平成28年度 学位記授与式

学長式辞 平成28年度学位記授与式 (2017.3.23)

 きょう、広島大学を巣立っていかれる3,693人のみなさん、まことにおめでとうございます。平成28年度学位記授与式を挙行するにあたり、広島大学を代表して心よりお祝い申し上げます。ご家族ならびに関係者の方々のお慶びもひとしおのことと思います。また、本日はお忙しい中、学位記授与式にご臨席賜りましたご来賓の方々にも厚くお礼申し上げます。

 さて、昨年は広島の名が歴史の1ページに刻まれる年になりました。一つは、5月27日、バラク・オバマ氏が現職のアメリカ大統領として初めて広島平和記念公園を訪れ、慰霊碑に献花されたことです。私は世界平和に向けて踏み出した新たな一歩であると理解しました。

 いま一つは広島東洋カープの25年ぶりの優勝です。11月5日に広島市の平和大通りで行われた優勝パレードには、チームドクターを務めてきた縁で私も参加し、パレードバスの上で選手たちと感動を分かち合いました。
 広島の2016年は記念すべき年として、将来も語り継がれていくことと思います。

 その一方で、世界に目を転じればいつの間にか暗雲が立ち込め、混迷の度がいっそう深まってきたことも確かです。イギリスは昨年6月の国民投票でまさかのEU離脱を選択しました。オバマ氏の後任のアメリカ大統領に選ばれたドナルド・トランプ氏は、難民や中東・アフリカ6カ国出身者の入国を禁止する大統領令を出すなど、波紋を広げています。さらには核実験と弾道ミサイル発射を繰り返す隣国やISなどによるテロも、世界中の人々の不安をかき立てています。

 昨年末にストックホルムで大隅良典先生もご出席されたノーベル賞授賞式の開会スピーチで、ノーベル財団理事長のへルディン教授は次のように語っています。原文のまま紹介します。

 ...today there are dark clouds in the sky around the world. Terrorist acts are a part of many people's daily lives, and wars are under way in many places. International cooperation, cross-border movements and openness are being criticised. Science and knowledge are being questioned, the climate issue being one recent example.
 Leading politicians − both in Europe and the United States - are winning votes by denying knowledge and scientific truths. Populism is widespread and is reaping major political successes.
 The grim truth is that we can no longer take it for granted that people believe in science, facts and knowledge.

 テロと戦争が日常化し、ポピュリズムが世界を席巻する今日にあって、科学や真実、知識に対する人々の信頼が大きく揺らいでいます。しかし、人類が営々と築き上げてきた最高の所産である科学や真実に罵声を浴びせかけるような動きには、危惧の念を抱かざるを得ません。このような時代だからこそ、人類が創造した知の最高拠点である大学の役割や立ち位置が問われているのではないでしょうか。

 広島大学は1949年、原爆で焦土と化した広島の地に「自由で平和な一つの大学」を建学の精神として開学しました。初代学長の森戸辰男先生は「大学の指示する道は、暴力と流血の道ではなく、平和と協力の道であり、教育と科学と文化の道である」と述べています。それは「大学が真理の究極の勝利を確信するからである」と強調いたしています。

 今まさに大学は原点に立ち返り、こうした風潮に立ち向かう必要があると強く感じています。個々人には具体的に、どのような態度が求められるのでしょうか。雪の結晶の研究で知られる中谷宇吉郎(なかや・うきちろう)博士が戦後間もなく著した岩波新書「科学と社会」にこのような一節があります。

 「どんな素朴な見方でもいいから自分の眼でものを見、どんな単純な考え方でも結構だから、自分の頭でものごとを考える習慣をつけるのが先決問題である。そしてそれが科学の第一歩である」。

 現代は20世紀を支えた3つの柱である、民主主義、市場主義、科学への信頼が大きく揺らぐ一方、AIをはじめとする新しい学問がきわめて速いスピードで世界を変えつつあります。皆さんの中には自分の立ち位置さえもおぼつかなくなり、座標のどの点にいるのか自信が持てない人がいるかもしれません。マスメディアのみならず、それ以上にインターネットやSNSを介してFake newsと呼ばれる偽のニュースを含めさまざまな情報も氾濫しています。情報の洪水の中で「解答」のない未知の難題に直面したとき求められるのは、自らの頭で考え、切り開いていく教養の力であります。教養は人間としての魅力を磨くためにも不可欠であります。諸君が生涯にわたって涵養に励まれることを切に願っています。

 さて昨年夏、PHP研究所から「広島大学は世界トップ100に入れるのか」というタイトルの新書が出版されました。手に取られた方も多いことと思います。スーパーグローバル大学創成支援事業タイプA(トップ型)13大学に中四国で唯一選ばれた本学にとって、世界トップ100に入ることは、現在と未来の広島大学の学生にとっての素晴らしい教育研究拠点を約束することであり、その方向に向けて努力することは私を含め、現在の構成員全員の使命でもあります。この新書が広島大学の実力を広くアピールし、現在・過去・未来の卒業生および教職員へのエールになれば、と願っております。

 昨年3月に山中伸弥博士とジョン・ガードン博士、11月には梶田隆章博士と、3人のノーベル賞受賞者を本学にお迎えし、公開講演会を開催いたしました。このように、国際的に高い知名度を持つトップ研究者とフランクに交流している数多くの素晴らしい研究者が広島大学に在学していて、彼らのもとで学んだことを皆さんは誇りにしてください。そして社会に出られてからも夢と情熱を忘れず、「ええね!広大」と自信を持って、人生を歩んでほしいと願っています。

 皆さんには将来、日本を支え、世界をリードする人になってほしいと思います。しかし、万が一、地位や富に恵まれることがなくても、いつか将来振り返ってみた時に「自分の人生は幸せであった」と言える充実した人生を歩んでほしいと、心より願うものであります。未来に向かってはばたく諸君に、祝福あらんことを祈念して、私からのはなむけの言葉といたします。

平成29(2017)年3月23日
広島大学長 越智光夫


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