取材実施日:2014年3月12日
第15回研究室訪問は、工学研究科 応用化学専攻 有機材料化学研究室(大下研究室)の博士課程後期(D)3年、田中大樹(たなか だいき)さんが取材に応じてくれました。高専からの三年次編入学や、魅力的な研究室との出会い、現在社会的需要が増している太陽電池の材料開発について伺ってきました。
研究を始めたきっかけは?
私は米子高専の物質工学科で学んだ後に、広島大学に三年次編入しました。「Dの飛翔」インタビュー第6回の板倉正也さんは、私の一つ上の先輩です。高専からの三年次編入学や他大学の学部を卒業してから、広島大学の大学院へ進学する方は少なくありません。
高専の時は無機化学を学んでおり、リチウムイオン二次電池の材料開発のため、負極の材料になるグラファイト(炭素材)の研究をしていました。編入学をするにあたり、様々な大学の研究室を調べていたのですが、その時に今の研究室が目に留まりました。「有機ケイ素化学」を謳っていて、「有機化学とケイ素(無機化学分野に属する物質)を同時に扱うテーマって何だろう?」「どういうものかよく分からないけど、見てみたい!」という思いが湧きました。そこで当時の私が使っていた有機化学の基本的な内容についての教科書で、有機ケイ素化学について調べてみましたが記載が見られませんでした。当時の私の専門は無機化学だったので有機化学の知識はほとんどありませんでしたが、有機ケイ素化学の強烈なインパクトに引き付けられ、現在の研究室を選択、研究をスタートさせました。
研究内容はどのようなものですか?
有機系太陽電池の新材料開発をしています。太陽電池はその材料の特性によって、シリコン(無機)系、化合物系、有機系に分類することができ、市場の70%以上をシリコン系が占めています。住宅の屋根に設置されている黒い太陽電池はシリコン系の製品です。シリコン系(主に単結晶シリコン太陽電池と多結晶シリコン太陽電池)は、光電変換効率が良い反面、製品自体が重く、見た目は黒単色、柔軟性に欠けるという弱点があります。
シリコンとは反対の有機を組み合わせて作る有機系太陽電池(色素増感太陽電池や有機薄膜太陽電池)は、軽く、柔軟性に富むので曲面に自由に貼り付けることができ、設置場所の制約をなくすことができます。また、有機なので色を吸着するためカラフルな太陽電池を作ることができ、壁の色と同化させたり、圧迫感を軽減させたりできる特徴があります。しかし、光電変換効率がシリコン系には及ばない、耐久性が弱いという弱点があります。そこで、どうしたら有機系太陽電池の光電変換効率が良くなるのかをDの研究テーマに据えています。
研究を進めていくと、無機の電極の上に有機系の化合物を重ね、その上にケイ素を結合させると、無機だけで電極を作る場合よりも光を吸収しやすくなることが分かりました。さらにケイ素が結合していることで膜のように有機系を囲ってくれるので、水に弱い有機系の耐久性の問題が解決できます。次は、無機に有機を重ねた電極をベースに、より多くの光を吸収させるには、どのような材料が適しているのか、合成や実験を繰り返しています。太陽電池は、吸収した光がそのまま電流になるため、一つの電極で多くの光を吸収できるだけ吸収することが求められます。しかし、吸収の良さばかりに着目していると、実用化した時の耐久性の問題がクリアできません。バランスの取れた材料を求めて日々試行錯誤しています。
D進学の決め手は?
一言で言えば、もう少し研究を続けたかったからです。D進学を考えたのは周りが就職活動を始めるM1の時です。編入学してから学部3年、4年、M1と三年間研究を続けましたが、もっと面白いものを見つけられないかな、と思っていました。そこでM1の1月頃先生に相談した結果、背中を押していただけたので、D進学を決意しました。
先生の指導方針や研究室の特色は?
指導教員の大下先生は、自由にのびのびと研究をさせることを方針としています。大下先生はご多忙ですが、ちょくちょく研究室に来てくださいます。その時に相談し、新しいアイディアを見つけ、研究の再スタートとなることが多いです。
研究室の特色は、扱っている化合物が「神様が唯一作り忘れた化合物」と言われるくらい特徴的であることです。ケイ素という物質は地球の地殻中に二番目に多く含まれているので存在量は非常に多いのですが、「有機ケイ素化合物」となると自然界には存在していません。このような「有機ケイ素化学」を扱っている研究室は全国的に見ても少なく、それを研究室の軸としている所はさらに少ないです。
研究環境はいかがですか?
研究費や設備など、十分に整っていると思います。実験をするにあたり材料となる試薬を購入する必要がありますが、それが出来なかったことはありません。当研究室では使う材料は特別なものが多いので、購入するよりも自分たちで合成した方が早いものは作って用意しています。
大下先生は企業との共同研究を行っており、そのテーマに近い研究をしている学生には積極的に声を掛け、参加させてくださいます。大下先生のもとに企業の方が相談されに来ることも多く、学生であっても企業の方と話す機会があり、勉強になっています。
また大下先生は他大学との研究グループに属しているので、そこで情報交換を行ったり、専門の設備が整っていない大学の方が当研究室にいらっしゃって研究をしたりしています。私達もまだ太陽電池の性能評価のノウハウが無いため、それは他大学に相談し、評価してもらっています。この研究グループがあることで、お互いの大学には無いところを補い合い、研究が促進される環境になっています。
就職はどのような方面にされる方が多いですか?
学部生は、ほとんどがMに進学しています。Mを修了すると民間企業の研究職に就職する学生が多いです。広島大学は西日本出身の学生が多いため、西日本に研究所がある企業を選んでいるようです。Dに進学する学生はあまり多くなく、現在のDは私一人です。
研究のやりがいは?
自分が新たに作り出したものがどんな物性を持っているか考えている時や、それをどのように活用できるかを考えている時が一番楽しいです。論文や専門書を参考にしながら、その新たに作り出したものについて調べていると、ふとした偶然で閃きます。そして、「あ!こういう風に使えそう!」と分かっていきます。このような時間は、本当にワクワクが止まりません。
今後のご自身の展望は?
春からは民間企業の研究職に就きます。ですので、まずは今までの大学での研究と企業における研究・開発の差に慣れることと、戦力になれるようにしっかりと勉強していくことが目標です。大学での研究は、基礎的な研究が主で、論文を発表することで評価されます。しかし企業での研究は、製品開発につながる研究を主とし、その結果の技術や製品で評価されるようです。この差は、自分が新たな世界へ入っていくことを示しているので、今は楽しみな気持ちが強いです。今後企業で働いていく中で、いずれは「うちに田中というやつが居るから、そいつに任せておけばいいだろう」と言われるようになりたいです。
(注1) 有機材料化学研究室(大下研)
http://home.hiroshima-u.ac.jp/orgmtrls/Ohshita_Group/Ohshita_Group-Home.html
取材者:志田 乙絵 (文学研究科人文学専攻 日本・中国文学語学コース 博士課程前期1年)