第20回 有尾 一郎 助教 (大学院工学研究科)

世界初、折りたためる橋「モバイルブリッジ」のプロトタイプ完成!  ―「かけはし君」が世界の架け橋になる?―

有尾一郎助教

大学院工学研究科 社会環境システム専攻 建設構造工学講座(現:大学院工学研究院 社会基盤環境工学専攻 社会空間環境部門) 有 尾 一 郎(ありお いちろう)助教

に聞きました。 (2009.12.15 社会連携・情報政策室 広報グループ))

プロフィール

有尾一郎助教は中学3年の冬、「早く社会に出て、世の中の役に立つ仕事をしたい!」と、普通高校ではなく国立明石工業高等専門学校への進学を決意します。尊敬する先輩の存在が大きかったのだそうです。ところが高専4年生の夏休みに、その後の進路を決定する出来事が待ち受けていました。

旧運輸省の神戸第3港湾事務所におけるインターンシップで、護岸工事に立ち会ったときのこと。船がゴツンとあたってもこわれない、地震がきても大丈夫な護岸を造るためにはと、コンクリートブロックの強度を計算していました。この問題をどう解くのだろうと思った有尾少年は、このとき一冊の本と出会います。

灯台もと暗し。その本の著者は、自分が通学する明石高専の先生でした。迷わず先生の研究室のドアをノックした有尾少年は、早く社会に出たいと思って高専に進学した初志をあっさり撤回。その後長岡技術科学大学、同大学院へ進学(博士後期課程修了)することとなります。そして、民間会社、和歌山工業高等専門学校教員を経て、1997年本学工学部第四類(現建設・環境系)へ着任。運命の出会いから、研究者への道を歩むことになります。

 

円筒の対称性の破れ?

有尾助教の専門は応用力学、構造解析です。
橋やビルのように、いくつかの部材などから構成される構造物は、強いけれど、こわれ始める瞬間にしわが生じて、こわれ出すと一挙につぶれてしまうデメリット(座屈臨界点といわれる構造不安定現象の一つ)があるという有尾助教。「例えば円筒形の缶は、アルミ缶であっても意外と縦の力に対して頑丈です。空き缶をつぶそうとして、なかなかつぶせない経験をした人は多いと思います。ところがある一点を押し気味に少しねじると、一挙につぶれてしまします。ペットボトルも意外と強いですよね。構造物そのものの強度、圧縮する力など、さまざまな力の作用で起こるそのしわには、おもしろい形が生まれる瞬間があるのですが、それはなぜだと思いますか?」と筆者に問いかけ、答えに窮しているのを察するやいなや、そばにあったA4の紙にコーヒーの空き缶2つを背中合わせにくるくると巻いて、少し力を掛けて圧縮して見せます。「後からまた説明しますから覚えておいてくださいね」と言いながら広げたその紙には、規則正しい折り目に添って、しわが刻まれていました。

空き缶を背中合わせに巻いていきますよ…

空き缶を背中合わせに巻いていきますよ…

空き缶を背中合わせに巻いていきますよ…

ちょっと力を入れてみますよ…

規則正しく折り目がついていますね?

規則正しく折り目がついていますね?

世界初、モバイル(携帯できる)ブリッジ完成!

2009年9月、有尾一郎助教は、災害時に迅速なインフラ復旧や被災者救助が可能になる「世界初、折りたためる橋(モバイルブリッジ)の原型プロトタイプを完成」したと平成21年度土木学会全国大会で発表しました(2009年8月24日広島大学において記者発表)。

この橋は、建設基礎技術を、社団法人日本建設機械化協会施工技術総合研究所(※1)と共同開発し完成したもので、幅0.5m、長さは0.5mから(当初の6mから延長し)9mまでアコーディオン状に伸縮可能であり、コンパクトに折り畳めて移動ができ、人が歩ける橋としては、世界ではじめての原型プロトタイプです。

(※1)現:一般社団法人 日本建設機械施工協会 施工技術総合研究所

 

従来の組み立て橋の弱点

各地の地方整備局(国土交通省)では、災害に備えて、排水ポンプ車・照明車・応急仮設(組立)橋などの災害対策に必要な各種機材を保有しており、災害発生時の応急対策に活用しています。

