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【研究成果】小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 固体有機物分析チーム研究成果の科学誌「Science」論文掲載について

小惑星リュウグウ試料中の黒い固体有機物
Macromolecular organic matter in samples of the asteroid (162173) Ryugu

発表のポイント

  • 小惑星リュウグウ試料の非破壊分析(非処理の微粒子分析)と破壊分析(試料の酸処理によって分離精製した不溶性残渣の分析)をそれぞれ施した結果、リュウグウに含まれている有機物の主要な割合を黒色の固体有機物(注1)が占めていることがわかった。
  • 小惑星リュウグウ試料中の固体有機物は層状ケイ酸塩や炭酸塩と共存していたことから、リュウグウ母天体で水、有機物、鉱物との化学反応が起こった証拠を見出した。リュウグウ試料中の有機物の組成は始原的な炭素質コンドライト隕石の有機物と似ているが、リュウグウの方が隕石に比べて有機物の組成に多様性が見られた。この結果は、リュウグウの母天体における液体の水と有機物との反応がさまざまな条件で進行したことを示す。
  • 小惑星リュウグウ試料中の固体有機物に、熱で炭化した痕跡は見られなかったことから、リュウグウの有機物は母天体内部や天体衝突によって高温で加熱されていないことがわかった。
  • 小惑星リュウグウ試料中の固体有機物の同位体組成から、少なくとも一部の有機物は星間分子雲や原始惑星系円盤の外側といったマイナス200℃以下の低温環境で形成されたことがわかった。
  • C型小惑星リュウグウ、D型小惑星、彗星の有機物との間には共通点と相違点が見出された。このことは、原始惑星系円盤で生じた共通の前駆物質が、それぞれの微惑星(のちの小天体)に取り込まれた後、それぞれの母天体での化学反応に応じて変化した結果であると考えられる。
  • 本研究の成果から、C型小惑星の黒い固体有機物をはじめ、生命を構成する成分とは一見無関係のようにみえる形をした有機物が、初期の地球や惑星に大量にもたらされ、ハビタブルな天体の形成に寄与した可能性が新たに期待できる。

1. 概要

 広島大学大学院先進理工系科学研究科薮田ひかる教授が率いる固体有機物分析チームは、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った小惑星リュウグウ試料中の固体有機物の化学組成、同位体組成、形態を分析しました。小惑星リュウグウ試料(200-900μmサイズの微粒子37個)をさまざまな顕微分光法で非破壊分析した結果、試料中の有機物を構成する化学結合の種類と割合は、最も始源的なイブナ型炭素質コンドライト隕石(CIグループ)や始原的なミゲイ型炭素質コンドライト隕石(CMグループ)のものに似ていることが明らかとなりました。それらを電子顕微鏡で観察したところ、ナノメートルサイズの球状有機物や薄く広がった不定形の有機物が、層状ケイ酸塩や炭酸塩に隣接した、あるいは混じり合った状態が見出されました。リュウグウの母天体中で生じた二次鉱物との共存状態は、これらの有機物もまた母天体で液体の水と反応して生じた証拠です。リュウグウ試料の有機物には、グラファイトのような秩序だった構造は見られなかったことから、分析したリュウグウ試料の有機物は母天体内部や天体衝突によって高温で加熱されなかったことを意味します。
 また、小惑星リュウグウ試料の同位体組成を測定した結果、重水素および/または窒素15が濃集している領域が検出されました。このような同位体組成は地球上の有機物には見られない、数十ケルビン(マイナス200℃以下)の低温環境でのみ生じることがわかっています。したがって、分析したリュウグウの有機物はたしかに地球外起源であることが示されたと共に、これらの少なくとも一部の有機物は星間分子雲や原始惑星系円盤外側などの極低温環境で形成されたことが明らかとなりました。

