広島大学原爆放射線医科学研究所の松浦伸也教授、宮本達雄講師、エカテリーナ・ロイバ大学院生らの研究グループは、ゲノム編集法(注1)を用いて毛細血管拡張性運動失調症(注2)の原因遺伝子であるATM遺伝子(注3)のヘテロ変異が放射線感受性(注4)の個人差を規定する要因の一つであることを実証しました。従来、喫煙などの生活習慣やヒト集団の多様な遺伝的背景によっても放射線感受性は影響されるため、放射線感受性の個人差を決定する遺伝子変化の影響を特異的に検出することは難しいとされてきました。今回、広島大学大学院理学研究科、医歯薬保健学研究科、茨城大学理学部との共同研究により、遺伝的に均一なヒト培養細胞にゲノム編集法を用いて特定の遺伝子変異を導入して、放射線によって生じる染色体構造異常を定量的に計測することで、放射線感受性の個人差を決定する遺伝子変化を同定する手法を確立して、ATMヘテロ遺伝子変異が放射線高感受性の遺伝要因の一つであることを証明しました。
現在の放射線防護基準は公衆に対して一律に設定されていますが、将来的には個々人の放射線感受性に応じてテーラーメイド化される可能性があります。今回の研究は、このような放射線防護基準のテーラーメイド化への第一歩となると期待されます。
本研究成果は、英国の科学雑誌「Scientific Reports」オンライン版に2017年7月20日に掲載されました。
平成29年7月20日、本件について、広島大学霞キャンパスにおいて記者説明会を行いました。
【用語説明】
注1 ゲノム編集法:
ゲノム上の任意の塩基配列を切断するCRISPR/Cas9システムなどの人工 ヌクレアーゼを用いて、遺伝情報を効率的に改変する技術
注2 毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-telangiectasia: A-T):
放射線高感受性遺伝病の一つで、常染色体劣性遺伝を示す数十万人に一人の
発生頻度の稀な疾患。臨床的には、高発がん性や免疫不全、小脳失調などに特徴づけられる。保因者は、臨床的には健常であり、ヒト集団内に100~200人に1人存在している。
注3 ATM遺伝子:Ataxia-Telangiectasia Mutated遺伝子
毛細血管拡張性運動失調症の原因遺伝子。ATM遺伝子は、放射線によって生じるDNA二重鎖切断を認識して修復を促すタンパク質の設計図。
注4 放射線感受性:
従来、放射線感受性は、放射線照射後にどの程度細胞が生存したかを指標にして測定されており放射線致死感受性として定義されてきた。本研究では、放射線照射後の染色体構造異常を計測することで、DNA損傷修復能を放射線感受性として定義した。DNA修復能が低い細胞ほど、放射線によって生じる染色体異常が残りやすく放射線感受性が高いと言える。
放射線照射後にDNA損傷修復に失敗した場合、染色体断片が産生される。この染色体断片は、微小核として細胞内に残存する。したがって、微小核を計測することで細胞のDNA修復能を測定することができる。放射線感受性の高い(DNA修復能が低い)細胞は微小核形成頻度が高くなる。
健康な人のなかに、放射線に強い、あるいは弱いといった体質があることが示唆されてきましたが、ようやくその遺伝素因の1つを実証できました。今回の成果は、放射線防護のテーラーメイド化への第一歩になると期待しています。