平成30年度 学位記授与式

学長式辞 平成30年度学位記授与式 (2019.3.23)

 きょうの佳き日、広島大学を巣立っていかれる3,803人の皆さん、誠におめでとうございます。平成30年度学位記授与式を挙行するにあたり、広島大学の役員・教職員一同を代表して、心よりお祝いの言葉を申し上げます。

 卒業生・修了生の皆さんは、この日を迎えるまで惜しみない支援と励ましを賜ったご家族をはじめ関係者の方々に対し、あらためて感謝の念を持っていただきたいと思います。

 いま皆さんの胸には、広島大学で過ごした日々の、さまざまな思い出が去来していることでしょう。昨年7月に西日本を襲った豪雨災害では、広島大学も休講や試験期間の変更等を余儀なくされ、学生の皆さんには多大なご不便をお掛けしたことと思います。それにもかかわらず、1000人を超える諸君がボランティアに参加するなど前向きに行動してくれたことに敬意と感謝の意を表します。

 さて、今年4月30日に天皇陛下が退位され、平成の時代が幕を閉じて新しい時代が始まろうとしています。皆さんにとって、平成はどんな時代だったでしょうか。人生の新たな旅立ちの時に、一つの時代の節目に立ち会うことは、極めて意義深いものがあると思います。

 広島大学にとって、平成はまさに激動の時期であったと言えます。平成7年、四半世紀の歳月をかけた東広島キャンパスへの統合移転が完了し、「平和を希求する精神」を第一に掲げる理念5原則が制定されました。16年には国立大学法人への移行と、平成の前半に大学の基盤が再構築されました。

 平成後半の25年に文部科学省の研究大学強化促進事業、26年にスーパーグローバル大学創成支援事業タイプA(トップ型)に採択され、さらに30年には本学の「ゲノム編集先端人材育成プログラム」が中四国で唯一、卓越大学院プログラムに採択されました。海外の大学と伍して世界で卓越した教育研究や社会実装を目指す大学であると名実ともに認められ、国内有数の総合研究大学として、一歩一歩、着実に歩みを進めているところです。

 日本全体を振り返ってみますと、平成が始まった当時は、バブル景気の真っただ中でした。その後、急速なバブル崩壊と「失われた20年」を経て、現在のいわゆる「アベノミクス景気」が続いていると言われています。一方で、平成7年の阪神淡路大震災、23年の東日本大震災に続く福島原発事故など、未曽有の大災害が頻発した時期でもありました。しかし、それに屈せず、復旧・復興に向けて国民が一体となって取り組んでいる姿は、世界からも高く称賛されています。

 世界に目を転じてみましょう。東西冷戦の象徴とされたベルリンの壁が崩壊したのが、まさに平成元年、1989年でした。しかし、2001年のアメリカ同時多発テロに続く地域紛争などが世界各地で激しさを増し、平和と和解への期待は、残念ながら裏切られつつあります。「自国ファースト主義」の台頭や世界における超大国間の核軍拡競争など、分断と対立によって平和が脅かされる時代に逆戻りしつつあるのではないかと、懸念を抱(いだ)かざるを得ません。

 イギリスの歴史家、E.H.カーは「歴史とは、現在と過去との間の尽きることのない対話である」という名言を残しています。歴史を一方向から見るのではなく、現在の光に照らして過去を理解し、また過去の光に照らして現在を理解しようとする多様かつ柔軟な思考こそが、将来の方向性を決める上で極めて重要である、との指摘であります。

 皆さんは、これから未知の大海に漕ぎ出そうとしていますが、進むべき方向を見失ったとき、先達が残した足跡に真摯に向き合えば、きっとヒントや答えを見つけることができると確信しています。

 世界的名著として知られる「夜と霧」の著者で精神科医だったフランクルは、ナチスの強制収容所で多くのユダヤ人同胞が次々と命を落とすという極限状況にあっても、人としての尊厳を保ち、生き続ける意志とかすかな希望を持ち続けます。

 絶望することなく現在の自分を見つめ、律していく人にのみ、未来の扉は開かれるのだと思います。過酷な時でも自分を見失わず、一つ一つ考え、できることをやり続けていかなければなりません。そのためにも、人生を生き抜くためのhow(どのように)のみにとどまらず、人が生きていくことのwhy(なぜ)を考え続けることが重要です。

 皆さんには、ここ広島大学で学んだことに、誇りと自信を持ってほしいと思います。「平和を希求する精神」を胸に刻み、自らの頭で考え、何事にも果敢にチャレンジしてください。そして、折に触れてキャンパスを訪れ、後輩にアドバイスをいただければ幸いです。頼もしく成長された皆さんに、またお目に掛かれることを楽しみにしております。

 門出の日に当たり、皆さんの未来に幸多からんことを心より祈念いたしまして、はなむけの言葉といたします。

平成31(2019)年3月23日
広島大学長 越智光夫


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