有尾助教は、「しかし、通常の応急仮設橋は、規定された大型車両(20トン級のトレーラー)の荷重を基に設計されるため、短い橋であっても重厚な構造物となり、被災者を救助/救援していくような仕様にはなっていません。トラック20台分くらいで運ぶため、組立に大きなヤードも必要となり、時間が最優先される被災現場であるにもかかわらず、復旧のための仮設組立てに時間がかかってしまい、現代社会の危機管理上の大きなデメリットだ」と指摘します。

既往の応急橋(組立に4~7日かかります)

既往の応急橋(組立に4~7日かかります)

開発のヒント

「あらかじめ不完全な橋を立体的に折り畳み、必要なときにのばせるような構造体にしておけばよいのではないか」と考えていたちょうど5年前のある日、ご長男が、引き金を引くと、銃身の先に連なったはさみ状の(蛇腹構造のような)部分がビヨ~ンとのびる樹脂製のおもちゃ「ピストルハンド」で遊んでいるのを見て、「機能を生かして、もう少し丈夫にすれば使えるぞ!伸びる部分を2本にすれば、丈夫になりそうだ!」とひらめきます。

折り畳み構造は、門扉などアコーディオン状のゲートにも見られます。門扉は、伸縮は可能なものの強さが足りないこと、面外方向(伸びる方向と直交する方向)に不安定化しやすいので、そのままでは、その上に車が乗ったり、人が乗ったりすることはできません。軍事用に折り畳める橋も開発されてはいますが、この構造形式とは大きく異なり、戦車を渡すためのものなので頑丈で、しかもせいぜい二つ折りであり、もちろん価格も格段に高いのだとか。

携帯可能なものとするためには、部材には軽さと強度が重要で、力学バランスと構造安定性と最適な構造形態が必要となり、現実には高度で複合的な最適化問題に直面することになります。有尾助教は、高度なスキルは要求されそうですが、現代では計算機がさまざまな複雑な計算をしてくれるため、誤作動による障害が起きたことをあらかじめ想定して、被害を最小限に食い止めるよう幾重にも工夫して設計(fail safe:フェイルセーフ)するなど、構造不安定を制御できれば、「橋を折り畳めるのではないか?」と考えます。

 

「折り」構造を学ぶ

最近では、多重折り畳みは、潜在的に多重構造不安定性(数学的多重特異点)が隠れていることが理論的に明らかになってきました。しかしながら、橋のような大きな構造物では、幾重にも折り畳むことは非現実でリスクが高くなるため、通常はそのようなことは誰も考えません。
「目から鱗」の逆転の発想で考えると、構造不安定をうまく制御できれば、「橋を折り畳むことができそうだ」と思われます。しかし、解決には、「折り」構造の理解が欠かせません。

もし橋が折り畳めたら?
どのように折り畳むか?
強度を保ちながら折り畳むには?
効率よく橋を折り畳むには?
そこで、上述の「円筒の対称性破れ」に基づく、規則正しい折り目のパターンが現れる折紙がヒントになります。折紙に始まって、「折り畳む」ことはわが国のお家芸ではありますが、折り畳みに関する力学は、有尾助教にとっては未知の領域でした。ちょうどその頃、破壊力学の先生が「折紙工学」と称して、折り紙による折り畳みパターンを学術研究されていることを知り、その研究に刺激を受け、3次元の円筒体を最小の力学エネルギーで平面上に折り畳む物理的な力学解法にたどり着きました。

折り紙スキルによる円筒構造体の折り畳み原理と対称性破れ現象の一例(英国Bath大学非線形力学研究センターにて2003年度在外研究)

折り紙スキルによる円筒構造体の折り畳み原理と対称性破れ現象の一例(英国Bath大学非線形力学研究センターにて2003年度在外研究)

少ない制御力、テコの原理、スマート構造概念(注1)を組み合わせることで、橋全体として段階的に多重構造安定性にできることにたどりつき、プロトタイプ実現が現実味を帯びてきます。不可能と思われていたオリガミのアプローチから高効率で折り畳める橋に、このプロトタイプ開発によって可能性の芽が出てきました。
(注1)構造物に取り付けた(埋め込んだ)センサーなどが、安全性や使用利便性を考慮して、構造物それ自体が外部から受ける影響や欠陥などを発見したり、治癒したり、振動や最適形状への変化などの知的行為を行うという全く新しい構造概念

