第27回 工学研究科 D3 野波 諒太さん

写真:野波さん

取材日 2015年8月17日

第27回研究室訪問は、工学研究科の博士課程後期(D)3年、野波諒太(のなみ りょうた)さんが取材に応じてくれました。
理系の研究室というと実験をしているイメージが強いですが、野波さんは日々PCに向かって黙々と研究を進めます。そこには「機械の構造設計を、シミュレーションによって誰でもシステマティックにできるように」という野波さんの思いがありました。
今回は、野波さんの研究やインターンシップのことを中心にお話を聞きました。

研究内容について

現在研究しているのは、船体の構造最適化です。主に商船を研究対象としています。船の設計というのは、基本的には船体の重量を軽くすることを目指して行われます。軽い構造にすることで、船を造る材料費が安くなるためです。しかし、船の重量を軽くしようとすればするほど、船の強度は下がってしまいます。国が定めた規定ルールの範囲内で、強度を保ちつつ軽い構造にするにはどんな構造にすべきなのか。現状では、この構造設計を設計者が経験だけをもとに決めているきらいがあります。構造設計をPCでのシミュレーションによって行い、誰でもシステマティックにできる方法を見つけたいというのが、本研究の目的です。

右図は、船を正面で切断し、その一部を抜き出した図です。この断面に棘のようなものがたくさんついています。これは「スティフナー」と呼ばれる船の補強材で、一本の長さが約150メートル(船の長さ)ほどの巨大な棒です。スティフナーの形状はJIS規格で700パターン以上あり、このスティフナーの本数、位置、形状をそれぞれ変えることで、どのくらい重量が変わるかを、FEM(有限要素法)というシミュレーションソフトを用いて計算していきます。

図:スティフナー

FEMとは、ある構造の強度についてコンピューターモデル(FEMモデル)を作成し解析を行うことで求める手法です。FEMモデルは対象構造物を細かなメッシュ(解析領域を三角形や四面体として区分けし表したもの)に分割したもので、この単純化されたメッシュごとに計算を行い、構造全体の強度を求める手法です。従来、製品の開発では設計→試作品の作成→強度実験→評価→設計変更のプロセスを繰り返し行っています。しかし、試作品の作成には時間・材料費・人件費等の多くのコストが必要となり、開発のプロセス回数に比例して製品開発のコストが増大してしまいす。そこで、試作品作成コストを削減するために、コンピューターで構造強度をシミュレートする技術がFEMとなります。
FEMは主に製造業の分野で使用されており、特に受注生産のため試作品を作ることのできない船舶・原子炉・ビル・橋等で積極的に使用されています。また自動車では、試作品の作成に時間と工費・材料費がかかるため、コストの削減及び開発スピードの向上を目的として使用されています。最近では、機械加工や溶接の工程をシュミレーションし、効率の良い生産方法を生み出すためにも使用されています。船舶の場合、設計者の実力が高く元々の設計が良いため、重量を10%軽くすることができれば上出来です。そんなに削って大丈夫なの?という声も聞きますが、もともとのルールが厳しく、安全率が高いので問題ありません。
船舶に関する研究ができる大学は、私の所属している研究室を含め日本に6大学しかありません。その中でも、船の構造設計を、シミュレーションを用いた最適化という視点でやっているのはうちの構造設計研究室だけなんです。シミュレーションの研究は、シミュレーション上でどれだけ実際の実験結果に近い数値を出せるかがポイントとなってきます。実際の実験結果は本研究室では出せないので、他の共同研究先からデータを貰って進めていきます。FEMというのは企業が導入してまだ20、30年しか経っていない、歴史の浅いものです。そのため、メーカー側でも使い方が浸透しておらず、たとえば適切なメッシュの切り方を出すために式を作らなければなりません。
シミュレーションで設計することのメリットは、コストをかけて余分な試作品を作る必要がなくなることです。車の衝突実験をする場合ならば、シミュレーションソフトで行えば車を一台潰さずに済みます。

研究をはじめたきっかけ

シミュレーションやFEMの研究をしてみたいと思ったのがきっかけでした。高等専門学校に通っていた私は、最後の一年間を大学と同じような研究室に所属して過ごしました。そこでお世話になった先生が現在所属している大学の研究室の卒業生だったんです。高等専門学校は、多くの生徒が卒業後就職していく中、先生に大学進学を勧められたこともあり広島大学への編入を決めました。まだ就職したくない、というのがその時私が思った率直な気持ちです。そういうわけで、今は船を研究対象として扱っていますが、それは船への興味というよりは寧ろシミュレーションに対する好奇心からのことです。
博士課程への進学も、大学進学の時と同じく先生の勧めが大きかったと思います。修士課程1年生のとき就職活動をしていたのですが、行きたい企業から内定をもらうことができませんでした。指導教官の先生からは「博士課程に行ってみるのもよいのでは」と言われ、もともと博士課程へ進学したい思いもあったので進学してみようと思いました。