©広島大、JAXA、東京大、高知大、立教大、名古屋大、千葉工業大、明治大、会津大、産総研
図1: リュウグウの進化に伴う、固体有機物の形成と進化

 固体有機物分析チームでは、リュウグウ試料を非破壊分析しただけでなく、リュウグウ試料を酸処理して大部分の無機物を溶解・除去すること(破壊分析)によって得られた、酸不溶性残渣の分析も行いました。その結果、高い収率で回収された酸不溶性残渣は、黒い固体状の有機物であることが判明しました。この酸不溶性残渣の測定結果は、非破壊分析した有機物のものとほとんど一致したことから、リュウグウ試料の有機物の主要な割合を黒い固体有機物が占めていると結論づけることができます。この黒い固体有機物が、小惑星リュウグウが黒い天体であることを特徴づけているのかもしれません。
 本論文では、炭素質小惑星の有機物と、始原的な炭素質コンドライト隕石の有機物との関係を、初めて証明しました。さらに、詳細には、小惑星リュウグウの方が隕石に比べて化学組成・同位体組成・形態に多様性があることも明らかとなりました。このことは、リュウグウの母天体における液体の水、有機物、鉱物との反応がさまざまな条件(度合い)で進行し、星間分子雲や原始惑星系円盤で生じた初生の有機物が分解され、分解生成物から新たな有機物が合成されるといったプロセスを繰り返しながら、有機物の組成が多様に化学進化した歴史を裏付けるものです(図1)。なお、分析したリュウグウ試料の固体有機物の組成は、第1回タッチダウンで回収した表層試料と第2回タッチダウンで回収した人工クレーター近傍試料との間で大きな相違は見られませんでした。すなわち、太陽系が誕生した約46億年前、さらには太陽系が誕生する前に形成された有機物が、比較的最近に小惑星表層で起こった天体衝突や宇宙風化による影響を免れ、リュウグウの表層試料に保存されていたことになります。

2. 本文

 小惑星や彗星に含まれる有機物は、約46億年前に太陽系が誕生した当時に形成され、地球を含む様々な惑星、さらには生命の材料物質として寄与したと推測されてきました。しかし、これまでの地球外有機物分析研究の対象の多くは、地球に落下した隕石や宇宙塵の分析に限られています。また、「はやぶさ」が持ち帰った石質(S型)小惑星イトカワの試料からは有機物は見つかっていません。そのため、小惑星にどのような有機物が分布しているのか、わかっていませんでした。
 本論文では、地球外有機物分析を専門とする国内外の著名な研究者達が共同で、炭素質(C型)小惑星リュウグウ試料中の固体有機物の化学構造、官能基組成、形態、元素・同位体組成を総合的に分析し、太陽系形成史においてリュウグウの有機物がどのような過程で生成、進化したのかを詳細に読み解きました。
 化学構造分析には顕微ラマン分光分析、官能基組成分析には顕微赤外分光分析と放射光軟X線顕微鏡、ナノスケールでの形態観察・官能基組成分析には透過型電子顕微鏡とAFM赤外分光分析、元素・同位体組成分析には二次イオン質量分析を用いました。これらの分析手法を複合して、リュウグウ試料を化学処理せずに直接分析する非破壊測定と、試料を酸処理して得られた不溶性残渣を分析する破壊測定をそれぞれ実施しました。

2-1. 酸処理の重要性 
 リュウグウ試料の非破壊測定では、試料中に分布する有機物のありのままの化学組成や同位体組成の不均一性を明らかにすることができるという強みがあります。その一方で、非破壊測定は、リュウグウを特徴づける全岩(バルク)組成を得ることは得意ではありません。また、層状ケイ酸塩や硫化鉱物に細粒の有機物が混じっている場合、非破壊測定では、層状ケイ酸塩に含まれる水素・酸素や硫化鉱物に含まれる硫黄と、有機物に含まれる水素・酸素・硫黄とを明確に区別することがむずかしくなります。そこで、私たちは、純度の高い固体有機物を分析するために、非破壊測定に併せて、リュウグウ試料を塩酸・フッ酸の混合溶液で化学処理する操作を約1ヶ月間繰り返し、試料中の大部分の無機物を溶解・除去することにより分離精製した酸不溶性残渣の分析も行いました。その結果、高純度、高収率で回収された酸不溶性残渣は、黒色を呈した固体状の有機物であることが判明しました(図2)。この酸不溶性残渣の測定結果は、非破壊分析した有機物のものとほとんど一致したことから(図3, 6, 9)、リュウグウ試料の有機物の主要な割合を黒い固体有機物が占めていると結論づけることができます。
 酸不溶性残渣の測定と、非破壊測定した有機物の測定との間で見出されたわずかな違い(図3、図5, 9)は、i) 組成の不均一性、ii) 非破壊測定の結果は固体有機物だけでなく鉱物や可溶性有機物の組成も含まれている可能性、iii) 酸処理(フッ酸)によって層状ケイ酸塩が分解したことにより、層状ケイ酸塩と相互作用していた有機物の化学形態が変化した可能性、iv) 酸処理によって固体有機物の一部が加水分解した可能性、などを反映していると考えられます。さらには、酸不溶性残渣中の化学的・同位体的不均一性までも明らかにすることができました。