支える根もとの部分に力が掛かります

支える根もとの部分に力が掛かります

プロトタイプの設計図

プロトタイプの設計図

モバイルブリッジの完成構想図

モバイルブリッジの完成構想図

ペットボトルや空き缶などは、折り畳むことでゴミの減容化にもつながります。
現在、飲料容器の減容化を目指して、ペットボトルメーカーである日本山村硝子株式会社さんと「折り畳めるペットボトル」を共同研究開発中で、この折り構造を利用したおもしろい容器をいくつか試作開発中です。

日本山村硝子デザイン(左)試作品(右)

日本山村硝子デザイン(左)試作品(右)

自然災害への備え

「我が国は、地震、津波や台風(大雨)など多くの自然災害を経験しています。今後もこれらの災害の猛威と共存していかなければなりません。そのためには、過去の災害状況を分析し、技術科学の英知によって、助かる/助けられる人命を積極的に救助していく、機動的な地域防災システムの構築が必要不可欠です。」と力説する有尾助教。「特に大規模リスクを伴うものは、国の重要な仕事です。『備えあれば憂い無し』のように、国民の財産と人命を守る災害に強い国土(防災基盤)造りを進め、将来の天災に備えなければなりません。」

「私たちは、収穫したばかりの稲むらに火を付け、村の人たちを津波の災害から救った『稲むらの火』など多くの故事などから、教訓や備えを学んできました。しかし、ゲリラ豪雨など繰り返される自然災害などにより、多くの尊い命や財産が失われています。時間との勝負を迫られるとき、生活者レベルのニーズを最優先することこそ求められているのでは」「『避難勧告を受けたけれど、雨がひどく降って表に出られなかった。動けなかった』と語る被災者の言葉は重い」と語る有尾助教。地震や豪雨が起こると、災害現場に駆けつけ調査を行っている有尾助教の、現実に裏打ちされた説得力ある言葉が筆者に迫ります。

2009.8.9の豪雨による流橋調査報告はこちら

兵庫県佐用2009.8.9豪雨による流橋

兵庫県佐用2009.8.9豪雨による流橋

2009.8.9豪雨によるトラス橋の流橋

2009.8.9豪雨によるトラス橋の流橋

流橋による村の孤立化

流橋による村の孤立化

2009.8.9豪雨による流橋

2009.8.9豪雨による流橋

「かけはし君」に期待!

今回開発した技術は、あらかじめ橋に展開機構を設けることによって、架設組立て時間を短縮させる画期的な建設技術です。開発上の課題も幾つか残されていますが、この技術を確立できれば、橋梁そのものをコンパクトに折り畳んで被災現場に運搬し、それを展開施工することが可能となります。実際の運用にあたっては、被災現場の規模や状況などから、さまざまな制約条件や技術的課題も想定されますが、折り畳める橋があれば、迅速な救助やライフラインの確保に役立てることが期待できます。

コンパクトでしょう?

コンパクトでしょう?

あとがき

今年(2009年)11月の大学祭において、学生が企画した「折り畳める橋(モバイルブリッジ)の展示と渡橋体験」が一般公開され、大人気でした。また、12月のある日、早朝からテレビ取材があり、先生の研究が、「世界初!広大発の携帯できる橋」と日本全国に生中継されました。「かけはし君3号」は、各分野の高度な専門技術を有する専門家集団である「広島大学技術センター」から配属されている「学校工場」のプロ職人の支えなくして誕生することはありませんでした。今後も、彼らと共に改良を重ね、実用化へ向け実験を重ねたいと語る有尾先生。研究を継続する予算がないと言いながらも、共同研究を続ける本学工学研究科社会環境システム専攻地球環境工学講座(※2)(工学部第四類建設・環境系)の作野裕司助教の、気球などによる撮影画像を使った災害マップ作成の研究と連携して、被災者の救助に貢献してゆきたいし、かけはし君に期待していますと力強い。先生の顔が明るかったのは、国内外で活躍する「かけはし君?号」の姿が見えていたのかも知れません。「スポンサー求む!」ですね、先生!(O)

(※2)現:本学工学研究院 輸送・環境システム専攻 エネルギー・環境部門

プロトタイプ製作の技術スタッフと、実験研究中の同僚・学生の皆さん

プロトタイプ製作の技術スタッフと、実験研究中の同僚・学生の皆さん    


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