写真:野波さん

インターンシップでの経験

博士課程においても、インターンシップを元々どこかのタイミングで行こうと思っていたところ、若手研究人材養成センター(現:グローバルキャリアデザインセンター)の企業派遣プログラムを勧められ、そこからジャパンマリンユナイテッドへのインターンシップの話を進めるに至りました。昨年(博士課程2年生の時)の4月から6月の初旬にかけて行ってきました。造船の専業では業界トップクラスの企業だったので、大学の研究室では経験できない、非常に充実した毎日を送れたと思います。三重県の事業所は従業員が2000人くらいで、私はその造船所に付設されている研究所(従業員50人ほどの部署)にインターンに行きました。インターン期間中の生活ですが、始業は午前八時と、とにかく朝が早かったです。研究室にいる時は、昼頃から深夜遅くまで研究していたので、最初は生活のリズムを整えることに苦心しました。造船所から車で30分ほどの場所に会社寮があったので、7時前には寮を出なければなりませんでした。
インターンシップ先では、運よく、自分の研究に関連した取組もできました。研究内容は、船に設置されているスティフナーの本数の最適化です。スティフナーの本数を変えると、船の重量はどう変わるのか。それに伴って強度はどう変化していくのか。船の重量を減らすということは、その分強度も下がるということですから、それを補完するために板厚を上げなければなりません。そのパターンを手動で計算し、9パターンに絞り込んでから実際に構造設計を作っていきます。
私の行っている船体の研究は、研究室では船の模型を作ったり設計したりできないので、自分の研究にうまくアタリがつけられませんでした。換言すれば、きちんと最適化できているか実証することが難しかったんです。インターンシップ先では、企業の独自ソフトを使って、コンピューター上で構造最適化の模型を作成することができ、自分のシミュレーションした構造設計が、実際作ってみた時とどれくらい誤差が少ないか、実際に手を動かしながらデータをとることができました。船の設計をする時も、研究室では聞けなかった専門的なことについてもインターンシップ先では聞くことができ、スムーズに研究を進めることができました。
インターンシップに行って特に刺激を受けたことは、社員同士が話し合う機会を大切にしているということです。日頃、研究室にいる時は、週に一回のゼミ発表と、先生への報告を除けば周囲の人間とコミュニケーションを取る機会はほとんどありません。ひとりひとり黙々と研究していくのがうちの研究室のスタンスですから。ところが、インターンシップ先では社員同士の話し合いの機会が多く設けられていて、ミーティングは三日に一回は必ず行われていました。研究所は構造グループ(船の構造設計)、流体グループ(実際に模型を作って水槽で走らせる)、構造、生産グループ(どうすれば効率的に作れるか)という三つのグループに分かれているため、各グループ同士の連関が重要となってきます。研究室は個人のレベルで研究をすすめていくので、新鮮な体験でした。

研究室の特色について

理系ですが実験を一切やらないというのが、うちの研究室最大の特色であると思います。やるのはPCを使ってのシミュレーションのみ、一日中PCと向かい合って黙々と作業しています。一週間に一度、指導教官の先生に進捗報告をする時以外は、基本的には一人で研究を進めていきます。後輩に対しては、研究で使うソフトの使い方や、プログラムの細かい部分については指導しますが、それでも研究内容が違うのでめったに話すこともないです。
研究室に配属されるのは学部4年生からで、現在は18人程度の学生がいます。一週間ごとにゼミ発表があり、自分が発表するのは月二回くらいです。その時はスライド作って、自分の研究テーマについて発表します。中には似たような研究をしている学生もいるので、自分の研究に生かせると感じたり、比較データとして使えると思ったり、いろいろと勉強になります。研究室では静かですが、プライベートでは釣りにいったりバーベキューをしたりとオンオフの切り替えができる研究室であると思います。

今後の展望・Dを目指す人へ

最近、シミュレーションのコンサルタント会社に就職することが決まりました。就職先は完全に自分の研究と同じ分野というわけではないですし、研究職ではありません。しかし、シミュレーションのコンサルタントという点では近いので、研究して身につけた力を生かしていけたらと思います。コンサルタントなので、シミュレーションに関してアドバイスすることもありますが、依頼され、自分でモデルを作って解析、評価まですることもあるそうです。
今の就職先を選んだのは、車の設計もやっているというところです。就職先の企業の方と面識があり、博士課程1年のとき、その企業と他企業に出資してもらって三週間ほどドイツに留学していたことがありました。その時は、自分の研究分野ではない車の衝突解析の研究をしたのですが、研究テーマの船よりも実は車好きの自分にとっては非常に面白く、魅力ある体験でした。その時の繋がりがあったのでその企業に就職したいと思い、就職先として選びました。
博士課程は修士課程の時に比べて忙しくなりますが、学会、インターンシップなどさまざまな経験ができるので、修士課程で就職するよりは、博士課程まで行った方が豊かな経験を得ることができます。研究自体も、学部生・修士時代にくらべて大変でつらい時のほうが多いですが、その分出来た時の喜びが大きいので、私は自分の研究にやりがいを感じながらここまで来ることができました。個人的には博士課程に進学してよかったと感じていますが、昨今アカデミックなポストが減っているので、進学の際は自分の人生設計をしっかり立てたうえで決断されるとよいのではないかと思います。

写真:研究発表する野波さん

取材者:加川すみれ(文学研究科 人文学専攻 日本・中国文学語学分野 博士課程前期1年)


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