第32回 教育学研究科 D3 大坂 遊さん

取材日 2016年6月9日

今回の研究室訪問では、真摯に日本の社会科教育を考え続ける教育学研究科 文化教育開発専攻 博士課程後期3年の大坂遊さんにお話を伺いました。大坂さんは「未来博士3分間コンペティション2015※1」への出場、2016年7月10日開催の「アカデミックコンテスト※2」の企画運営など、ご自身の研究に留まらず精力的に活動されています。

インタビューでは社会科教育に関する熱い思いや、アカデミックコンテストを企画するきっかけなどについてお話を伺いました。

研究を始めたきっかけ―学部での学びと教師としての挫折を経験して

私は教育学部に入学するにあたって、社会科を教えたいという動機よりも進路指導やキャリア教育がしたいという動機の方が強く、専攻する教科を選ぶ必要に迫られて、得意だった社会科を選択しました。しかし大学に入ってから、「社会科とは将来の”よき市民”を育てる教科であり、地歴公民の内容を学ぶことを通して社会が直面している問題を考えたり、自分たちの身近な地域をより良くしたり、国際的な視野を身につけて平和を実現しようとする力を育成するために誕生した」という本来の社会科の理念を知って衝撃を受けました。学校教育における社会科という教科の重要性を再認識させられるとともに、社会科や社会科教育学という学問に強く惹かれるようになりました。
学部では社会科教育学を学びましたが、まだ学び足りないと感じて進学を希望していました。しかし、院試の結果は不合格。大学院にはどうしても進学したいと考えていたので、1年間研究生として大学院に在籍しながら高校の非常勤講師のアルバイトをすることにしました。
勤務していたある高校では「地理A」を担当しました。その高校ではセンター試験を受けない生徒が多く、教科書も特に気にしなくていいから自由に面白い授業をしてほしいとの要望を受けましたので、卒業論文で研究した「教科書のより良い使い方」を活かして授業を行おうと努めました。しかし、実際の授業は「ナマモノ」で、生徒の反応が予想外であったり、授業の方向性がずれた時に対応が出来なかったり、教材準備の量が多く追いつかなかったりなど想像以上の困難に見舞われます。結局、大学での研究の成果を思うように授業に反映することができず、挫折感を味わいました。この時に自分でカリキュラムを作って授業を行うことが非常に難しいことなのだと思い知りました。また、自分にとって教育学的な知識、専門的な知識、実践的な知識のうち何が足りていないのかについても考えさせられました。そして、「大学を卒業するまでにどのようなことを学んでおけば、その後の教師としての長いキャリアを充実させていくことができるのだろう」という思いを抱くようになりました。

現在の研究について

現在の私の研究テーマは「学生はどのようにして社会科教師になっていくのか」です。研究の方法は主に大学の授業を観察し、その中の一部の学生に対して追加調査を行います。追加調査では学生に「学習指導案」という授業計画を作成してもらい、学生がどのような意図で指導案を作成したのかについて、授業の目標や教材研究のねらい、授業づくりの際に重視しているもの、これまでの学生の学習体験・生活経験と作成した授業との関係などを聞き取っていきます。その他にも、教材研究の為に専門論文を読み解くことが現場の教師に求められているという状況をふまえて、専門学者の学びを解明し教材研究に応用しようと、地理学を専門とする大学の先生に研究協力を依頼し、教育学の研究者である別の先生にも助言を頂きながら、論文分析やインタビュー調査を行ったりしてきました。
研究をしていると、国立大学の教員養成ならではの特殊さや難しさに気付かされます。例えば、広大に入学してくる学生に社会科の教師や授業に対するイメージを聞いてみると、多くの学生が「教科書に沿ってプリントの穴埋めをしていくような授業」とか「授業に関係する面白いネタや小話をたくさん話して盛り上がる先生」というイメージを語ります。このようなイメージが作られる背景には、高校時代にみな同じような進学校に通い、同じような受験勉強を行ってきたという、彼ら自身が受けてきた社会科の授業が強く反映されていることが分かってきました。しかも、このようなイメージを語る学生の多くは、そういった教師や授業のあり方をむしろポジティブに評価していて、「そういうことができる教師こそ“いい教師“である」という信念を根強く持っていました。このような信念を持ち続けたまま大学での学びを進めると、彼らは卒業後に、自分が受けてきた授業をまた繰り返すことになりかねません。ご存知のように、そういう授業こそが多くの「社会科嫌い」を生み出しているにも関わらず、です。
もちろん、このような状況は大学の先生も理解されていて、広大をはじめとする多くの教員養成系の学部では、学生に対して様々な手段を用いて上で述べたような信念に揺さぶりをかける取り組みが行われています。私は、このような教員養成の取り組みが、実際にどの程度学生の信念や授業スタイルを変えることにつながっているのか、あまり効果が出ていないとすればどこにその要因があるのかについて、自身の研究成果をもとに大学に問題提起したいと考えています。

