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【研究成果】 餌のプランクトン減少がカタクチイワシの再生産に悪影響

本研究成果のポイント

  • 春~初夏のカタクチイワシの主要な餌である動物プランクトンが減少していることを発見しました。
  • その結果、カタクチイワシの雌は痩せ、質の悪い卵を産むことになり、発育初期の生き残りが著しく悪いことを発見しました。
  • 燧灘のカタクチイワシのシラスやカエリ(仔稚魚)が近年、極度の不漁に陥っているのは、こうした影響の結果と考えられます。

概要

 瀬戸内海は国内有数の生産性の高い海域ですが、近年では小型魚類等の水産資源の減少が顕著であり、栄養塩濃度の低下との関係性が指摘されています。瀬戸内海中央の燧灘(ひうちなだ)では、カタクチイワシのシラスやカエリの漁獲量が2000年代初頭から急激に減少し、原因究明が強く求められてきました。
 水産研究・教育機構、香川県、愛媛大学、広島大学の共同研究チームは、長期間に及ぶ野外調査や飼育実験により、燧灘におけるカタクチイワシ漁獲低迷の原因を調べました。
 その結果、春~初夏のカタクチイワシの主要な餌である動物プランクトンが減少していること、それによりカタクチイワシの雌が痩せ、質の悪い卵が産まれることになり、発育初期の仔魚の生き残りが著しく悪くなっていることを発見しました。そして、動物プランクトンの減少には、栄養塩不足で餌となる植物プランクトンが減少したことや水温の変化も影響していると考えられており、これらの複合的な要因が燧灘におけるシラスやカエリの漁獲量減少に影響を及ぼしていると考えられます。
 本研究は、水産庁の漁場環境改善推進事業のうち「栄養塩の水産資源に及ぼす影響の調査」等により実施されたものです。

 

研究の背景

 瀬戸内海は国内有数の生産性の高い閉鎖海域ですが、栄養塩濃度の減少に伴って(貧栄養化※1)、ノリをはじめとする養殖藻類の色落ち、二枚貝や小型魚類等の水産資源の減少などが顕著となっています。このような背景により、瀬戸内海環境保全特別措置法※2は、令和3年の改正により「栄養塩類管理制度」が創設され、この制度の運用に資する科学的知見が求められています。
 ちりめんじゃこや煮干し(いりこ)として利用されるカタクチイワシは瀬戸内海を代表とする漁業資源ですが、瀬戸内海中央にある燧灘では(図1)、シラス(仔魚)やカエリ(稚魚)の漁獲量が2000年代初頭から急激に減少しており、その原因究明が強く求められてきました。

研究の内容・意義

 水産研究・教育機構、香川県、愛媛大学、広島大学の共同研究チームは、燧灘のカタクチイワシの漁獲量低迷の原因を究明するに当たり、カタクチイワシの餌である動物プランクトン(カイアシ類)とカタクチイワシの再生産力の因果関係を明らかにすることが重要だと考え、野外調査や飼育実験などに取り組んだ結果、次のことが判りました。
1.産卵盛期に出現する餌のプランクトンが減っている(図2)
 2001~2019年におけるカイアシ類の種組成や現存量を調べたところ、図2上で示すグループ1のCalanus sinicusやCorycaeus affinisなどのカイアシ類は産卵盛期(5~6月)の重要な餌として利用されていましたが、近年顕著に減少していることが判りました(図2下)。
 一方、グループ2のParacalanus parvusなどのカイアシ類は近年増加していますが、産卵盛期の後(7月)に多く出現するため、発生している餌のプランクトンとしてミスマッチが生じていると考えられました。
2.卵は増えているが仔稚魚の漁獲量は減っている(図3)
 1994~2019年におけるカタクチイワシの総産卵数と仔稚魚の漁獲尾数を調べたところ、総産卵数は近年増えているにもかかわらず(図3上)、仔稚魚の漁獲尾数は2000年代以降から急激に減少していることが判りました(図3下)。仔稚魚は孵化後40~50日経ってから漁獲されるため、孵化して間もない時期の生き残りが顕著に悪くなっていると考えられました。
3.餌が少なくなると、雌は痩せて、質の悪い卵を産む(図4)
 2001~2019年におけるカタクチイワシ雌の肥満度を調べたところ、近年では雌は痩せていました(図4上)。飼育実験から、餌を制限して痩せた雌からは小さな卵が産まれ(図4左下)、生まれた仔魚は太った雌から生まれた仔魚に比べて、飢餓状態になりやすく、成長も遅くなることが判りました(図4右下)。これら特性の変化は、天然海域における仔魚の生き残りに不利に働くことにつながっております。

 以上1~3から、春~初夏における燧灘では、貧栄養化による植物プランクトンの減少や水温変化に伴う動物プランクトンの変化で生じる餌環境のミスマッチにより(補足図1,2)、カタクチイワシは痩せて、質の悪い卵を産むことになり、発育初期の生き残りが顕著に悪くなっていることが示され、これがカタクチイワシのシラスやカエリの漁獲量の減少を招いた原因と考えられました。

