第28回 理学研究科 D3 風呂川 幹央さん

写真:風呂川さん

取材日 2015年9月14日

第28回研究室訪問は、理学研究科の博士課程後期(D)3年、風呂川幹央(ふろかわ みきお)さんが取材に応じてくれました。数学について語り出すと止まらず、ご自身の専門分野について熱く語ってくださいました。風呂川さんの後輩によると、「数学に関する知識量の多さには適いません。自分が悩んでいることでも、すぐにヒントやアドバイスをして下さるのでとても頼りになります」とのことで、後輩に対する面倒見のよさも併せ持っている様子。そんな風呂川さんに、自身の研究やDでの生活について語っていただきました。

研究内容について

何をもって「同じ」と見るか
物事を考える上で、同じモノが二つあった時に何をもって同じとみるか、ということは大切であると思います。中学生の時、数学で合同な図形や相似な図形を習ったと思うのですが、あれは形や大きさなどが完全に一致している場合を「合同」、その条件を少し和らげて、拡大縮小して同じ(角度が一致している)図形を「相似な図形」と呼んでいました。私が研究している「トポロジー(位相幾何)」は、そうした条件をさらに緩和し、変形させて一致すれば「同相」なものとして認識します。
たとえば、粘土で作った三角形を、ちぎったり引っつけたりせずに伸び縮みさせると円へと変形させることができます。ある物体を変形させて違う形にしても、トポロジーの分野では「同相」といい、同じものとして見ているのです。これが、トポロジーが「柔らかい幾何学」と呼ばれる所以でもあります。
トポロジーというのは、言うなれば元々ある固定的な概念をどんどん緩和させていくようなものです。合同な図形の場合、図形の中に作った任意の二点間を直線で結ぶことができます。そしてその距離は一致します。その直線の距離を忘れてしまおうというのが相似な図形だと思えばいい。さらに、どんな結び方でも二点を結びさえすればいいじゃないか、というのがトポロジーなのです。
トポロジーは、大学に入るまで学ぶことはありませんし、私みたいに研究対象として扱わなければ一生触れる機会のない学問分野だと思います。しかし、トポロジーは意外にも身近なところで応用されています。代表的な例として道路を作る時が挙げられます。三方向から道路が一本の道路に繋がった場合、そこでは渋滞が発生してしまいます。そういう時、道路の端と端を点、道路を線分としてとらえ、線分の一か所に新しい道路をつなげれば渋滞が上手く解消できる、それをどこに作るかを「グラフ理論」というトポロジー分野の考え方を用いて導き出すことができるのです。
それから自分の専門的な部分に近づけていうと、DNAの研究にもトポロジーは応用されています。一本の線があって、その端と端をつなげると輪ができますが、繋げ方次第では図1、2のように異なる輪、結び目が出来ます。こういった特殊な結び目がどれだけあるかという「結び目の分類」は、DNAの研究に応用されています。図1・図2は共に同じ体積のなかに収まっていますが、絡まっている図2のほうが、輪を伸ばしたとき図1より長いことが想像できます。DNAも細胞という小さな部屋の中に膨大な量の生命情報を蓄えられているのですからきっと複雑に絡んでいるはずです。そのためDNAのモデルを与えることに「結び目理論」が用いられているそうです。
このように、トポロジーは数学という枠を超えて、日々様々な場所で生かされていますが、私は現在、ある「同相」なものにいくつ「距離(幾何)」が存在するかをトポロジーの視点から調べています。