© Yabuta et al. 2023

図2. リュウグウ試料の酸処理によって分離精製した不溶性炭素質残渣(固体有機物)の画像。
(a)ミニガラスバイアル中の残渣、(b)他のミニバイアルに移された炭素質残渣の一部を上から撮影した画像。

2-2. 炭素質小惑星の有機物と始原的な炭素質コンドライト隕石の有機物との関係
 小惑星リュウグウ試料(微粒子20個)に含まれる有機物の化学構造および官能基組成を上述の顕微分光分析法で測定した結果、試料中の有機物は、芳香族炭素、脂肪族炭素、ケトン基、カルボキシル基が無秩序に結合した芳香族性の高分子構造からなることが明らかとなりました(図3, 4, 6)。このような分光学的特徴は、最も始源的なイブナ型炭素質隕石(CIコンドライト)や始原的なミゲイ型炭素質隕石(CMコンドライト)のものに似ていました(図3, 4, 6)。一方で、リュウグウ試料の有機物には、グラファイトのような秩序だった構造は見られませんでした。グラファイトのような構造は、有機物が高温で加熱されて炭化すると生じます。本論文で測定したリュウグウ試料の有機物が、加熱された隕石グループのものとは明らかに異なることは(図4)、分析したリュウグウ試料の有機物は母天体内部や天体衝突によって200℃を超える高温には加熱されなかったことを意味します。

© Yabuta et al. 2023
図3. リュウグウ試料と炭素質コンドライト隕石の顕微赤外分光スペクトルの比較。

(a) 化学処理を行っていない(非処理の)試料、(b) 試料を酸処理して得られた不溶性残渣。脂肪族炭素C-H結合(2960 cm -1, 2930-2925 cm-1, 2855-2850 cm-1, 1460 cm-1, 1380 cm-1)、カルボニル基(カルボキシル基, ケトン基)C=O結合(1705-1690 cm-1), 芳香族炭素C=C結合(~1600 cm-1) に由来する赤外吸収バンドが検出されている。

© Yabuta et al. 2023

図4. 非処理のリュウグウ試料と炭素質コンドライト隕石の顕微ラマン分光スペクトルパラメーター [炭素物質に由来するDバンドとGバンドの位置 (ωD, ωG)] の比較。

 また、小惑星リュウグウ試料(微粒子4個)中、炭素に富む領域の水素同位体比(δD)、窒素同位体比(δ15N)(注2)を二次イオン質量分析で測定した結果、それらの全岩組成は、CIコンドライトのδD、δ15Nの全岩組成と、CIコンドライトの酸処理により分離精製した固体有機物のδD、δ15Nの中間の値を示しました(図5)(微小領域毎の同位体組成については、後述)。以上から、小惑星リュウグウ試料に含まれる有機物は、化学的、同位体的に、始源的な炭素質隕石に似ていることが明らかとなりました。本結果は、リュウグウ試料の元素組成、鉱物組成、希ガス同位体組成から導かれた結論と調和的です。

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図5. 非処理のリュウグウ試料と炭素質コンドライト隕石のδD、δ15Nのプロット。