研究室の雰囲気-今年のテーマは「人生あっての研究」

私の研究室は4人の教員による共同指導体制で指導やゼミが行われています。院生室には修士から博士まで学年も様々で、専門とする領域や志望する進路も多様な学生が在籍し、お互いに議論を交わしながら積極的に交流しています。また、中国や韓国からの留学生も数多く在籍しており、彼らの多くは自国の教育制度と日本の教育制度との比較研究に熱心に取り組まれています。彼らと議論すると他国の教師や教員養成について学ぶことができ,自分たちの持っている価値観を見直すきっかけになりますね。

院生室の壁には、学校の教室を模して「今年のテーマ」を掲げています。数年前から軽い冗談のつもりで始めたことが、今では年度初めの恒例行事となりました。今年度は修士の学生が中心となって案を出し合い議論した結果、「人生あっての研究」に決まりました。「研究に全力で取り組みつつも、体調や健康を崩さずに、貴重な人生を棒に振ることにならないように気をつけよう」「修了後の自分の人生に活かすことを意識した研究をしよう」などの意図が込められています。

修了後の進路について―自身の目標と夢

近年では、教師を育てる教師という意味合いの「教師教育者」という考え方が提案され、その重要性が指摘されています。私は研究者かつ教師教育者として、将来的には大学で教師教育者として教員養成を担い、教師を目指す学生の支援をしたいと考えています。また将来的には、大学に限らず地域の学校とも連携し、よりよい学校づくり・教師集団づくりの支援をしたいとも思っています。学生や現場の先生が「自分は“なぜ”“どうして”この授業をしようと思うのか?」を考え、説明する力を磨くお手伝いができれば嬉しいですね。
さらに大きな目標を言えば、学校で行われている社会科を「本来の社会科」に近づける努力を続けていきたいです。「本来の社会科」が目指しているのは「よき市民」を育てるための教育であり、他教科や地域とも連携しつつ、子どもが持っている社会の見方・社会への関わり方にいい影響を与えることができるようにすることです。これを実現するために、社会科の本来の理念に共感し、実践してくれる先生を育てたり支援したりすることが当面の目標です。その基盤として、「本当にいい社会科とは何か」を考え続けられる先生を送り出すことが教員養成の役目であると考えています。また、教師を学校に送り出した後も継続的に彼らを支援していく必要があり、その支援のあり方についても今後研究していきたいと考えています。

未来博士3分間コンペティション2015に出場して

私が未来博士3分間コンペティション2015(以下、3分間コンペ)に出場したきっかけは指導教員の先生からの提案でした。私自身もこのような分野横断型の研究コンテスト企画に興味があり、プレゼンの内容と魅力で勝負できるというのが面白そうだと思いました。また、自分の研究内容をぜひオーディエンスとしてやってくる高校生に聞いてほしいという思いもありました。引率で来られた高校の先生方には始終苦笑いされてしまいましたが、終了後に何人かの高校生が研究について興味を持って話しかけてくれたので嬉しかったですね。

アカデミックコンテストについて―企画のきっかけと込めた思い

自信を持って3分間コンペに臨みましたが、入賞できませんでした。もちろん自分の力不足が最大の要因ですが、評価してくださったオーディエンスや企業がやや理系に偏っていたこともあり、人文系の受賞者が出なかったことを残念に感じました。3分間コンペを通じて仲良くなった他の院生とその後も継続的に交流する中で、「高校生や学部生にとって研究を身近に感じられる交流企画があったらもっとよかったのではないか」、「修士や学部生も発表できたほうがより敷居が低くなるのではないか」とどんどん話が盛り上がっていき、みんなで学生主体のイベントを企画しようということになりました。
開催にあたってはHIRAKUをはじめとする様々な学内外の団体に協力を頂くとともに、教育系の学会から助成金を得ることもでき、7月10日のゆかた祭りの日に合わせて実施することが決定しました。13チーム、計14名のエントリーがあり、教育学研究科、生物圏科学研究科、総合科学研究科、理学研究科、工学部から博士課程後期5名、前期(修士)7名、学部生1名など多彩な学生が出場を予定しています。審査基準はシンプルに3項目にしました。研究テーマを誰にでも理解できるように表現しているかを評価する「伝わりやすさ」、研究内容に新しさやユニークさを感じるかを評価する「オリジナリティー」、研究の発展可能性やプレゼンター自身の将来性を感じるかを評価する「夢やビジョン」です。当日は、聞きに来た大学生や高校生のオーディエンスに投票してもらい、優秀者を決定します。
個人的には、前半のコンテスト部門はもちろんですが、後半のカフェ部門にもかなり力を入れています。「大学院修了後の進路や就職はどうなっているのか」「大学院で研究する醍醐味とは何か」「実際に研究を進めて論文を書くにはどのようなスキルが必要か」「女性が研究職を目指す上でどのような悩みや強みがあるか」「国際学会での発表や海外での調査はどのように準備すればいいか」という、5つのテーマに分かれて分科会を行う予定になっています。参加費は不要ですので、ぜひ当日はお立ち寄りいただけたらと思っています。

※1 未来博士3分間コンペティション2015。また、今年も開かれます。8月1日まで発表者を募集しています。(http://home.hiroshima-u.ac.jp/hiraku/event/competition_2016/)
※2 第1回広島大学アカデミックコンテスト

 

総合科学研究科 博士課程前期2年 谷 綺音

 


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