本研究成果のポイント
若年者で発症する遺伝性の侵襲性歯周炎の原因遺伝子が「MMD2」であることを世界で初めて特定しました。この発見により、早期診断や予防医療の実現が期待されています。
概要
水野智仁(広島大学大学院医系科学研究科歯周病態学 教授)、岩田倫幸(同助教)らの研究グループ、吉本哲也(広島大学病院口腔先端治療開発学 特命助教)らの研究グループ、岡田賢(広島大学大学院医系科学研究科小児科学 教授)、溝口洋子(同准教授)、津村弥来(同研究員)らの研究グループ、川上秀史(広島大学原爆放射線医科学研究所 名誉教授)らの研究グループ、大西秀典(岐阜大学大学院医学研究科小児科学 教授)らの研究グループ、金兼弘和(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科発生発達病態学分野 寄附講座教授)らの研究グループは、全エクソーム解析(*1)やプロテオミクス解析(*2)を用いて、常染色体優性侵襲性歯周炎の原因遺伝子の同定とその発症に関与する病態解明に成功しました。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業、「原発性免疫不全症の診断率向上に向けた CD45 陽性細胞を用いたマルチオミックス解析の開発」および「網羅的ゲノム解析のデータ二次利用に基づく原発性免疫不全症の広域診断体制構築に直結するエビデンス創出研究」のサポートを受けて実施いたしました。
本研究成果は、2025年7月16日(水)に「Journal of Experimental Medicine」で公開されました。
また、本研究成果は広島大学から論文掲載料の助成を受けています。
〈発表論文〉
論文タイトル Monoallelic mutations in MMD2 cause autosomal dominant aggressive periodontitis
著者 岩田倫幸、溝口洋子、吉本哲也、津村弥来、佐倉文祥, Jeferry R Johnson、松田真司、應原一久、長谷由紀子、浅野孝基, 大西秀典、加藤善一郎、三原圭一朗、金兼弘和、上田智也、佐々木慎也、谷口友梨、二宮由梨香、大野芳典; 竹立恭子、外丸祐介、佐久間哲史、山本卓、松田由喜子、久米広大、讃井彰一、西村英紀、加治屋幹人、植木靖好、栗原英見、森野豊之、岡田賢*、川上秀史*、水野智仁*
*Corresponding Author(責任著者)
掲載雑誌 Journal of Experimental Medicine
DOI番号 10.1084/jem.20201476
背景
侵襲性歯周炎は10代あるいは20代で発症し、急速かつ重度な歯周組織の破壊をおこす疾患です。歯を喪失した結果、義歯の装着を余儀なくされることもあり、QOL(*3)に大きな影響を及ぼします。同一家系内に複数の患者が存在する例もあることから、発症には遺伝的な要素が関与していると考えられてきました。しかし、これまで本疾患の原因遺伝子は特定されておらず、病態の解明も十分に進んでいませんでした。侵襲性歯周炎の治療は、病態が進行してからの治療介入には限界があることから、早期治療の実施や遺伝子診断に基づく予防医療の確立が、現在の歯科医療において重要な課題となっていました。
疾患の原因を理解し、効果的な治療方法を確立するためには、原因となる遺伝子を特定し、その機能を明らかにすることが重要です。遺伝学的な手法を用いて原因遺伝子を見つけるには、複数の発症者を含む家系を調べることが有効なアプローチとなります。しかし、近年の少子化の影響で、このような「大家系」の数は少なくなっています。そうした中、広島大学病院歯周診療科に通院する侵襲性歯周炎患者の中に、常染色体顕性遺伝の形式で、複数の発症者を含む大家系が存在しました(図1)。本研究では、この家系の遺伝情報を用いて、侵襲性歯周炎の原因遺伝子の特定を試みました。
研究成果の内容
同一家系内の患者3名のDNAを用いて全エクソーム解析を行った結果、MMD2を侵襲性歯周炎の原因遺伝子として同定することに成功しました。さらに、別の家系においてもMMD2の異なる部位に変異(*4)が存在することを確認しました。MMD2は好中球に強く発現しており(図2)、これらの患者の好中球は健常者の好中球と比較して、細菌に対する遊走能力が低下していることが判明しました(図3)。プロテオミクス解析のデータを詳細に調べると、患者と健常者の好中球では発現しているタンパク質に違いがあることも確認されました(図4)。
MMD2侵襲性歯周炎の原因遺伝子であることを証明するために、患者由来の変異を導入したノックインマウスを作製し、歯周炎を誘発したところ、通常のマウスに比べて著しく重度の骨破壊が認められました(図5)。さらに、ノックインマウスの歯周組織を観察すると、好中球の集積が乏しく、細菌の存在が多数確認されました(図6)。歯周病は細菌感染によって引き起こされる感染症であることから、細菌に対する防御の要である好中球の機能異常が、本疾患の病態に深く関与していることが示唆されます。
これら一連の結果から、MMD2は侵襲性歯周炎の原因遺伝子であり、その機能解析を進めることで、病態のさらなる解明に貢献できることが示されました。
今後の展開