2-3. ナノスケール観察で明らかとなった、リュウグウ母天体における有機物、鉱物、水の相互作用
 さらに、私たちは、リュウグウ試料(微粒子12個)の超薄切片(厚さ約100 nm)を作製し、より空間分解能の高い放射光軟X線顕微鏡、透過型電子顕微鏡、AFM赤外顕微鏡で測定しました。特に、X線顕微鏡と透過型電子顕微鏡では同じ超薄切片を観察しました。その結果、ナノメートルサイズの球状有機物(ナノグロビュール)や薄く広がった不定形の有機物(本文中では“diffuse carbon”と表記)が、層状ケイ酸塩や炭酸塩に隣接した、あるいは混じり合った状態が見出されました(図6, 7, 8)。「ナノグロビュール有機物」は芳香族炭素またはカルボニル炭素に富んでいました(図6, 7, 8)。「薄く広がった有機物」には、始原的な炭素質隕石に含まれる酸不溶性有機物に化学組成が似ているものの他、モレキュラーカーボネート(結晶性の炭酸塩鉱物ではない、分子状の炭酸塩前駆物質、あるいは炭酸エステルと推測される化合物)を含むものが観察されました(図6, 7)。炭素質隕石中にもナノグロビュール有機物と薄く広がった有機物の存在は報告されていますが、リュウグウの方が隕石に比べて化学的、形態的に多様性があることが明らかとなりました。
 リュウグウ試料中の層状ケイ酸塩や炭酸塩は、リュウグウ母天体中で生じた二次鉱物であることが報告されています。したがって、これら鉱物と共存する有機物もまた、リュウグウ母天体で液体の水と反応して生じたことを示しています。さらに、リュウグウ試料で見出された有機物の化学組成と形態の組み合わせから、リュウグウ母天体では液体の水との反応(水質変成)の進行に伴い、次のような有機物の化学進化が起こっていると考えられます。
①初生の固体有機物の加水分解、または、可溶性有機分子の層状ケイ酸塩への吸着が起こり、薄く広がった有機物が増える
② 固体有機物の芳香族化および酸化が進み、芳香族炭素やカルボニル炭素に富んだナノ有機物が増える
③ ①、②の結果、有機物の組成が多様化する
 なお、リュウグウ試料を酸処理して得られた不溶性残渣も、放射光軟X線顕微鏡と透過型電子顕微鏡で測定し、その結果は非処理試料のものとほぼ一致しましたが、不溶性残渣からはモレキュラーカーボネートが観察されませんでした。このことは、モレキュラーカーボネートを含む薄く広がった有機物は酸で変化しやすいか、酸に溶ける性質をもった有機物である可能性が推測されます。

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図6. リュウグウ試料の元素マップおよびX線吸収分光スペクトル。

(A)と(B) 非処理のリュウグウ微粒子の超薄切片のX線透過画像と、各官能基のX線吸収に基づくカラーマップ。 (C) リュウグウ試料の酸処理で得られた不溶性残渣の超薄切片のX線透過画像。 (D) (C)の一部における各官能基毎のカラーマップ。(E) (A), (B), (D)の各領域におけるC-XANESスペクトル。各官能基のX線吸収エネルギー:芳香族炭素(285.0 eV)、ケトン(286.5 eV)、カルボキシル基(288.5 eV)、モレキュラーカーボネート(290.4 eV)。

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図7. リュウグウ試料の透過電子顕微鏡画像。

スケールバーはいずれも 500 nm. (A) 非処理のリュウグウ微粒子の超薄切片の電子顕微鏡画像。マゼンタ:ナノグロビュール有機物、青: マグネシウム系層状ケイ酸塩、橙:硫化鉄。 (B) 酸処理で得られた不溶性残渣の超薄切片の電子顕微鏡画像。ドーナツ状のナノグロビュール、穴の空いていないナノグロビュール、不定形の有機物が存在する。 (C) 図6Bの領域11hの電子顕微鏡画像。2つの磁鉄鉱粒子 (Mag) にマグネシウム系層状ケイ酸塩中の薄い有機物(diffuse carbon)と硫化鉱物ナノ粒子(Sulf)が隣接している。(D) 図6Aの領域3aの電子顕微鏡画像。大きい炭酸カルシウム粒子中に小胞形有機物が包有されている。

