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本研究成果のポイント
ガラスの主成分である二酸化ケイ素(※1) の白い粒子と黒さびの主成分の四酸化三鉄(※2) の黒い粒子を混ぜて製膜することで、「構造色」と呼ばれる発色現象で鮮やかな色彩を有するコーティングを実現しました。
製膜法として、自動車の塗装にも使われている電着法(※3) を採用し工夫することで、頑丈ではがれにくいコーティングとすることに成功しました。
使用する材料はすべて安価で安全な物質であり、従来の重金属を含む顔料に代わる環境にやさしい新しい色材として期待されます。
概要
広島大学大学院先進理工系科学研究科 片桐 清文教授らの研究グループは、国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS) 打越 哲郎グループリーダーおよび名古屋大学大学院工学研究科 竹岡 敬和准教授らのグループとの共同研究により、構造色とよばれる従来の顔料や染料とは異なるメカニズムで発色する色材を、白い二酸化ケイ素と黒い酸化鉄の粒子を用い、電着法とよばれる簡便な手法で頑丈なコーティング膜として作製する技術を開発しました。本研究で開発した色材は安全・安価な物質で得られるため、現在問題視されている重金属を含有する顔料や発がん性の懸念のある染料に代わる色材になることが期待されます。
本研究成果は、米国化学会の学術誌「ACS Applied Materials & Interfaces」オンライン版に掲載されました。
この研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(課題番号:JP18K19132, JP19H04699, JP20H02439)などの支援を受けて実施されました。
研究成果の内容
当研究グループでは、電気泳動堆積法(電着法)(※3) とよばれるコーティング膜作製法に着目し、この方法を活用して微粒子集積型の構造発色性材料を、塗膜として迅速に作製する技術の開発を行ってきました。用いる材料は、主にガラスの主成分である二酸化ケイ素(※1) の球状粒子です。二酸化ケイ素の球状粒子の分散させた溶液を用いて電着法によるコーティングを行うと、微粒子集積体からなる塗膜が得られます。しかしその膜はほとんど白色となります。
当グループでは、青い鳥の羽が構造色によるものであり、その鮮やかな青色には、単に微細構造が存在するだけでなく、メラニン(※4) とよばれる黒色の色素が重要な役割を果たしていることをヒントにし、黒い炭素や四酸化三鉄(※2) の粒子を二酸化ケイ素粒子に混ぜた分散液を用いることで、灰色ではなく、粒子のサイズに基づいて、青、緑、赤といった色相を有するコーティング膜が得られることをこれまでに報告しています(文献1)。また、電着法の特徴を活かし、複雑な形状の表面にも迅速に均一な厚さの塗膜を作製可能であることも、ステンレス製フォークへのコーティングで実証しています(図1)。また、粒子分散液に添加物を加えたり、電着を行う条件を調整したりすることで、粒子の並び方を規則的な状態のものと、乱れた状態のものに作り分けることにも成功しています(図2)。前者では、オパールのように見る角度で色が変化するタイプの構造色になり、後者では見る角度で色が変わらないマットな印象の構造色となり、これらを簡便に作り分ける技術も実現してきました(文献2)。しかし、これらにおいてはその膜は非常に脆く、摩擦によって簡単に剥がれ落ちてしまい、実用には全く不向きなものでした。
図1 様々なサイズの二酸化ケイ素粒子をもちいた
フォーク表面への構造色コーティング (文献1)
図2 電着時の条件をコントロールし作製した二酸化
ケイ素粒子集積膜の電子顕微鏡写真(左)規則性が
低い配列の膜(右)規則性の高い配列の膜 (文献2)
そこで、今回、電着法に工夫を施し、粒子を泳動させて基材表面に堆積させるだけでなく、同時に接着剤の役割を果たす物質を電気化学的に析出させ、これで粒子同士や粒子と基材表面を接着させる方法を考案しました。具体的には、硝酸マグネシウム(Mg(NO3 )2 )を粒子分散液に添加し、基材表面で水酸化マグネシウム(Mg(OH)2 )として析出させます。溶液中でMg(NO3 )2 はMg(OH)2 はMg2+ イオンとNO3 – イオンになります。Mg2+ イオンは二酸化ケイ素粒子表面に吸着して、粒子に正電荷を与えます。これによって粒子は電場を印加すると負極に泳動することになります。負極上では、水の電気分解でOH– イオンが発生するのに加え、NO3 – イオンの分解によってもOH– イオンが発生し、電場印加によって負極表面近傍には、多量のOH– イオンが存在するようになります。ここにMg2+ イオンが表面に吸着した二酸化ケイ素粒子が泳動してくると、粒子が負極上に堆積すると同時にMg2+ イオンとOH– イオンが反応し、Mg(OH)2 として析出します(図3)。これが粒子を接着する役割を果たします。
