平成27年度 入学式

学長式辞 平成27年度入学式 (2015.4.3)

 広島大学に入学された皆さん、おめでとうございます。今日、この日を、こうして、皆さまとともにお祝いできますことを心より嬉しく思っております。晴れの日を迎えられた皆さんの研鑽と、皆さんに惜しみない支援をささげられたご家族、関係者の方々に心から敬意を表したいと思います。

 人に個性があるように、大学にも個性があります。大学の「アイデンティティ」と言い換えてもいいかもしれません。皆さんが入学された広島大学の今日までの歩みと、建学の精神を知ることは、学生生活の中でさまざまな困難や試練に直面したとき、自らのポジションを確かめ、行方を明るく照らす、灯となるはずです。

 ステージの正面をご覧ください。国旗と並んで本学の旗、広島大学旗が掲げられています。復興を示す緑色の地、中央にあるのが広島大学の学章です。学章は、清新な命とフェニックスの葉を図案化したものです。フェニックスはエジプト神話に出てくる不死鳥の名前でもあり、「自ら火の中に入って身を焼き、灰の中から新たな生命をもって蘇る」といわれています。その神話にならい、第2次世界大戦で廃墟と化した広島の地に新たに生まれた本学のシンボルとしたのです。この学章は、昭和25年に、文部大臣から転じて広島大学の初代学長に就任した、森戸辰男先生の時代に制定されました。森戸先生は、昭和25年11月、原爆の惨禍のあとが消えやらぬ中で行われた開学式の式辞で「自由で平和な一つの大学」の実現を強くうったえられました。私たちは、この広島大学の建学の精神を受け継ぎ、
・平和を希求する精神
・新たなる知の創造
・豊かな人間性を培う教育
・地域社会・国際社会との共存
・絶えざる自己変革
という5つの理念を掲げ、国立大学としての使命を果たすべく、大学教育の充実に取り組んで参りました。

 広島大学は現在、11学部、11研究科を擁し、約1万5千人が学ぶ、我が国有数の総合研究大学に発展しています。一昨年8月に文部科学省の「研究大学強化促進事業」の22機関に採択され,続いて昨年9月には東京大学や京都大学などとともに文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」(トップ型)13大学に中四国地方で唯一採択され、「世界大学ランキングトップ100を目指す力のある、世界トップレベルの教育研究を行う大学」として認められました。文字通り、旧帝国大学と肩を並べるリサーチ・ユニバーシティとして、新たな飛躍が期待されているところです。

 そもそも大学で学ぶというのはどういうことなのでしょうか。みなさんが目指していることの中には、経済がグローバル化し、IT化が私たちの暮らす社会の隅々まで行き渡った時代の中で、国際人として英語を始めとする外国語でコミュニケーションできる高い能力を養い、高度な専門知識や技術を身に付けることもあるでしょう。私は、それにも増して、みなさんが「平和を希求する国際的教養人」になってほしいと願っております。「教養」というと、なんとなく時代遅れという感じを持たれるかたがいるかもれません。かつて森戸先生が会長を務められた中央教育審議会は、2002年の答申で、グローバル化や少子・高齢化、情報化などにより社会が未曾有の変容を遂げる中で 教育の指針として、「自らの立脚点を確認し、今後の目標を見定め、その実現に向けて主体的に行動する力」を育てることの必要性を指摘しています。それが新しい時代をつくる教養であります。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など歴史と伝統のあるアメリカの有名大学では、文系・理系に偏らない、幅広い分野を学ぶ教養教育、すなわちリベラル・アーツ教育が基本になっていることはよく知られているとおりです。学問の専門化が進み、細分化される中で、私たち学問を志すものにとって、社会に対する総合的な視野と関心を支える教養の大切さはいくら強調してもし過ぎるという事はありません。教養は、今すぐ役に立たなくても、「いつ起こるかもしれない未知の問題に自ら立ち向かう力の源泉」であるといってもいいでしょう。だからこそ、文系の皆さんも、理系の皆さんも、自分の専門分野に閉じてしまうのではなく、理系の皆さんは人文・社会の書物を、文系の皆さんには、社会の進歩に大きく寄与した科学関係の本を読んでいただきたいのであります。在学中に10冊から20冊は読んでいただきたい。それも、分野を問わず、できうれば、人類の叡知の結晶である古典、時のふるいに掛けられて、なお長い命を保つ書物に挑戦していただきたいと思います。政治や社会経済、自然科学やテクノロジーの進歩が社会にどんな影響を与えているのかといったことにも常日ごろから関心を失わず、芸術文化に対する深い共感も養ってほしいと心から願っています。

 いまひとつ、皆さんにお願いしたいことがあります。それは「精神の自由を持ち続けてほしい」ということです。それは一見、簡単なことのように思えますが、実はそれほど簡単な事ではありません。自分で考え判断するためには、他者の多様な思想や生きかたを理解できる、寛容な精神と豊かな感性を養わなければなりません。そのためには、日々学び、自分を磨き、たゆまぬ努力を続け、しっかりした足場を築くことが大切となります。そうでなければ、つい安易に権威や多数意見にやすやすと同調したり、原理主義に迎合したりしてしまうことになってしまいます。そのような「頼みの綱」にすがって生きる方がよほど楽に安心して生きていけるかもしれませんが、それは思考停止であり、間違った方向に誘導される危険をはらんでいます。科学の世界でも同様で、ある一つの学説に完全に取り込まれてしまうとそれ以上新たな学説を創造することはできません。常に疑問を持ち、考え続けることが基本であります。私は、他者の生きかたや思想に寛容であること、そのために、自由であることの意味を深く問い続け、時には孤独を受け入れ、真に自由な精神を養い、自分で考え行動する生きかたを貫いていくことその覚悟が今、学問の世界のみならず、社会全体に求められているのではないかと考えています。

 今年は広島への原爆投下からちょうど70年の節目の年にあたります。広島大学の前身である広島文理科大学など九つの前身の学校の多くは壊滅的な被害を受けました。1890人の学生や教職員が犠牲となりましたが、これらの方々の人生と学問への希望を受け継ぎ、広島大学が発足したことを、そして「自由で平和な一つの大学」という建学の精神を改めて皆さんの胸に刻んでいただきたいと思います。

 皆さんにはこれから、多くの人との出会いが待っていることでしょう。キャンパスの中や外で、多様な経験を積むことは将来の大きな糧になるはずです。きょう、私たち広島大学の仲間の一人となり、最初の一歩を踏み出したみなさんの、学生生活が、実り豊かなものになることを心よりお祈りして式辞といたします。

平成27(2015)年4月3日
広島大学長 越智 光夫


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