第25回 工学研究科 D3 平野 博大さん

写真 平野さん

取材日 2015年5月29日

第25回研究室訪問は、工学研究科 システムサイバネティクス専攻 生体システム論研究室の博士課程後期(D)3年、平野 博大(ひらの ひろき)さんが取材に応じてくれました。平野さんに、現在の研究内容やインターンシップに行った時のお話を伺ってきました。

研究はどのようなものですか?

人が感じている痛みを定量的に評価する研究をしています。普通の状態であれば、今どのぐらい痛いのかを大雑把な表現で伝えることができますが、もし全身麻酔中などの言葉を使えない状況にあるときはそれすらできません。また、同じ表現を用いても、その表現から連想できる痛みが自分と他人では必ずしも同じではない可能性があります。そのため、人が感じている痛みを“血管の硬さ”という指標を用いて可視化できないか試みています。
人は痛みを感じたとき、交感神経と呼ばれる神経が亢進します。この神経が亢進することで、手など末梢部位の血管が収縮します。この時の血管状態変化を表現するための血管力学モデルを提案しています。具体的には、高校物理で学習する、バネにかかる力(F)は、ばね係数(K)とばね長さの変化(X)で表される(F=K×X)という関係性を応用して、血管の拡がり方と血管に加わった力から血管の硬さを数値化しています。このような血管の状態変化は、急性的な痛みや微小な痛みにも反応します。現在は、「血管の硬さ」から「人の感じている痛み」を定量的に評価することを行なっています。

研究の意義は?

病院など痛みの客観的あるいは定量的評価が必要な場面に役立つと考えています。例えば、歯科治療や全身麻酔中に役立つと考えています。麻酔は、鎮静効果(無意識状態にする)、筋弛緩効果(筋肉を動かないようにする)、鎮痛効果(痛みを感じないようにする)という3つの効果があり、これらがバランスよく効果を発揮される投薬がよいとされています。鎮静と筋弛緩に関しては、それぞれ数値化する方法がありますが、痛みに関しては、いまだに客観的かつ定量的に評価する装置がありません。しかし、もし人がものを言えない時、生体信号から自動的に痛みを数値化して表現してくれるシステムがあれば、鎮痛効果もわかるようになると考えています。
また、先ほどは血管の硬さと交感神経の活動とは関係があると述べましたが、交感神経は痛みしか反応しないのではなく、不安や緊張などの精神的なストレスにも反応するため、人がどのぐらい緊張しているのかも表現できるツールに成りえると考えています。例えば、運転初心者が、ガチガチの状態で運転しているのか、それともリラックスの状態で運転しているのか、熟練ドライバーが居眠り運転をしていないか、飲酒運転をしていないかというところにも応用できると考えています。

研究をはじめたきっかけは?

自分自身よく怪我をしたり、病気を患ったりするこ と多かったため、小さいころからよく病院に通っていました。皆さんも経験があると思いますが、診察や治療のとき、お医者さんに自分の状態を伝えるというこ とは意外と難しいものです。私の場合、その中でも痛みが一番伝え辛いと体感しました。では、痛みを評価する装置はないのかなと探してみたら、意外となかっ たのです。そこで、自分で作ってみたらいいのではないかと思うようになりました。

D進学の決め手は?

大学に入る時からドクターに進学しようと思い描いていました。その時は、役に立つものを作りたいから研究職に就きたいという漠然とした考えで、将来的に企業の研究職に就くか、それとも大学で研究するのか曖昧な感じでした。そのため、漠然とドクターに進学できたらいいなという程度に思っていました。
実際に現在の研究テーマに取り掛かり始めてからは、研究のやりがいや面白さに惹かれました。人の体の仕組みを考える機会が増えたこと、自身の考えや成果を各専門家と議論する機会がたくさんあったこと、本来ならば見ることのできない体の中の反応を徐々に数値化できるようになってきたことなどです。ドクター進学前、研究室配属後(4年生からの3年間)行なってきた研究をここで終わらせたくない、まだ応用ができるはずだと感じ、もっと研究の完成度を高めたいと思い、ドクターに進学しました。

先生の指導方針や研究室の特色は?

