているため、どなたでも無料でご覧になれます。
※ 本研究は科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR23Q9)、日本学術振興会科研費(JP21K20559, JP22K14693)、学術変革領域研究(A)「超セラミックス」、文部科学省卓越研究員事業(JPMXS0320200400)、豊田理研スカラー制度の助成を受けて行われました。また、広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
※ 特許出願済み。
用語解説
(1)前駆体(ぜんくたい)
材料をつくる元になる物質。化学反応を通じて、最終的な生成物を得る「出発点」となる原料のこと。
(2)酸化物の次元性
酸化物は金属–酸素の結合が連なることにより形成されている。この結合の連なりは多くの場合3次元的に広がっているが、組成に応じて2次元的なシート状構造が積層した酸化物や1次元的な棒状構造が束となった酸化物、さらに0次元的な点と見做せる小さな分子状酸化物など様々な次元性を持った構造の存在が知られている。
(3)α-MoO3
モリブデンと酸素からなる酸化物の一種。αは結晶のタイプを示す。電極材料や触媒材料として注目されている。
(4)(100)面・(010)面
ミラー指数という結晶の表面の向きを示す指数。α-MoO3の場合、どの面が広く露出しているかで触媒反応のしやすさ(反応性)が変わる。
・(100)面:今回の研究で多く露出している反応性の高い面
・(010)面:安定で一般的に観測される反応性の低い面
(5)ミクロ孔(みくろこう)
直径が2ナノメートル(1ナノメートル=10億分の1メートル)以下の、非常に小さな穴。今回の研究では2次元のシート一枚分の厚さ(0.7ナノメートル)のスリット状の細孔が観測された。
(6)比表面積(ひひょうめんせき)
材料の重さあたりの表面積。市販されているα-MoO3は(010)面が主な露出面で比表面積は極めて小さい。
(7)配位不飽和点(はいいふほうわてん)
材料の中で、まだ他の分子と結びつく余地がある原子の場所。分子を活性化させ化学反応を進行しやすくすることができる。今回の研究では、α-MoO3の(100)面に多く存在している。
(8)酸触媒(さんしょくばい)
化学反応を助ける物質(触媒)のうち、酸性の性質を使って働くもの。
(9)縮合(しゅくごう)
分子同士がつながってより大きな構造になる反応。