 

今後の展望

 本研究により、瀬戸内海におけるカタクチイワシの再生産への影響について科学的なデータが得られるようになりました。今後は貧栄養化-餌プランクトン発生の変化-漁業生産低迷の因果関係に関する理解が飛躍的に進むと思われます。
 一方で、瀬戸内海では貧栄養化に加え、高水温化も漁業生産の低迷に関与していることが示され、問題はより複雑です。瀬戸内海では湾や灘によって海洋環境やその生態系の構造、小型魚類の生活史が大きく異なることなどが知られています。このため、瀬戸内海における栄養塩類の適切な管理の在り方や水産資源の持続的な利用についての検討を進める上でも、今後も継続した調査が必要です。

 

用語の解説

※1貧栄養化:水中に溶けている窒素やリンなどの栄養塩濃度が低くなり、生物の生産性が低くなることをいいます。
※2瀬戸内海環境保全特別措置法:瀬戸内海の環境の保全を目的とした法律。昭和48年に制定され、平成27年の改正では、新たに「豊かな海」の考え方が盛り込まれ、令和3年の改正では、栄養塩類管理制度が創設されました。詳細は以下のホームページを参照下さい。
環境省_せとうちネット:瀬戸内海環境保全特別措置法に基づく対策 (env.go.jp)
https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g2/g2cat03/tokusohou/index.html

予算元

水産庁委託事業 漁場環境改善推進事業のうち「栄養塩の水産資源に及ぼす影響の調査」
水産庁委託事業 水産資源調査・評価推進委託事業
日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的研究(開拓)JSPS科研費 19H05540
香川県単独事業 カタクチイワシ資源緊急対策調査事業

掲載論文情報1

  • タイトル:Bottom-up processes drive reproductive success of Japanese anchovy in an oligotrophic sea: A case study in the central Seto Inland Sea, Japan
  • 著者:米田道夫a*, 藤田辰徳b, 山本昌幸b, 田所和明c, 岡崎雄二c, 中村政裕a, 髙橋正知d, 河野悌昌d, 松原 賢e, 阿保勝之e, 郭 新宇f, 吉江直樹f
    a) 水産研究・教育機構 水産技術研究所(伯方島), b) 香川県 農政水産部 水産課, c) 水産研究・教育機構 水産資源研究(塩釜), d) 水産研究・教育機構 水産資源研究所(廿日市), e) 水産研究・教育機構 水産技術研究所(廿日市), f) 愛媛大学 沿岸環境科学研究センター, *責任著者
  • 掲載誌:Progress in Oceanography(エルゼビア社)
    DOI:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2022.102860

掲載論文情報2

  • タイトル:Temporal variations in hatch date and early survival of Japanese anchovy (Engraulis japonicus) in response to environmental factors in the central Seto Inland Sea, Japan
  • 著者:藤田辰徳a, 山本昌幸a, 河野悌昌b, 冨山 毅c, 杉松宏一d, 米田道夫e*
    a) 香川県 農政水産部 水産課, b) 水産研究・教育機構 水産資源研究所(廿日市), c) 広島大学大学院 統合生命科学研究科, d) 水産研究・教育機構 水産技術研究所(長崎), e) 水産研究・教育機構 水産技術研究所(伯方島), *責任著者
  • 掲載誌:Fisheries Oceanography(ワイリー社)
    DOI:https://doi.org/10.1111/fog.12535
    ※2022年度水産海洋学会 論文賞
【お問い合わせ先】

<本件照会先>
 国立研究開発法人 水産研究・教育機構 水産技術研究所 
  養殖部門 生産技術部 主任研究員 米田 道夫
  TEL:0772-25-1306    E-mail:yoneda_michio55*fra.go.jp
  経営企画部広報課
  TEL:045-277-0136    E-mail:fra-pr*ml.affrc.go.jp

 香川県 農政水産部水産課 総務・栽培推進グループ 主任 藤田 辰徳
  TEL:087-832-3474  E-mail:cr4177*pref.kagawa.lg.jp

 国立大学法人 愛媛大学 沿岸環境科学研究センター 講師 吉江 直樹
  TEL:089-927-9839     E-mail:yoshie.naoki.mm*ehime-u.ac.jp
  総務部広報課 広報チーム
  TEL:089-927-9022   E-mail:koho*stu.ehime-u.ac.jp

 国立大学法人 広島大学大学院 統合生命科学研究科 准教授 冨山 毅
  TEL: 082-424-7941   E-mail:tomiyama*hiroshima-u.ac.jp
  広報室
  TEL:082-424-3749   E-mail:koho*office.hiroshima-u.ac.jp

  (注: *は半角@に置き換えてください)

 


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