第29回 理学研究科 D3 金子 政志さん

写真:金子さん

取材日 2015年11月21日

第29回研究室訪問では、理学研究科の博士課程後期(D)3年、金子政志(かねこ まさし)さんを取材しました。研究者として自分がどう在りたいかを常に考え研究に打ち込む、金子さんのひたむきな姿勢を垣間見ることができました。また幼少から続けてきたピアノの腕前は、店で生演奏ができるほど。研究以外でも多彩な才能を発揮されている金子さん。そんな金子さんに、自身の研究や今後の展望について語っていただきました。

研究内容について

誰も見たことのない頂へ―ミクロな視点から「なぜ」への挑戦
プルトニウムやウランというのは原子力発電のサイクル中で再利用できますが、それによって残されたゴミ、つまり放射性廃棄物が大きな問題となっています。この放射性廃棄物をいかに処理するかということが、今日の日本のみならず世界の主要国の共通課題です。
放射性廃棄物にマイナーアクチノイドという有害な物質が含まれているのですが、私は現在、それだけを選択して取り出す方法について研究しています。UFOキャッチャーで考えると、マイナーアクチノイドだけを取り出すためのアーム部分のデザイン、といったところでしょうか。しかし、UFOキャッチャーの中にも色々な種類の景品があるように、放射性廃棄物の中にも様々な物質があります。そのためマイナーアクチノイドだけを取り出すというのは、非常に困難な作業です。どういう形のアームならばマイナーアクチノイドだけを取ってきてくれるのか、ということを分子レベルでシュミレーションしていくことが求められます。
放射性廃棄物からマイナーアクチノイドだけを取り出すことができれば、核変換反応1)によって、マイナーアクチノイドを無害な原子核に変えることができると考えられています。しかし、その際マイナーアクチノイドと一緒に他の物質も取り出してしまうと、核変換反応が起こりにくくなってしまいます。そのため、マイナーアクチノイドだけを他の物質から分離し、取り出すことが必要となってくるのです。
このような放射性廃棄物から有害物質だけを取り出すための研究は、広島大学以外の大学でも多くされていますし、日本原子力開発機構でも本格的に行われています。しかし、そこで行われているのはあくまで実験化学研究がメインであって、理論シミュレーション、つまり計算化学研究をやっている人間はいません。この点に自分の研究の独自性があると思っています。
元素周期表(下図)を見てください。マイナーアクチノイドはfブロックの部分に置かれていますが、ここのブロックは原子番号も大きく、電子の数が膨大にあることが分かります。私が行っている計算というのは、主に電子の計算をすることなのですが、電子の数が多ければ多いほど、計算に時間がかかってしまいます。電子の計算はコンピューターが行いますが、早くて3日、長いときは一週間計算し続けます。計算するための方程式は以前からあったのですが、実用的なレベルになったのが比較的最近であるので、まだ新しい研究領域といえます。そのため、私自身、この研究を就職先である日本原子力研究開発機構でも継続していきたいと考えています。
実用化にむけての最大の壁は分離効率です。実用化するための実験にはそれなりのコストがかかるため、よりたくさん分けられるようなアーム部分を計算によってデザインし、実験の人に試してもらい、そのフィードバックを受けながら改良を加えていきたいと考えています。計算専門の私が、実験をする人と密接に連携しながら開発できたらと思います。

 
1)核変換(かくへんかん、英: nuclear transmutation)とは、原子核が放射性崩壊や人工的な核反応によって他の種類の原子核に変わることを言う。元素変換(英: transmutation of elements)、原子核変換とも呼ばれる。