侵襲性歯周炎は、可能な限り早期に確定診断を行い、速やかに治療を開始することが重要です。本研究を契機として原因の究明が進めば、将来的には遺伝子学的検査に基づく発症リスクの評価が可能となり、それに基づいた予防医療の実現へと繋がることが期待できます。
参考資料
<図1> 健常者と侵襲性歯周炎患者のCT画像
画像は健常者と本研究に参加いただいた侵襲性歯周炎患者のCT画像です。患者では健常者と比べて歯の周りの骨がなくなっていることがわかります。患者三男は20代で上顎の奥歯を歯周病が原因で失っています。
<図2> 血液細胞におけるMMD2の発現
(A)グラフは健常者と患者のMMD2のmRNA発現量の結果です。好中球にmRNAレベルで多く発現していることがわかります。(B)健常者と患者のMMD2のタンパク発現量の結果です。黒いバンドはタンパクの発現量を示しています。タンパクレベルでも好中球に多く発現していることがわかります。患者と健常者でmRNAおよびタンパクレベルともに発現量に違いはありません。
<図3> 健常者と侵襲性歯周炎患者の好中球遊走能
グラフは健常者と侵襲性歯周炎患者の好中球が細菌成分に対して遊走していく能力を示します。患者1、2(MMD2に変異を持つ同一家系)および患者3(MMD2に別の変異を持つ別家系)ともに健常者に比べて好中球遊走能が減退していることがわかります。
<図4> 健常者と患者の好中球に発現するタンパクの違い
好中球に特徴的なタンパクの発現パターンで、(青)は発現量が少ないもの、(赤)は発現量が多いものを示します。患者の好中球は健常者の好中球と比べてタンパクの発現パターンが異なることを示しています。HC : 健常者、MMD2 : MMD2に変異を持つ侵襲性歯周炎患者。
<図5> ノックインマウスおよびノックアウトマウス(*5)に起こした歯周炎
上段は非炎症時のマウスの歯とその周りの骨の写真です。全てのマウスで差はありません。下段は絹糸結紮法(*6)によって歯周炎を起こした時の写真です。+/+(普通のマウス)、V100L/V100L(健常者にみられるMMD2の変異を2つ持つマウス)に比べてA117V/+(本研究で同定したMMD2変異を持つマウス)、A117V/A117V(本研究で同定したMMD2変異を2つ持つマウス)、R127P/+(本研究で同定した別のMMD2変異を持つマウス)、R127P/R127P(本研究で同定した別のMMD2変異を2つ持つマウス)、-/-(ノックアウトマウス)は重度の骨吸収を示します。
<図6> 免疫染色法(*7)を用いた好中球の染色
画像は図5のマウス歯周組織に集合した好中球に特異的な抗体を用いて染色したものです。L(絹糸)の付近で赤色に染まる部分が好中球です。+/+(普通のマウス)では多くの好中球が遊走してきていますが、A117/+(患者の変異を持つマウス)およびA117V/A117V(患者の変異を2つ持つマウス)では好中球が遊走してきていないことがわかります。右は赤色に染まった蛍光強度をグラフ化したものです。
用語解説
*1:全エクソーム解析:DNA(いわゆる遺伝子)は、ヒトの体内で様々な機能を担うタンパクの設計図となります。DNAがmRNAに転写され、mRNAがタンパクに翻訳されることで機能を発揮します。DNAがmRNAに転写される過程でDNAの一部分が除去され、残った部分がエクソンと呼ばれ、エクソンがつなぎ合わされてmRNAが完成します。このエクソン領域の配列情報を調べる方法を全エクソーム解析と言います。
*2:プロテオミクス解析:非常に多くのタンパクを網羅的に測定する方法です。病気の発症に関わるタンパクの異常を見つけることができるため、近年様々な分野で注目されています。
*3:QOL:Quality of Lifeの略称で、生活の質や生命の質を表す言葉です。一般的には患者の状態を測るための指標として用いられることが多く、身体的、精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、満足度などが判断基準となります。
*4:変異: 遺伝情報を伝えるDNAの配列が変化することをいいます。
*5:ノックアウトマウス:遺伝子を欠損させたマウスのことです。
*6:絹糸結紮法:マウスの臼歯に絹糸を巻いて実験的に歯周炎を起こす方法です。
*7:免疫染色法:抗体(抗原と特異的に結合します)を用いて組織中の抗原(抗体を作らせる物質)を目に見えるようにする方法です。本研究では好中球の存在を目に見える様にしました。
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学 大学院医系科学研究科 歯周病態学 教授 水野 智仁
Tel:082-257-5660 FAX:082-257-5664
E-mail:mizuno@hiroshima-u.ac.jp
広島大学病院 口腔先端治療開発学 特任助教 吉本 哲也
Tel:082-257-1800 FAX:082-257-
E-mail:tyoshimoto@hiroshima-u.ac.jp
広島大学 大学院医系科学研究科 小児科学 教授 岡田 賢
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