学生自身が考え方を身につけることが重視され、問題を理解する、そして問題を解決する、さらに問題を見つけるという、「理解・解決・発見」の3点を養えるように指導されています。
研究室の特色というと、自分の考えを述べる機会がたくさんあることと、よい指導体制を築いていることです。私たちの研究室では、①全体ゼミ(週1回、全員参加(30名程度)、週4~5名程度が研究の進捗状況を発表するゼミ)、②グループゼミ(週に1回、4つの研究グループがそれぞれ開催、少人数で研究指導/打ち合わせ/相談を行うゼミ)、③外部の先生方(医療機器メーカーの方や医学部の先生など)を招いたゼミ(2、3ヶ月1回程度)、という3つのゼミがあります。特に3つ目のゼミでは、専門家の先生方と、工学的に考えていることが医学的に裏付けできているか、研究の方向性があっているかどうか、研究内容がどのような場で応用できるかなど様々な内容を議論させていただいており、工学分野だけでは解決できない問題を勉強させていただける非常に有意義な機会となっています。これらで得た知識や経験などは、後輩に指導する際に役立てています。後輩を指導することは、後輩の育成だけはなく、自身の理解を深めることにつながります。そのためか、私が研究室に入る前からこのような先輩が後輩を指導する伝統があり、お互いが成長できるよい環境が整っています。

写真 研究室
写真 実験室

インターンシップを経ての収穫は?

「科学技術人材育成費補助金 ポストドクター・インターンシップ推進事業 (イノベーション創出若手研究人材養成)」(注1)を利用して、D1の時に株式会社日立製作所中央研究所でインターンシップに参加させていただきました。3ヶ月のインターンシップを経て、人の役に立つという目的や、研究する場の雰囲気は似ていると感じつつも、目指している到着点の違いを肌で感じました。私たちにとっては、論文や新しい可能性を見出すことが目的ですけど、企業の方は、利益を得ることも考えているので、自分の現在行なっていることを、どのようなところに、どのような形式でアウトプットできれば利益を得ることができるかということを目的として考えています。考えてみれば当たり前のことかもしれませんが、そのような考え方の違いを肌で体験できたことが、インターンシップで得た収穫でした。
また、現在所属している研究室が恵まれた環境にあること、質の高い研究をしていることを再認識しました。日立製作所の素晴らしさは研究者でなくともよくご存じのことかと思います。そして、私たちが普段行なっている議論、研究に対する考え方は、企業でも十分に通用するものでした(…であったと思います)。自分の研究に対して真剣に取り組むことが、将来的に様々な場所で活躍できることに繋がるのだと再認識できたこともインターンシップを経て得た大きな収穫でした。

今後のご自身の展望は?

まずは、現在までに行なっていた研究をきれいにまとめていきたいです。そして、痛み評価を治療の現場で用いるために残されている問題も多々ありますので、それを次年度以降のテーマに繋げられるように課題を明確化したいと思います。
学位取得後のことについては、大学も企業もどちらも魅力的であるため迷っていました。大学は自由度が高く、自分の好きな研究ができます。しかし、大学で研究を進めて行く中で、もう少し商品に近いところに携わりたい、製品化して実際に多くの人に使ってもらいたいという思いが強くなったため、企業の研究者をやってみたいと思うようになりました。来春からは、希望する医療機器メーカーで働く予定です。これまでの経験を活かし、世の中の役に立てるよう最善を尽くしたいと思います。

写真 平野さん

D進学を考える学生へのメッセージ

企業に入ると自分の興味のある研究だけを進めていくことはなかなか難しいです。企業への就職を考えている学生にとって博士課程は、研究を深堀できる人生最後の機会になると思います。大学教員を目指す人はもちろん、企業就職を考えている人もマスターまでに行なっているテーマに、もし自分が魅力を感じているのであれば、もっと可能性を広げていきたいと感じているのならば、ドクターに進学して楽しんでやってもらいたいなと思っています。

注1 グローバルキャリアデザインセンター若手研究人材養成担当で行われているインターンシップは、現在は「未来を拓く地方協奏プラットフォーム」の一環として実施しています。平成26年3月までは「科学技術人材育成費補助金 ポストドクター・インターンシップ推進事業 (イノベーション創出若手研究人材養成)」により行っていました。

「未来を拓く地方協奏プラットフォーム」http://home.hiroshima-u.ac.jp/hiraku/

 
取材者:葉 夢珂(教育学研究科 言語文化教育学専攻 博士課程前期2年)


up