今回の方法で作製したコーティング膜は、これまでの方法で作製したものと比べ、耐摩擦特性が飛躍的に向上しました。紙やすりを用いた試験では、従来のものはわずか1回の摩擦試験でほとんど塗膜は剥離してしまいましたが、今回開発した方法で作製した塗膜は5回摩擦試験を繰り返しても十分に膜が残存し、その色を保っていました。フォークにコーティングしたものを消しゴムに突き刺す試験でも、従来のものは膜が剥離し金属表面が露出してしまうのに対し、今回のものは剥離せず色を保っていました(図4)。
図3 今回開発した方法による電極表面での粒子堆積膜
と水酸化マグネシウム同時析出の模式図
図4 従来法(a)と今回開発した方法(b)でフォークに
コーティングした構造色コーティング膜の消し
ゴムへの突き刺し試験の様子
用語解説
(※1) 二酸化ケイ素
シリカともよばれ、組成式SiO2 で表されるケイ素の酸化物で、砂や珪藻土の主成分として地球上に二番目に多く存在する化合物です。ガラスの主成分であり、その他には化粧品や食品添加物などとしても広く用いられています。
(※2) 四酸化三鉄
組成式 Fe3 O4 で表される鉄の酸化物の一種で、自然界では鉱物の磁鉄鉱として存在します。いわゆる「黒さび」もこの四酸化三鉄です。
(※3) 電気泳動堆積法(電着法)
溶媒中に粒子を分散させると、帯電することを利用し、その分散液に電極を浸漬し、電場を印加することで粒子を電極に向かって泳動させ、粒子集積膜を電極基板上に直接堆積させる方法。塗装においては電着塗装として利用され、大面積・複雑形状表面に迅速かつ均一に塗膜をコーティングできるため、この方法は自動車塗装などに利用されています。
(※4) メラニン
ヒトを含む動物や植物、また一部の菌類などにおいて形成される色素です。ヒトの毛髪やほくろも黒色メラニンによるものです。ステラ―カケスなど青い鳥の羽の構造色においては、光の散乱を抑える黒いメラニンの存在が重要であることが明らかにされています。
参考文献
(参考文献1) Katagiri, K.; Tanaka, Y.; Uemura, K.; Inumaru, K.; Seki, T.; Takeoka, Y. Structural Color Coating Films Composed of an Amorphous Array of Colloidal Particles via Electrophoretic Deposition. NPG Asia Mater. 2017 , 9 , e355.
(参考文献2) Katagiri, K.; Uemura, K.; Uesugi, R.; Inumaru, K.; Seki, T.; Takeoka, Y. Structurally Colored Coating Films with Tunable Iridescence Fabricated via Cathodic Electrophoretic Deposition of Silica Particles. RSC Adv. 2018 , 8 , 10776–10784.
論文情報
掲載誌: ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル: Robust Structurally Colored Coatings Composed of Colloidal Arrays Prepared by the
Cathodic Electrophoretic Deposition Method with Metal Cation Additives
著者名: 片桐 清文1* 、上村 健祐2 、上杉 遼2 、樽谷 直紀1 、犬丸 啓1 、打越 哲郎3 、関 隆広4 、竹岡 敬和4 (* 責任著者)
1. 広島大学 大学院先進理工系科学研究科 応用化学プログラム
2. 広島大学 大学院工学研究科 応用化学専攻(当時)
3. 国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)
4. 名古屋大学 大学院工学研究科 有機・高分子化学専攻
DOI: 10.1021/acsami.0c10588
【お問い合わせ先】
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
教授 片桐清文
TEL: 082-424-4555
E-mail: kktgr*hiroshima-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
名古屋大学 大学院工学研究科
准教授 竹岡敬和
TEL: 052-789-4670
E-mail: ytakeoka*chembio.nagoya-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)
名古屋大学 管理部総務課広報室
TEL: 052-789-3058
E-mail: nu_research*adm.nagoya-u.ac.jp
(注: *は半角@に置き換えてください)