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図8. 非処理のリュウグウ試料のAFM赤外顕微鏡観察で取得された、各官能基の赤外吸収に基づくマップ。
赤:C=O (1720 cm-1)、青:C=C (1600 cm-1) 、緑:Si-O (1020 cm-1)。層状ケイ酸塩と有機ナノ粒子(赤、紫)が共存している。濃緑色の領域は、薄く広がった有機物と推測される。
2-4. 最初に有機物が生じた場所は、リュウグウ母天体ができる前の低温環境
リュウグウ試料の二次イオン質量分析計による測定では、非処理試料、不溶性残渣のいずれからも、Dおよび/または15Nに非常に富む領域(ホットスポット)と、非常に乏しい領域(コールドスポット)が検出されました(図9)。Dおよび/または15Nに富む同位体組成は地球上の有機物には見られない、数十ケルビン(マイナス200℃以下)の低温の環境でのみ生じることがわかっています。したがって、分析したリュウグウの有機物はたしかに地球外起源であることが示されたと共に、これらの少なくとも一部の有機物は星間分子雲や原始惑星系円盤外側などの極低温環境で形成されたことが明らかとなりました。

図9. リュウグウ試料、炭素質隕石(CI, CM, Tagish Lake, CR)の酸処理で得られたそれぞれの不溶性残渣の (a) 水素同位体比(δD)と(b) 窒素同位体比(δ15N)の分布の比較。
白丸はホットスポット(またはコールドスポット)。色付きの丸印は各残渣のバルク平均値。破線はホットスポットの最頻値。

2-5. C型小惑星リュウグウ、D型小惑星、彗星との関係
 C型小惑星リュウグウの固体有機物の特徴を、他の太陽系小天体の有機物のものと比較しました。炭素質隕石のうち、未分類のC2コンドライトとされるタギッシュレイク隕石は、小惑星帯の外側や木星トロヤ群小惑星に位置する炭素質(D型)小惑星に由来すると考えられています。タギッシュレイク隕石は、試料によって有機物と鉱物の組成にバリエーションがあり、同一の母天体上で異なる度合いの水質変成が起こっていたとの報告があります。ここで注目すべきは、リュウグウ試料を酸処理して得られた不溶性有機物のδDの分布と幅(ばらつき)はCI, CMコンドライトに類似することに加えて、タギッシュレイク隕石の中で水質変成の影響が最も大きい試料(11v)と最も少ない(始原的な)試料(5b)にも類似する点です(図9)。一方で、水質変成をほとんど経験していないCRコンドライト(図9)や、彗星を起源とする惑星間塵や南極微隕石のものに比べると低い値を示します。タギッシュレイク隕石内でのδDの減少は、異なる度合いの水質変成により有機物と水との間で水素同位体交換が起きたか、Dに富む有機物が加水分解したためと議論されています。これらに基づくと、原始惑星系円盤の初期段階で生成した(すべての始原小天体に)共通の前駆物質が、C型小惑星やD型小惑星で起こったような水との不均一な化学反応をリュウグウ母天体で経験し、化学的、同位体的に変化した結果、リュウグウの有機物を生じたと考えられます。
 また、リュウグウ試料の不溶性有機物を構成する炭素に対する窒素の原子比(N/C)はCI, CMコンドライトの値と似ていましたが、タギッシュレイク隕石のN/Cの方がやや高く、81P/ウィルド2彗星塵、惑星間塵、南極微隕石のN/Cはもっと高いという相違があります。N/Cは母天体水質変成によって変化しにくいことが室内実験から示されていることから、この違いは星間分子雲や原始惑星系円盤の段階で生じたものであると考えられます。このような、C型小惑星リュウグウ、D型小惑星、彗星との間で見出される有機物の化学組成、同位体組成、形態上の共通点と相違点は、原始惑星系円盤における前駆物質の連続性を示唆するものではないかと私たちは考えています。