図:元素周期表

研究をはじめたきっかけ

高校時代に学習していた数学や化学に対するイメージが、大学に入ってがらりと変わったことがきっかけです。化学の場合、無機化学と有機化学と物理化学という3つの分野は異なり、分野と分野とが互いに閉じている感覚がありました。しかし大学での研究では、それら3つの分野は互いに融合しており、その境界線が無いのだと気づきました。たとえば、有機化学で炭素や水素といった典型元素のみを扱うだけかと思いきや、それを合成するための触媒が必要で、無機化学の手法が必要となってくる…独立していると思っていた分野が実はこんな風に繋がっていたのかと実感した時が、研究の魅力にとりつかれた時でした。
今でこそ計算を専門にやっている私ですが、学部生の時代は実験もやっていました。私の研究室では、分子を測定する際、放射性物質から出る放射線を使って測定します。放射性物質を使うと、分子の中の電子をとてもミクロな視点からみることができるので、放射線物質が危ないというよりも、放射線によって未知の世界と出会えることに心揺さぶられました。
実験をやめて計算に移ったのは博士課程前期(M)に進んでからです。計算をしている人が周囲には誰もいなかったので、計算できる環境がないなら作ってしまおうと思い、計算をはじめました。ただ計算の方法は独学で学ばなければならず、当時はかなり苦労しました。結果、計算の理論や方法を研究のツールとして理解できても、個々の計算式の意味――なぜこのような計算式なのか、ということが理解できませんでした。その感覚がもどかしくて,計算の本来の意味を研究したいと思いDに進学しました。

写真:スライドで説明する金子さん

研究室の特色

広島大学理学部化学科では、学部(B)4年生の時に研究室配属があります。私が所属している放射線反応化学研究室の場合を紹介しますと、一人ひとりの基本的な研究の方針は、4月の段階で決まります。学部生には中島覚教授から本人の希望になるべく沿うように研究が割り当てられ、MやDの学生も一丸となって、学部生の卒業研究を一年通して補助します。Mに進んだ後学生は、卒業研究を踏まえて興味が湧いたことに対し、その後の研究の見通しを自分で企画し、実行できるような研究環境になっています。教授は、「何事もまずはやってみなさい」というスタイルなので、ある程度自由に研究でき、学会にも参加させてもらえる恵まれた環境であると思っています。
Mに入ってからの研究は、ほとんどの学生は卒業研究の流れを汲んで続けます。しかし、私の場合、卒業研究の結果、ほとんど何も「分からない」。いい結果なのか悪い結果なのかそれすらも分からず、なぜこんな結果になったのかが「知りたい」。その原因を突き詰めて考えたとき、それは分子にあるのではないかと思い、Mではそれまでと異なる計算の分野に方向転換した点で例外だったのではないかと思います。
話を戻しますが、私が所属する研究室では、個々人がさまざまな種類の元素の実験をしています。元素というのは周期表でいうとこのようにブロックで区別することができるのですが、それぞれのブロックによって計算方法や元素の扱い方などがまるで違うのです。さまざまな研究テーマの人と連携して研究を進めることができるので、計算屋の私にとってはこれ以上ないくらいの幸せな環境であると感じています。

今後の展望

なぜこれを作ったのか、何が知りたいからこの研究をやっているのか、それを常に意識して研究を続けていけたらと思います。自分が今やっていることが、どうすれば社会の役に立つのか、もっと科学の分野を発展させることができるかを考えながら続けたいです。
それから実験科学者と計算科学者はWin-Winの関係だと思います。実験は計算の補助によってさらに進展し、計算は実験と突き合わせることによって精度が向上します。実験をする人と計算をする人の相互作用はとても重要だと思いますので、そういった理論と実験の橋渡しができるような研究者になりたいです。

D進学を考える人へのメッセージ

研究者の醍醐味は、誰も見たことのない山の頂の景色を、世界ではじめて見ることができることです。新しい発見をする瞬間というのは、世界でただひとり、自分だけが山の頂に手をかけていて、自分だけがその景色を味わうことができるものです。だからその瞬間を味わいたいとか突き詰めたいとか思えるようであれば、進学してもやっていけるのではないでしょうか。それから、寝ても覚めても研究のことが頭から離れなくて、自分の研究が夢に出てくるようになれば、進学しても良いと思います。
もちろん、Dへの進学には不安もあると思います。ですがDで培ったスキルを生かせる進路は必ず見つかります。博士人材のすごいところは、自分で課題を発見して、解決していく力を持っている所です。自分の力をどう使えるか、それを考えられる人を企業は放っておかないでしょう。
余談ですが、私はB、M、Dの時で自分の研究テーマを変えています。しかしD1の時、Mでやっていた計算がD1でやっていた計算にリンクした瞬間があり、その時「俺はドクターとしてやってける」と確信しました。今までやってきたテーマを意識的に変えるということも視野に入れて研究を続ければ、楽しい研究生活が待っているのではないでしょうか。

写真:理学部ピロティ前の金子さん

取材者:加川すみれ(文学研究科 人文学専攻 日本・中国文学語学分野 博士課程前期1年)


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