平成29年度 学位記授与式

学長式辞 平成29年度学位記授与式 (2018.3.23)

 本日、広島大学を巣立っていかれる3,722人の皆さん、誠におめでとうございます。平成29年度学位記授与式を挙行するにあたり、広島大学を代表して心よりお祝い申し上げます。ご家族ならびに関係者の皆様のお慶びも格別のことと思います。また、本日はお忙しいところ、ご来賓の方々にもご臨席賜り、厚くお礼申し上げます。

 卒業生・修了生の皆さんの中には、ここ東広島運動公園体育館で行われた入学式に臨んだ日のことを思い出されている人もいるでしょう。キャンパスで過ごした楽しい日々や、試験や論文を書き上げるまでに苦労したことなど、今、皆さん一人一人の胸にはさまざまな思いが去来していることと思います。
 この日を迎えられるまで、皆さんを温かく見守り支えてこられたご家族をはじめ、恩師、先輩、友人、後輩の方々に、あらためて感謝の気持ちを持っていただきたいと思います。

 さて、広島大学は今年度の「ペスタロッチー教育賞」を、広島市のNPO法人「食べて語ろう会」理事長の中本忠子(なかもと・ちかこ)さんに授与させていただきました。この賞は、スイスの教育家ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチーにちなみ、優れた教育実践者を表彰するもので、今年度が第26回となります。

 中本さんは、犯罪や非行に走った人の立ち直りを支える民間ボランティアの「保護司」を務めておられたころ、子どもたちが非行に走る原因は、満足な食事ができず、おなかをすかせていることに加え、社会や家庭の中での孤独感にあると気付かれたそうです。そこで、さまざまな理由から「居場所がない」と感じている子どもたちに自宅を開放するとともに、毎日、無償で手料理を振る舞う活動を約40年にわたって続けてこられました。

 「言いたくないことは言わないでよい」という中本さんの自然体での支援を通じて、次第に心を開くようになり、数多くの人が非行から立ち直っていきました。「人間の優しさというのは見返りを求めたらいけない」というお父様の言葉が、中本さんの原点であると伺いました。目の前の現実を直視しながら何が必要かを考え、それをやり続けていくこと、これこそが真の教養に基づく生き方と呼べるのではないでしょうか。

 皆さんには社会を牽引するリーダーになっていただきたいと強く願っております。しかし、たとえどのような地位にいようとも、社会の精神的な牽引者であり続けてほしいと希望します。

 ご承知のように、今まさに人工知能(AI)やロボットに象徴される第4次産業革命によって、人類社会のありようが根本から変わろうとしています。しかしながら、社会がかつて経験したことのない未知の難題に遭遇した時に求められるものは、これから先も、自らの頭で考え、解決への道を切り開いていく教養の力だと確信しています。教養の学びに終わりはありません。むしろ大学を出てからが本番です。様々なものに興味を持ち、一生をかけて培っていってほしいと思います。

 「われ思う、ゆえにわれあり」の言葉で知られるフランスの哲学者デカルトは著書『方法序説』の中で理性を正しく導くための方法として、4つの規則を挙げています。

 第1が「明証性」(明らかな証拠をもって真であると認めるのでなければ、真として受け入れないこと)、第2が「分析」(問題の各々をより良く解くために、できる限り多くの小さい部分に分けること)、第3が「総合」(思考を順序に従って導くこと)、そして第4が「枚挙」(完全に数え上げて全体の見直しを行い、何ら見落とさなかったことを確認すること)であります。

 デカルトが生きた時代から400年を経た今日(こんにち)の目からも、「明証性」「分析」「総合」「枚挙」の4つの規則は全く色あせていません。フェイクニュースや根拠のない情報が氾濫するこの時代を皆さんが生き抜くための、教養の「立脚点」となるものだと確信します。

 原爆で焦土と化した広島の地に、「復興と希望のシンボル」として開学した広島大学は今日、文部科学省の研究大学強化促進事業22機関、スーパーグローバル大学創成支援事業トップ型13大学の一つとして、高い評価を得るまでに発展してまいりました。4月からは新たに情報科学部が加わり、国立大学最多の12学部を擁する総合研究大学となります。

 その広島大学で学んだことに誇りと自信を持ってほしいと思います。本学が理念とする「平和を希求する精神」を胸に刻み、自らの頭で考え、何事にも果敢にチャレンジし、誇らしい人生を歩んでいただくことを心より願っています。

 きょうから広島大学は、皆さんのAlma mater(母校)です。折に触れてキャンパスを訪れてください。頼もしく成長された皆さんに、またお目に掛かれることを楽しみにしております。

 門出の日に当たり、皆さんの未来に幸多からんことを心より祈念いたしまして、私からのはなむけの言葉といたします。

 

平成30(2018)年3月23日
広島大学長 越智光夫


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