2-6. 黒い有機物による、ハビタブルな天体の形成への寄与
 誕生したばかりの地球に大量の小惑星や彗星が衝突した際、これらの小天体に含まれる有機物が生命の材料としてもたらされたと考えられています。具体的な生命の材料として、隕石に微量に含まれるアミノ酸、糖、核酸塩基などの生体関連分子がこれまで注目されてきました。しかし、本論文では、炭素質小惑星リュウグウに含まれる有機物の主要な割合を、黒くて石炭のような見た目をした固体有機物が占めることが明らかとなりました。この事実を踏まえると、生命を構成する成分とは一見無関係のようにみえる有機物が、(微量なアミノ酸などと共に)初期地球に大量に降り注ぎ、その後、地球でのさまざまな環境でさらなる化学進化を経て、生命材料として利用できる分子に変化していったとも考えられます。実際に、CMコンドライト中の酸不溶性有機物を水と共に加熱した室内実験では、固体有機物の一部が熱水で分解されて、多種の有機分子(可溶性有機分子)や揮発性分子が生成することが報告されています。すなわち、本論文は、炭素質小惑星の固体有機物が種々の分子を生み出すリザーバーとしての役割を担い、ハビタブルな天体環境の形成に寄与した新たな可能性を導くものです。

 

3. 論文情報

雑誌名: Science
論文タイトル: Macromolecular organic matter in samples of the asteroid (162173) Ryugu
著者:H. Yabuta1, G. D. Cody2, C. Engrand3, Y. Kebukawa4, B. D. Gregorio5, L. Bonal6, L. Remusat7, R. Stroud5, E. Quirico6, L. Nittler2, M. Hashiguchi8, M. Komatsu9, 10, T. Okumura11, J. Mathurin12, E. Dartois13, J. Duprat7, Y. Takahashi11, 14, Y. Takeichi14, D. Kilcoyne15¶, S. Yamashita14, A. Dazzi12, A. Deniset-Besseau12, S. Sandford16, Z. Martins17, Y. Tamenori18, T. Ohigashi19, H. Suga18, D. Wakabayashi14, M. Verdier-Paoletti7, S. Mostefaoui7, G. Montagnac20, J. Barosch2, K. Kamide1, M. Shigenaka1, L. Bejach3, M. Matsumoto21, Y. Enokido21, T. Noguchi22, H. Yurimoto23, T. Nakamura21, R. Okazaki24, H. Naraoka24, K. Sakamoto25, H. C. Connolly Jr.26, D. S. Lauretta27, M. Abe25, 28, T. Okada25, 29, T. Yada25, M. Nishimura25, K. Yogata25, A. Nakato25, M. Yoshitake25, A. Iwamae30, S. Furuya11, K. Hatakeda30, A. Miyazaki25, H. Soejima30, Y. Hitomi30, K. Kumagai30, T. Usui25, T. Hayashi25, D. Yamamoto25, R. Fukai25, S. Sugita11, 31, K. Kitazato32, N. Hirata32, R. Honda33, T. Morota11, E. Tatsumi34, N. Sakatani35, N. Namiki28, 36, K. Matsumoto28, 36, R. Noguchi37, K. Wada31, H. Senshu31, K. Ogawa38, Y. Yokota25, Y. Ishihara38, Y. Shimaki25, M. Yamada31, C. Honda32, T. Michikami39, M. Matsuoka40, N. Hirata41, M. Arakawa41, C. Okamoto41¶, M. Ishiguro42, R. Jaumann43, J.-P. Bibring44, M. Grott45, S. Schröder46, K. Otto1, 45, C. Pilorget44, 47, N. Schmitz45, J. Biele48, T.-M. Ho49, A. Moussi-Soffys50, A. Miura25, H. Noda28, 36, T. Yamada25, K. Yoshihara25, K. Kawahara25, H. Ikeda25, Y. Yamamoto25, K. Shirai41, S. Kikuchi31, 36, N. Ogawa25, H. Takeuchi25, 28, G. Ono51, Y. Mimasu25, K. Yoshikawa51, Y. Takei25, A. Fujii25, Y. Iijima25¶, S. Nakazawa25, S. Hosoda25, T. Iwata25, 28, M. Hayakawa25, H. Sawada38, H. Yano25, 28, R. Tsukizaki25, M. Ozaki25, 28, F. Terui52, S. Tanaka25, 28, M. Fujimoto25, M. Yoshikawa25, 28, T. Saiki25, S. Tachibana11, 25, S. Watanabe8, Y. Tsuda25
1Department of Earth and Planetary Systems Science, Hiroshima University, Hiroshima 739-8526, Japan.
2Earth and Planets Laboratory, Carnegie Institution for Science, Washington, DC 20015, USA.
3Laboratoire de Physique des 2 Infinis Irène Joliot-Curie, Université Paris-Saclay, Centre National de la Recherche Scientifique, 91405 Orsay, France.
4Faculty of Engineering, Yokohama National University, Yokohama 240-8501, Japan.
5Materials Science and Technology Division, US Naval Research Laboratory, Washington, DC 20375, USA.
6Institut de Planétologie et d'Astrophysique, Université Grenoble Alpes, 38000 Grenoble, France.
7Institut de Mineralogie, Physique des Materiaux et Cosmochimie, Museum National d'Histoire Naturelle, Centre National de la Recherche Scientifique, Sorbonne Université, 75231 Paris, France.
8Graduate School of Environmental Studies, Nagoya University, Nagoya 464-8601, Japan.
9Center for University-Wide Education, Saitama Prefectural University, Saitama 343-8540, Japan.
10Department of Earth Sciences, Waseda University, Tokyo 169-8050, Japan.
11Department of Earth and Planetary Science, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan.