説明する風呂川さん

D進学の決め手―数学の奥深さに惹かれて
「フェルマーの最終定理」という定理が存在します。問題自体は非常に簡単なのに、名だたる数学者たちはこの問題を解くために半世紀以上もかかりました。私は「非常にシンプルに見える問題が実はものすごく難題である」というところに数学の奥深さを感じ、もっと数学を勉強してみたいと思いました。はじめは「数学を今より深く勉強してみたい」というくらいの気持ちだったのですが、学部一年生の時に、同級生から数学を研究として意識し始めるきっかけを与えてもらいました。彼は、半分は冗談だったと思うのですが、「タイムマシンを作るために数学科に進学したんだ」と言ったのです。タイムマシンを作るためには物理が必要だが、その前提として数学の知識が必要だ。だから俺はここで数学をとことん研究したい、と。そこで初めて、研究として数学をやりたいという意識が自分の中に生まれました。
現在やっている研究は、研究室に配属された学部四年生の時から続けています。今はもう解かれてしまっているのですが、「ポアンカレ予想」と呼ばれるトポロジー分野の問題がありました。「フェルマーの最終定理」同様に、これも問題自体はシンプルなものなのですが、その解決は非常に困難を極め、裏で様々な数学の手法が用いられており、その奥深さに魅力を感じざるを得ませんでした。さらに「ポアンカレ予想」の素晴らしいところは、学部生で学ぶ「基本群」というトポロジーの初歩的な「ものさし」を用いることで、その図形が3次元球面であるかどうかを決定づけられる点です。「基本群」は相似でいうところの「角度」の役割をしているのですが、これらのようにごく一部の情報から全体像がわかる本質的な情報を見出すというトポロジーの概念が面白いと思い、トポロジーを研究しようと思いました。
修士課程修了の時は、引き続き研究を進めたいと思い博士課程に進学しました。その際、就職のことは頭の中になかったです。確かに周りの学生の大半は就職しましたが、周りは周りと思って焦りなどもありませんでした。進学を両親が許してくれたということも大きかったと思います。

図:結び目理論

左図:自明結び目    右図:8の字結び目

インターンシップについて

研究室から飛び出すチャンス
インターンシップ先は日本製鋼所という企業でした。日本製鋼所は研究所が三か所(広島・室蘭・横浜)あり、広島研究所は主に樹脂(プラスチック)の成形機を作っている所です。樹脂成形機は樹脂にエネルギーを加えることで溶かし、型に流し込み、冷やすことで、ペットボトルのような樹脂製品を作ります。溶かした樹脂は高温で、型に流し込む際に高い圧力がかかります。そのため、成形機は厚手の鉄鋼製品となり、中身は全く見えません。これまでは、成形品に問題が生じればトライアンドエラーの末、問題を解決し製品を作成していたのですが、根本を解決するには中の様子を知る必要があります。しかし、高温高圧の液体樹脂に耐えられるためには厚手の金属製でなければならないため中身を見ることができない…。そこで、最近では樹脂の流れをプログラミングによって解析・予想するようになり、流動解析のために微分方程式の解ける数学的素養のある人間がプログラミングを組むうえで必要となりました。
私が若手研究人材養成センター(現グローバルキャリアデザインセンター)の長期インターンシップに参加した際、コーディネーターの方からこの話を教えてもらい、勧めていただきました。自分の専門分野とは違っていましたが、ある程度の計算はできるし、面白そうだと思ったので引き受けることにしました。

自分の経験はいかに生かせるか
ずっと数学だけをやってきたため、インターンシップに行くまでは一般企業がどういう場所か知りませんでした。ましてや自分の専門外のことをするわけですし、物理にも長い間触れていなかったので、行く前は色々と不安でした。しかしそれらのことは全て杞憂で、物理に関しては意外と高校物理で何とか対応でき、専門的なことも就職してから勉強すればいい、何とでもなると日本製鋼所の方に教えていただきました。その上で、プログラミングについての必要な理論を理解し、自分なりのアレンジを加えプログラムを作成できたということは、自分にとっても企業にとっても大きな成果だったように思います。
インターンシップを通して特に感じたことは、インターンシップ先で「自分が研究していることの何が使えるか」を考えるよりも、「今インターンシップ先の企業でなされていることはいかに自分の考えに持ち込めるか」を考えるほうが重要だということです。私の指導教員は、しばしば「人の講演を聞くときは、自分の分野ではどこに対応しているか考えてみなさい」と言います。自分の言葉に翻訳し直してみることが非常に大事なのです。企業で働くときも、この考え方は力強く自分を支えてくれました。今やっていることは、数学でいうとどの辺の立ち位置なのかと。D1の時に行ったインターンシップは、最初に思っていたイメージよりも随分楽しく終えることができました。
インターンシップに行ったことで、それまでの研究職志望から民間企業での就職も考えるようになりました。今回の経験は自分の将来の選択肢を増やすいい機会になったと思います。

