取材実施日:2014年7月24日
第16回研究室訪問は、医歯薬保健学研究科 口腔健康科学専攻 口腔健康科学講座の博士課程後期(D)3年、岩畔将吾(いわぐろ しょうご)さんが取材に応じてくれました。全国に2校しかない4年制の歯科技工士養成機関の1つである口腔工学専攻(広島大学歯学部)の2期生である岩畔さんに、研究内容や歯科技工について伺ってきました。
現在の研究内容はどのようなものですか?
歯科材料としてジルコニアを用いることに関する研究をしています。歯科でよく使われる材料は金属とプラスチックとセラミックの3種類です。それぞれに利点や欠点があるため、基本的には組み合わせて使われます。例えば、金属は強度が高いのですが見た目が悪いため、見た目の良いセラミックでコーティングします。ジルコニアは強度が比較的高く、金属の代わりとなる歯科材料として期待されています。また、生体親和性が高く、金属アレルギーなどの心配がないため安全性の高い材料とも言われています。歯科の分野以外でも、整形外科では人工関節の材料に使われています。しかし、ジルコニアがセラミックやプラスチックといった他の歯科材料と接着するかどうかは未だに不明確です。そのため、ジルコニアと他の歯科材料との結合に関するメカニズムについて検討しています。
ジルコニアは、金属とは違い鋳造をすることができないため、歯科材料として加工することが困難でした。しかし、コンピュータ技術の向上により、コンピュータ上で設計、デザインを行い、加工機で削りだすことが容易になりました。
高齢になっても全ての歯が健康であることは難しく、何かしらの修復が必要になってきます。歯というものは食事をしたり、会話をしたりする上で欠かせない部位です。そのため、歯を喪失してしまった人の補助を行うことは、人のQOL(Quality Of Life)を維持する上で重要なことだと思っています。
研究をはじめたきっかけは?
芸術分野に興味があったこともあり、物を作る仕事に就きたいという思いがありました。しかし、いくら物を作ることが好きでも、それだけで生計を立てていくことは難しいと感じていました。私が大学受験をする時、4年制の歯科技工士養成コースがあるところは全国で広島大学のみで、まだできて2年目でした。歯科技工士は、入れ歯や差し歯などを患者さんに合わせて作ります。そのため、自分が物作りに満足するだけでなく、患者さんも私の作った物を喜んでくれるのではないかと考えました。そこで歯科技工士に興味を持ち、入学を決めました。
歯科技工士を目指して入学はしたものの、歯科技工士にはなりたくないなと思う時期がありました。というのも、実習で1日中細かい手作業をするからです。コンピュータが進歩している時代の中、どうしてこんなアナログなことをしなければならないのかと感じ、次第にコンピュータを利用した最先端な物作りをしたいと思い始めました。しかし、コンピュータを利用した技工をする上でも、昔ながらの手作業の技術や知識は必要だと感じ、熱心に技術や知識の習得に励みました。
歯を作る時は、土台となる金属やプラスチックやジルコニアの上に見た目や形を整えるための陶材やプラスチックを盛り付けることで、天然の歯を再現します。土台部分はコンピュータによって作ることができるのですが、陶材やプラスチックを盛り付けることは職人技であり、手作業で行うしかありません。内側はコンピュータ、外側は人の力を用い、それぞれの良いところを活かしながら1つの物を作成することができる歯科技工に改めて魅力を感じるようになりました。
私の研究では、コンピューターを用いて製作するジルコニアとその上に手作業で盛りつける各種歯科材料との接着力・結合力の向上や不明点の解明を目指しています。
D進学の決め手は?
修士2年の途中で、広島大学付属病院に入ることができました。大学病院は通常の病院とは違い、臨床と教育と研究の3つのことを同時にしなければなりません。患者さんの治療だけでなく、教育や研究も業務に含まれています。そのため、教育や研究についてもしっかり学びたいと思い、Dへの進学をしようと思いました。
先生の指導方針や研究室の特色は?
どこの研究室でも同じかもしれませんが、学生主体で研究を行っています。先生から具体的に細かい指導を受けることはなく、基本的に本人に任せられます。週1回、研究報告や調べた論文を発表するゼミがあります。ここの研究室の特徴なのですが、歯科技工士の先生がいらっしゃることもあり、器具を用いて石膏棒から歯の形に削るトレーニングも特別に行います。そのためか、学科の中でも歯科技工士を志望する学生が集まっています。
就職はどのような方面にされる方が多いですか?
広島大学は4年制の歯科技工士養成コースが設置されている珍しい大学ではあるものの、実際に歯科技工士になる人は少ないです。1学年20人ほど在籍していて、歯科技工士になるのは2人か3人しかいません。歯科材料のメーカーやMR(医薬情報担当者)、中には公務員になる人もいます。この学科の方針として、学生には歯科に関する幅広い知識や視野を持って欲しいというものが一番にあります。学生生活で得たことをそれぞれの進んだ場で活かしてくれるのならば、歯科技工士でなくても良いという思いがあるのかもしれません。
研究のやりがいは?
私は博士課程に在籍していると同時に、大学病院の職員です。日中は仕事があるため、研究に時間を割くことはあまりできません。日中では歯を作ることには神経を使います。そして仕事終わりには実験にも神経を使う必要があるため、両立は大変です。また、研究が失敗することもあり、なかなか満足の行く研究結果を出すことは難しいです。しかし、臨床の場で疑問に思ったことを追及できることには非常にやりがいを感じています。
今後のご自身の展望は?
歯科技工は職人技的な側面が強く、歯を作るにはどうしても経験と勘に頼らざるを得ません。その中で私は、医科の分野でエビデンスベースが重要視されているように、科学的根拠に基づいた物作りができる歯科技工士になりたいです。いま行っている研究が、今後の自分自身の考え方や後々自分が指導する立場になったときの基礎となればいいなと思っています。
取材者:杉江 健太 (総合科学研究科総合科学専攻 人間行動研究領域 博士課程前期2年)