12Institut Chimie Physique, Université Paris-Saclay, Centre National de la Recherche Scientifique, 91405 Orsay, France.
13Institut des Sciences Moléculaires d'Orsay, Université Paris-Saclay, Centre National de la Recherche Scientifique, 91405 Orsay, France.
14Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization, Tsukuba 305-0801, Japan.
15Advanced Light Source, Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley 94720-8229, USA.
16NASA Ames Research Center, Moffett Field 94035-1000, USA.
17Centro de Química Estrutural, Institute of Molecular Sciences and Department of Chemical Engineering, Instituto Superior Técnico, Universidade de Lisboa, Lisboa 1049-001, Portugal.
18Japan Synchrotron Radiation Research Institute, Hyogo 679-5198, Japan.
19Institute for Molecular Science, UVSOR Synchrotron Facility,Okazaki 444-8585, Japan.
20École normale supérieure de Lyon, University Lyon 1, 69342 Lyon, France.
21Department of Earth Science, Tohoku University, Sendai 980-8578, Japan.
22Department of Earth and Planetary Sciences, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan.
23Department of Earth and Planetary Sciences, Hokkaido University, Sapporo 060-0810, Japan.
24Department of Earth and Planetary Sciences, Kyushu University, Fukuoka 819-0395, Japan.
25Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA), Sagamihara 252-5210, Japan.
26Department of Geology, School of Earth and Environment, Rowan University, Glassboro 08028, USA.
27Lunar and Planetary Laboratory, University of Arizona, Tucson 85721, USA.
28School of Physical Sciences, The Graduate University for Advanced Studies, Hayama 240-0193, Japan.
29Department of Chemistry, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan.
30Marine Works Japan Ltd., Yokosuka 237-0063, Japan.
31Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, Narashino 275-0016, Japan.
32Aizu Research Cluster for Space Science, University of Aizu, Aizu-Wakamatsu 965-8580, Japan.
33Center of Data Science, Ehime University, Matsuyama 790-8577, Japan.
34Instituto de Astrofísica de Canarias, University of La Laguna, Tenerife E-38205, Spain.
35Department of Physics, Rikkyo University, Tokyo 171-8501, Japan.
36Research of Interior Structure and Evolution of Solar System Bodies, National Astronomical Observatory of Japan, Mitaka 181-8588, Japan.
37Faculty of Science, Niigata University, Niigata 950-2181, Japan.
38JAXA Space Exploration Center, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA), Sagamihara 252-5210, Japan.
39Faculty of Engineering, Kindai University, Higashi-Hiroshima 739-2116, Japan.
40Geological Survey of Japan, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba 305-8567, Japan.
41Department of Planetology, Kobe University, Kobe 657-8501, Japan.
42Department of Physics and Astronomy, Seoul National University, Seoul 08826, Republic of Korea.
43Freie Universität Berlin, Institute of Geological Sciences, Planetary Sciences and Remote Sensing, Berlin 12249, Germany.
44Institut d'Astrophysique Spatiale, Université Paris-Saclay, Centre National de la Recherche Scientifique, 91405 Orsay, France.
45Institute of Planetary Research, German Aerospace Center, Berlin 12489, Germany.
46Department of Computer Science, Electrical and Space Engineering, Luleå University of Technology, 98128 Kiruna, Sweden.
47Institut Universitaire de France, 75005 Paris, France.
48Microgravity User Support Centre, German Aerospace Center, Cologne 53147, Germany.
49Institute of Space Systems, German Aerospace Center, Bremen 28359, Germany.
50Centre National d’Études Spatiales, 31401 Toulouse, France.
51Research and Development Directorate, JAXA, Sagamihara 252-5210, Japan.
52Department of Mechanical Engineering, Kanagawa Institute of Technology, Atsugi 243-0292, Japan.
¶Deceased.