写真:風呂川さん

研究室の特色について

研究室について
所属研究室は学部生、修士・博士合わせて十数人の学生が所属しています。研究室には学部4年から配属されます。4年生の時は、作間先生(風呂川さんの指導教員)が用意した参考書を輪読することで、研究に必要な基礎的な学力を身につけると同時に、セミナー発表が基本的に板書での発表になるため、板書指導も受けます。数学科はほとんどの人が教員免許を取るので、それも配慮してのことだと思います。セミナーは学部生、修士、博士ごとに分かれて週に1回行います。午前中に始まる時は昼休みまで、午後スタートの時は夕方まで、延々と議論していきます。作間先生はバイタリティーが物凄いといいますか、とにかく学生に対して熱心な指導をして下さる先生なので、学生としてはとても有難い存在でもあります。
それからトポロジー幾何セミナーというのも毎週火曜日に行われています。これは広島大学だけでなく他大学の先生、学生も参加しており、基本的に修士以上の学生が参加しています。

「鈍感力」が大切
大学院生活を続けていて、日々これは大切だと感じていることがあります。一つは、人と接する機会を増やすことです。研究集会やセミナーなどで人と話す機会というのは、自分の研究を進める上でも、自分の人生を歩んでいく上でも非常に大事なことだと思いました。研究に行き詰まった時、人と触れ合うことで自分の研究に対して前向きになれたり、研究のヒントになるような話が聞けたりするからです。
もう一つは、「鈍感力」を身につけるということです。研究室に配属された時に言われたのですが、この言葉の重みというのが今になってひしひしと感じられます。もちろん、研究を進める上で様々なことを知っていく、ということに関して鈍感である必要はないのですが、周りのことを気にせず自分の研究にのめり込むことができる、という意味での鈍感さは非常に大切であると思います。同級生の研究は進んでいるのに自分は何もできていない、これではダメだと思うことがよくあるのですが、そうではなくて、自分の中でどんなに小さなことでもいいから少しずつ進んでいく、面白いと思うことがあれば食いついていく、それが研究を続ける上で必要な力なのではないでしょうか。周囲に対して鈍感であれ、という意味の「鈍感力」は、自分の人生において非常にインパクトのある言葉だったと思います。

今後の展望・D 進学を目指す人へのメッセージ

就職先は、インターンシップ先の日本製鋼所です。先ほども触れましたが、インターンシップは私の中で非常に貴重な体験でした。一般企業はどういうところかが分かったこともですが、研究室で凝り固まっていた考え方がインターンシップによって解されたことが大きかったです。勤務先の広島研究所は工学科出身の方が多く、理学系はそれほどいません。数学の分野出身で就職したのはおそらく私くらいだろうと思います。だからこそ、今後は自分がこの企業に新しい視点を与えることができればと思います。
就職のことを考えると厳しい世界だと思いますが、自分の中に「研究してみたい」という強い気持ちがあればDへ進学したらいいと思います。中にはDに進むことで、3年も就職が遅れてしまうと憂慮する人もいますが、遅れは十分に取り返せると思います。修士とDの違いは、「最先端」に触れる機会が増えることです。研究集会へ参加する機会が増え、各分野の最先端、「プロフェッショナル」な先生方と話す機会ができます。そういった方と話ができる機会はなかなかないですし、貴重な経験であると私は思います。
それから就職が決まった今となって思うのは、企業側はDの学生に対し、専門的な知識をそこまで求めていないということです。専門知識を持っていることが重要なのではなく、専門分野を勉強したことによって得られた論理的思考や研究に対する姿勢のほうが重要なのではないかと思います。私にとってのD進学はそういう力をつける場にもなったので、(Dへの進学は)決して就職するうえで不利にはなりません。Dに進んでからのサポートも充実しているので、好きであれば迷わず飛び込んでみてはどうでしょうか。

写真:風呂川さん

取材者:加川すみれ(文学研究科 人文学専攻 日本・中国文学語学分野 博士課程前期1年)


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