DOI番号: 10.1126/science.abn9057
公表日: 日本時間2023年2月24日(金)午前4時(オンライン公開)

4.脚注

(注1)リュウグウの固体有機物に似ている、炭素質コンドライト隕石(CMグループ)に含まれる固体有機物のモデル構造(Glavin et al. 2018)を以下に示します。具体的には、1環から6環ぐらいの芳香族炭素を、短い分岐鎖に富む脂肪族炭素が架橋し、酸素原子を含むさまざまな化学結合(カルボキシル基、ケトン基、エーテル基など)を含む、複雑で無秩序な高分子であると考えられています。その元素組成は、炭素原子を100個とした場合、水素原子が75個、酸素原子が17個、窒素原子が4個で、硫黄原子が3個と表すことができる(Alexander et al. 2007)と報告されています。隕石有機物を色々な分析手法で測定したこれまでの研究成果を総合して忠実に再現されたモデルですが、非常に複雑な組成をしているために、まだ明らかになっていない部分も残っています。

©Glavin et al. 2018

(注2)それぞれの元素(R)の同位体比は、次の式で表されます。
δR (‰)= [(R試料/R標準物質) − 1] x 1000
(R試料は試料の同位体比、R標準物質は地球上の標準物質の同位体比)

【本件内容の問い合わせ先】

<研究内容、論文に関すること>
 薮田 ひかる(広島大学) メール:hyabuta*hiroshima-u.ac.jp
 橘 省吾 (東京大学) メール:tachi*eps.s.u-tokyo.ac.jp

<その他>
 JAXA 宇宙科学研究所 広報担当 メール:isas-kouho*ml.jaxa.jp
 広島大学 広報室 メール:koho*office.hiroshima-u.ac.jp
 横浜国立大学 総務企画部 学長室 広報・渉外係 メール:press *ynu.ac.jp
 高エネルギー加速器研究機構 広報室 メール:press *kek.jp
 九州大学 広報室 メール:koho *jimu.kyushu-u.ac.jp
 北海道大学 社会共創部 広報課 広報・渉外担当 メール:jp-press *general.hokudai.ac.jp
 東北大学 大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室 メール:sci-pr *mail.sci.tohoku.ac.jp
 京都大学 総務部 広報課 国際広報室 メール:comms *mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
 東京大学 大学院理学系研究科・理学部 広報室 メール:media.s *gs.mail.u-tokyo.ac.jp

  (注: *は半角@に置き換えてください)


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